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第一章 

91.悪霊退散

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「キェー!……ィヤッ!」

 部屋に気合の入った声が響き渡る。  
 白装束に身を包んだヤスが真剣な表情で小鉄に取り憑いたジェイの周りに塩をまき、閉じ込める。畳の上で胡座をかき不機嫌そうにジェイが黙っている。ヤスは咳払いをすると数珠を持ちなにやら呪文を唱え始める。よく聞く念仏ではないがなんて言っているのかはわからない。

「……てい! 悪霊退散!」

 腕を伸ばしジェイに向かって数珠を持った拳を振り上げる。

「誰が悪霊やねん……いや、こんなんで出れたら苦労しないですって!」

 屋敷には数人残っているが各自自室でのんびりと過ごしているようだ。怪しい声が聞こえているのかどうか分からないが、聞こえてもこんな声が聞こえる部屋には近づかないだろう。

 先ほどの除霊で塩まみれになっているジェイだが、晶が来た時には藁で囲われて半べそをかいていた。主導を握っているのはヤスらしく、次は魔女狩りの水責めか……と本を見て独り言を呟いている。

『どうやって出るだなんて、無茶言うわね。いつも勝手に出ちゃってるんだもの……』

 佳奈がヤスの様子に呆れている。どちらかといえば今のヤスの方が取り憑かれているように見えるから不思議だ。ヤスは怪しげな仮面を取り出している。そろそろ止めないとマズイかもしれない。どんどん正規からズレていっている気がする──。

「佳奈さん、小鉄さんの体から出る時っていつも何してんの? それを真似たらいいんじゃない?」

 拳人が晶が急に壁に向かって話しかけるのを黙って見ていた。

『いつも夜中だったから、康隆の寝顔見てたらいつのまにか出てたわよ』

ヤスが近づいてきて心配そうに晶に耳打ちする。さすが婚約者だ、佳奈のことがよく分かっている。

「晶、佳奈のやつ変なこと言ってないよな? 俺は、何もしてないからな!」

『失礼ね、キスはダメだって言ったからしてないわよ、まあ、康隆が寝てたら奪ってるけど……あ……内緒ね!』

 佳奈がフフフと笑い楽しそうに体を左右に揺らす。佳奈の話を聞いていたジェイが佳奈を指差して立ち上がる。頭の上に盛られていた塩の山がどさりと畳に落ちた。

「それそれ! キスと添い寝やん!」

 ジェイが確信めいた目で晶を見つめる。ヤスは佳奈がよけいな話をしたことに気づき頰を指先で掻く。静観していた拳人がようやく重い口を開く。

「……なんだそれは。よく分からんが、それが除霊の方法なのか?」

 拳人は腕を組み大きく息を吐いた。そのままジェイと晶を交互に視線を移して様子を伺っている。ジェイはヤスにこれ以上除霊もどきをさせたくないのかやけに必死に熱弁を奮っている。

「いいか、キスや添い寝っていうのは生と死のパワーがぶつかり合うんや。つまり触れ合えばパワーが交換されて離れる力が出るってことで、体温でホッとするやん? きっとそれやなっ! 間違いない!」

 ヤスは次の除霊に使おうと思っていた槍を机に置くとジェイの言い分に納得したようだ。その槍でどう除霊する気だったのか気になって仕方がない。

「確かに、ありえるかもな。触れ合うことで何か起こっているのかも……でも、誰がやる?」

 ヤスの言葉に拳人も晶も固まる。ここにいる人間は三人だけだ。
 拳人は眉間にしわを寄せたままじっとジェイを見つめている。何も言葉を発しないが全身からドス黒い何かが蠢いているのがわかる。晶がジェイを見るとその前から晶を見ていたのだろうか、視線が合うといつもの不敵な笑みを浮かべている。

 お前しかおらんよな?

 ジェイの心の声が聞こえた気がした。確かに拳人はあり得ないし、ヤスも露骨に嫌そうな顔をした。

「……あ、私がします。ただキスは無しで添い寝でやってみます」

「チッ……しゃあないな。ほないこか。しゃあないもんな……出られへんねんし」

 ジェイが嬉しそうに晶の手を掴みそのまま部屋へと連れて行こうとする。イタズラが成功した子供のようだ。晶は捕まったコソ泥のように項垂れて付いていく。

「ちょっと待て……」

 拳人が立ち上がるとジェイの行く手を阻む。ジェイが拳人の睨みにたじろんでいると拳人がジェイの顎を掴んだ。

「ぐ? 若……」

 そのまま上を向かせると拳人は迷いなく自分の唇をジェイ、いや小鉄の唇に重ねた──。


 誰もが驚きで声を失っていたが、佳奈だけはすごいテンションで二人を見つめていた。唇を軽く触れ合うものではなく、勢い余って拳人がジェイの口を食べて堪能しているようにさえ見える。とにかく、色気が凄まじい……。ヤスと晶は心の中で叫び声をあげた。

「う、わ……」

 生まれて初めての生で見るキスシーンがまさかの男性同士とは……晶も二人から目が離せない……。

『すごいわ、これがBLなのね。うわぁ……すごいわぁ! いい! お似合いよお二人さん!』

 どうやら佳奈は隠れBLファンらしい……。ヤスはまさか婚約者が腐女子でノリノリでキスシーンを見ていたとは思っていないだろう。
 晶は唖然とキスシーンを眺めていたヤスにはこの事は黙っていようと決意した。

 唇が離れると拳人はジェイの顔を見つめる。時間にして十五秒ほどだったが、ジェイの顔色が真っ青からじわじわと血の気が戻り赤みを帯び始めている。

「……お前は誰だ?」 

「……ジ、ジェイ、です」

「なるほどな」

 拳人はヤスにジェイと添い寝するように言う。ジェイはヤスの名前が出たことに驚いている。てっきり晶だと思っていた。

「なぜ俺ですか!?」

「一つ、小鉄はヤスと同室だ。二つ、晶は女だ。三つ、小鉄とヤスは仲が良い……以上だ。これを聞いて文句があるなら聞くが?」

 その日ヤスさんは狭い中一つの布団で添い寝をした。ジェイは最初こそ落ち着かなかったそうだが、ヤスの体温が温かくて昔飼っていた犬を思い出して安眠できたらしい。幽霊は眠らないが憑依すると生前と同様眠れるようだ。久々に夢を見たジェイは実家で飼っていた犬の夢を見た。

「むにゃむにゃ……コロ……」

「だれが、コロだ……まったく──」

 次の日添い寝の甲斐があったのか朝目覚めるとジェイは小鉄の体から抜け出せた。小鉄は案の定部分的な記憶しか残っておらず、まさか拳人とキスをしたとは夢にも思っていないようだった。

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