91 / 116
第一章
91.悪霊退散
しおりを挟む
「キェー!……ィヤッ!」
部屋に気合の入った声が響き渡る。
白装束に身を包んだヤスが真剣な表情で小鉄に取り憑いたジェイの周りに塩をまき、閉じ込める。畳の上で胡座をかき不機嫌そうにジェイが黙っている。ヤスは咳払いをすると数珠を持ちなにやら呪文を唱え始める。よく聞く念仏ではないがなんて言っているのかはわからない。
「……てい! 悪霊退散!」
腕を伸ばしジェイに向かって数珠を持った拳を振り上げる。
「誰が悪霊やねん……いや、こんなんで出れたら苦労しないですって!」
屋敷には数人残っているが各自自室でのんびりと過ごしているようだ。怪しい声が聞こえているのかどうか分からないが、聞こえてもこんな声が聞こえる部屋には近づかないだろう。
先ほどの除霊で塩まみれになっているジェイだが、晶が来た時には藁で囲われて半べそをかいていた。主導を握っているのはヤスらしく、次は魔女狩りの水責めか……と本を見て独り言を呟いている。
『どうやって出るだなんて、無茶言うわね。いつも勝手に出ちゃってるんだもの……』
佳奈がヤスの様子に呆れている。どちらかといえば今のヤスの方が取り憑かれているように見えるから不思議だ。ヤスは怪しげな仮面を取り出している。そろそろ止めないとマズイかもしれない。どんどん正規からズレていっている気がする──。
「佳奈さん、小鉄さんの体から出る時っていつも何してんの? それを真似たらいいんじゃない?」
拳人が晶が急に壁に向かって話しかけるのを黙って見ていた。
『いつも夜中だったから、康隆の寝顔見てたらいつのまにか出てたわよ』
ヤスが近づいてきて心配そうに晶に耳打ちする。さすが婚約者だ、佳奈のことがよく分かっている。
「晶、佳奈のやつ変なこと言ってないよな? 俺は、何もしてないからな!」
『失礼ね、キスはダメだって言ったからしてないわよ、まあ、康隆が寝てたら奪ってるけど……あ……内緒ね!』
佳奈がフフフと笑い楽しそうに体を左右に揺らす。佳奈の話を聞いていたジェイが佳奈を指差して立ち上がる。頭の上に盛られていた塩の山がどさりと畳に落ちた。
「それそれ! キスと添い寝やん!」
ジェイが確信めいた目で晶を見つめる。ヤスは佳奈がよけいな話をしたことに気づき頰を指先で掻く。静観していた拳人がようやく重い口を開く。
「……なんだそれは。よく分からんが、それが除霊の方法なのか?」
拳人は腕を組み大きく息を吐いた。そのままジェイと晶を交互に視線を移して様子を伺っている。ジェイはヤスにこれ以上除霊もどきをさせたくないのかやけに必死に熱弁を奮っている。
「いいか、キスや添い寝っていうのは生と死のパワーがぶつかり合うんや。つまり触れ合えばパワーが交換されて離れる力が出るってことで、体温でホッとするやん? きっとそれやなっ! 間違いない!」
ヤスは次の除霊に使おうと思っていた槍を机に置くとジェイの言い分に納得したようだ。その槍でどう除霊する気だったのか気になって仕方がない。
「確かに、ありえるかもな。触れ合うことで何か起こっているのかも……でも、誰がやる?」
ヤスの言葉に拳人も晶も固まる。ここにいる人間は三人だけだ。
拳人は眉間にしわを寄せたままじっとジェイを見つめている。何も言葉を発しないが全身からドス黒い何かが蠢いているのがわかる。晶がジェイを見るとその前から晶を見ていたのだろうか、視線が合うといつもの不敵な笑みを浮かべている。
お前しかおらんよな?
ジェイの心の声が聞こえた気がした。確かに拳人はあり得ないし、ヤスも露骨に嫌そうな顔をした。
「……あ、私がします。ただキスは無しで添い寝でやってみます」
「チッ……しゃあないな。ほないこか。しゃあないもんな……出られへんねんし」
ジェイが嬉しそうに晶の手を掴みそのまま部屋へと連れて行こうとする。イタズラが成功した子供のようだ。晶は捕まったコソ泥のように項垂れて付いていく。
「ちょっと待て……」
拳人が立ち上がるとジェイの行く手を阻む。ジェイが拳人の睨みにたじろんでいると拳人がジェイの顎を掴んだ。
「ぐ? 若……」
そのまま上を向かせると拳人は迷いなく自分の唇をジェイ、いや小鉄の唇に重ねた──。
誰もが驚きで声を失っていたが、佳奈だけはすごいテンションで二人を見つめていた。唇を軽く触れ合うものではなく、勢い余って拳人がジェイの口を食べて堪能しているようにさえ見える。とにかく、色気が凄まじい……。ヤスと晶は心の中で叫び声をあげた。
「う、わ……」
生まれて初めての生で見るキスシーンがまさかの男性同士とは……晶も二人から目が離せない……。
『すごいわ、これがBLなのね。うわぁ……すごいわぁ! いい! お似合いよお二人さん!』
どうやら佳奈は隠れBLファンらしい……。ヤスはまさか婚約者が腐女子でノリノリでキスシーンを見ていたとは思っていないだろう。
晶は唖然とキスシーンを眺めていたヤスにはこの事は黙っていようと決意した。
唇が離れると拳人はジェイの顔を見つめる。時間にして十五秒ほどだったが、ジェイの顔色が真っ青からじわじわと血の気が戻り赤みを帯び始めている。
「……お前は誰だ?」
「……ジ、ジェイ、です」
「なるほどな」
拳人はヤスにジェイと添い寝するように言う。ジェイはヤスの名前が出たことに驚いている。てっきり晶だと思っていた。
「なぜ俺ですか!?」
「一つ、小鉄はヤスと同室だ。二つ、晶は女だ。三つ、小鉄とヤスは仲が良い……以上だ。これを聞いて文句があるなら聞くが?」
その日ヤスさんは狭い中一つの布団で添い寝をした。ジェイは最初こそ落ち着かなかったそうだが、ヤスの体温が温かくて昔飼っていた犬を思い出して安眠できたらしい。幽霊は眠らないが憑依すると生前と同様眠れるようだ。久々に夢を見たジェイは実家で飼っていた犬の夢を見た。
「むにゃむにゃ……コロ……」
「だれが、コロだ……まったく──」
次の日添い寝の甲斐があったのか朝目覚めるとジェイは小鉄の体から抜け出せた。小鉄は案の定部分的な記憶しか残っておらず、まさか拳人とキスをしたとは夢にも思っていないようだった。
部屋に気合の入った声が響き渡る。
白装束に身を包んだヤスが真剣な表情で小鉄に取り憑いたジェイの周りに塩をまき、閉じ込める。畳の上で胡座をかき不機嫌そうにジェイが黙っている。ヤスは咳払いをすると数珠を持ちなにやら呪文を唱え始める。よく聞く念仏ではないがなんて言っているのかはわからない。
「……てい! 悪霊退散!」
腕を伸ばしジェイに向かって数珠を持った拳を振り上げる。
「誰が悪霊やねん……いや、こんなんで出れたら苦労しないですって!」
屋敷には数人残っているが各自自室でのんびりと過ごしているようだ。怪しい声が聞こえているのかどうか分からないが、聞こえてもこんな声が聞こえる部屋には近づかないだろう。
先ほどの除霊で塩まみれになっているジェイだが、晶が来た時には藁で囲われて半べそをかいていた。主導を握っているのはヤスらしく、次は魔女狩りの水責めか……と本を見て独り言を呟いている。
『どうやって出るだなんて、無茶言うわね。いつも勝手に出ちゃってるんだもの……』
佳奈がヤスの様子に呆れている。どちらかといえば今のヤスの方が取り憑かれているように見えるから不思議だ。ヤスは怪しげな仮面を取り出している。そろそろ止めないとマズイかもしれない。どんどん正規からズレていっている気がする──。
「佳奈さん、小鉄さんの体から出る時っていつも何してんの? それを真似たらいいんじゃない?」
拳人が晶が急に壁に向かって話しかけるのを黙って見ていた。
『いつも夜中だったから、康隆の寝顔見てたらいつのまにか出てたわよ』
ヤスが近づいてきて心配そうに晶に耳打ちする。さすが婚約者だ、佳奈のことがよく分かっている。
「晶、佳奈のやつ変なこと言ってないよな? 俺は、何もしてないからな!」
『失礼ね、キスはダメだって言ったからしてないわよ、まあ、康隆が寝てたら奪ってるけど……あ……内緒ね!』
佳奈がフフフと笑い楽しそうに体を左右に揺らす。佳奈の話を聞いていたジェイが佳奈を指差して立ち上がる。頭の上に盛られていた塩の山がどさりと畳に落ちた。
「それそれ! キスと添い寝やん!」
ジェイが確信めいた目で晶を見つめる。ヤスは佳奈がよけいな話をしたことに気づき頰を指先で掻く。静観していた拳人がようやく重い口を開く。
「……なんだそれは。よく分からんが、それが除霊の方法なのか?」
拳人は腕を組み大きく息を吐いた。そのままジェイと晶を交互に視線を移して様子を伺っている。ジェイはヤスにこれ以上除霊もどきをさせたくないのかやけに必死に熱弁を奮っている。
「いいか、キスや添い寝っていうのは生と死のパワーがぶつかり合うんや。つまり触れ合えばパワーが交換されて離れる力が出るってことで、体温でホッとするやん? きっとそれやなっ! 間違いない!」
ヤスは次の除霊に使おうと思っていた槍を机に置くとジェイの言い分に納得したようだ。その槍でどう除霊する気だったのか気になって仕方がない。
「確かに、ありえるかもな。触れ合うことで何か起こっているのかも……でも、誰がやる?」
ヤスの言葉に拳人も晶も固まる。ここにいる人間は三人だけだ。
拳人は眉間にしわを寄せたままじっとジェイを見つめている。何も言葉を発しないが全身からドス黒い何かが蠢いているのがわかる。晶がジェイを見るとその前から晶を見ていたのだろうか、視線が合うといつもの不敵な笑みを浮かべている。
お前しかおらんよな?
ジェイの心の声が聞こえた気がした。確かに拳人はあり得ないし、ヤスも露骨に嫌そうな顔をした。
「……あ、私がします。ただキスは無しで添い寝でやってみます」
「チッ……しゃあないな。ほないこか。しゃあないもんな……出られへんねんし」
ジェイが嬉しそうに晶の手を掴みそのまま部屋へと連れて行こうとする。イタズラが成功した子供のようだ。晶は捕まったコソ泥のように項垂れて付いていく。
「ちょっと待て……」
拳人が立ち上がるとジェイの行く手を阻む。ジェイが拳人の睨みにたじろんでいると拳人がジェイの顎を掴んだ。
「ぐ? 若……」
そのまま上を向かせると拳人は迷いなく自分の唇をジェイ、いや小鉄の唇に重ねた──。
誰もが驚きで声を失っていたが、佳奈だけはすごいテンションで二人を見つめていた。唇を軽く触れ合うものではなく、勢い余って拳人がジェイの口を食べて堪能しているようにさえ見える。とにかく、色気が凄まじい……。ヤスと晶は心の中で叫び声をあげた。
「う、わ……」
生まれて初めての生で見るキスシーンがまさかの男性同士とは……晶も二人から目が離せない……。
『すごいわ、これがBLなのね。うわぁ……すごいわぁ! いい! お似合いよお二人さん!』
どうやら佳奈は隠れBLファンらしい……。ヤスはまさか婚約者が腐女子でノリノリでキスシーンを見ていたとは思っていないだろう。
晶は唖然とキスシーンを眺めていたヤスにはこの事は黙っていようと決意した。
唇が離れると拳人はジェイの顔を見つめる。時間にして十五秒ほどだったが、ジェイの顔色が真っ青からじわじわと血の気が戻り赤みを帯び始めている。
「……お前は誰だ?」
「……ジ、ジェイ、です」
「なるほどな」
拳人はヤスにジェイと添い寝するように言う。ジェイはヤスの名前が出たことに驚いている。てっきり晶だと思っていた。
「なぜ俺ですか!?」
「一つ、小鉄はヤスと同室だ。二つ、晶は女だ。三つ、小鉄とヤスは仲が良い……以上だ。これを聞いて文句があるなら聞くが?」
その日ヤスさんは狭い中一つの布団で添い寝をした。ジェイは最初こそ落ち着かなかったそうだが、ヤスの体温が温かくて昔飼っていた犬を思い出して安眠できたらしい。幽霊は眠らないが憑依すると生前と同様眠れるようだ。久々に夢を見たジェイは実家で飼っていた犬の夢を見た。
「むにゃむにゃ……コロ……」
「だれが、コロだ……まったく──」
次の日添い寝の甲斐があったのか朝目覚めるとジェイは小鉄の体から抜け出せた。小鉄は案の定部分的な記憶しか残っておらず、まさか拳人とキスをしたとは夢にも思っていないようだった。
0
お気に入りに追加
67
あなたにおすすめの小説
お父様の相手をしなさいよ・・・亡き夫の姉の指示を受け入れる私が学ぶしきたりとは・・・
マッキーの世界
大衆娯楽
「あなた、この家にいたいなら、お父様の相手をしてみなさいよ」
義姉にそう言われてしまい、困っている。
「義父と寝るだなんて、そんなことは
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
妻がエロくて死にそうです
菅野鵜野
大衆娯楽
うだつの上がらないサラリーマンの士郎。だが、一つだけ自慢がある。
美しい妻、美佐子だ。同じ会社の上司にして、できる女で、日本人離れしたプロポーションを持つ。
こんな素敵な人が自分のようなフツーの男を選んだのには訳がある。
それは……
限度を知らない性欲モンスターを妻に持つ男の日常
【完結】側妃は愛されるのをやめました
なか
恋愛
「君ではなく、彼女を正妃とする」
私は、貴方のためにこの国へと貢献してきた自負がある。
なのに……彼は。
「だが僕は、ラテシアを見捨てはしない。これから君には側妃になってもらうよ」
私のため。
そんな建前で……側妃へと下げる宣言をするのだ。
このような侮辱、恥を受けてなお……正妃を求めて抗議するか?
否。
そのような恥を晒す気は無い。
「承知いたしました。セリム陛下……私は側妃を受け入れます」
側妃を受けいれた私は、呼吸を挟まずに言葉を続ける。
今しがた決めた、たった一つの決意を込めて。
「ですが陛下。私はもう貴方を支える気はありません」
これから私は、『捨てられた妃』という汚名でなく、彼を『捨てた妃』となるために。
華々しく、私の人生を謳歌しよう。
全ては、廃妃となるために。
◇◇◇
設定はゆるめです。
読んでくださると嬉しいです!
連れ子が中学生に成長して胸が膨らむ・・・1人での快感にも目覚て恥ずかしそうにベッドの上で寝る
マッキーの世界
大衆娯楽
連れ子が成長し、中学生になった。
思春期ということもあり、反抗的な態度をとられる。
だが、そんな反抗的な表情も妙に俺の心を捉えて離さない。
「ああ、抱きたい・・・」
ずっと女の子になりたかった 男の娘の私
ムーワ
BL
幼少期からどことなく男の服装をして学校に通っているのに違和感を感じていた主人公のヒデキ。
ヒデキは同級生の女の子が履いているスカートが自分でも履きたくて仕方がなかったが、母親はいつもズボンばかりでスカートは買ってくれなかった。
そんなヒデキの幼少期から大人になるまでの成長を描いたLGBT(ジェンダーレス作品)です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる