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第一章 

89.友の死

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 拳人の部屋に全員が集められる。拳人、晶、ヤス、そして子鉄に憑依したジェイが机が囲んでいる。

「すみません、遅くなりました……」

 ヤスは戻ってきたばかりでなぜここに集められたのか分からないようだ。 ヤスが小鉄に憑依したジェイに何があったのか尋ねるがジェイは苦笑いしかできない。
 まさか声を掛けた相手が憑依され別人だとは思わないだろう。

 拳人が一瞥すると「説明しろ」とだけ言い腕を組み黙り込む。佳奈とマルとタケは小鉄の体に重なるジェイの姿を見て驚いている。

『すげぇな』
『俺もしたい……それで肉食いたいな』

 マルは涎を垂らしながらジェイを羨ましそうに見ていた。佳奈は黙ってみんなの様子を心配そうに見つめている。

「あー……俺、小鉄さんじゃなくて、ジェイなんです。ご無沙汰してます」

「は?」

「あの、ちょっと事故で取り憑いちゃって……」

晶が横から補足する。ポカンとしているヤスは曖昧な相槌しか出来ない。

「えー……なんでまた急にジェイが小鉄に入っちまったんだ? そもそもなんでジェイがここにいるんだ?」

「それは──あの、ジェイが死んでからずっと私のそばにいるからで……その──」

 晶は震える手を握りしめ前を見た。動悸もするし手汗も酷い。晶は生唾を飲み込むと心を落ち着かせた。とうとう、拳人に告白する日が来た──。

「私、霊が見えるんです……まるで生きているようにリアルに。見えるし、会話も出来るん、です……」

 晶に多くの視線が集まる。拳人は何も言わずジェイに詳しく話すように言う。

「晶に助け出されたんですけど、逃げる途中で銃弾を受けて命を落としたんです。俺を監禁していたのは船越組の奴らで、ヨウさんを殺した証拠を俺が持っていたからやと思います」

「ヨウという奴は、殺された情報屋の仲間か?」 

ヤスの言葉にジェイは頷くとあの日のことを話し始めた。
 
 ヨウが転落死したあの日、メモの受け渡し手段だった物置に殴り書きのような物が入っていた。

 何だこれ……。

 最近は危険な仕事が多かったので携帯電話を使わずにこうして連絡を取るようにしていた。メモにはビルの名前と日時が書かれていた。そのビルは十階建てで昭和の時代のビルラッシュに作られており所々白いタイルが剥がれ落ちている。外観こそボロいものの駅から近いので常に空きがない優良物件だ。ここの屋上はヨウとの待ち合わせに使う場所だった。
 ヨウとは情報屋の顧客として出会いそのまま仕事をするようになった。もう二年以上の付き合いだった。ジェイはいい情報でも入ったのかと待ち合わせ場所へ向かった。
 事務所がたくさん入るビジネスビルなので夜遅くになるとすれ違う人間はほとんどいない。昼間とは違い気味が悪いほど静かだ……。

 裏の仕事をしているこちらとしては都合がいい。いつもようにセキュリティの薄い非常階段を使い忍び込むと屋上の階段へと駆け上がる。今晩は風が強く、雲行きが怪しい。

 辺りを見渡すがヨウはまだ到着していないようだった。天気が悪く時折雷鳴が聞こえてくる。もうすぐ雨が降り出すだろう。
 雨に濡れぬようオフィスの誰かが置いた灰皿のそばに腰を下ろすとふと横に三脚が置かれている事に気づく。ヨウの愛用のカメラがそこにあった。電源が入ったままのようで奥の柵に向けて設置されている。 

「なんや、もう来てたんか? 何撮ってたんや……」

 ジェイがカメラのデータを見るとそこには暗がりに人影が二つ写っていた。拡大してみるとヨウの横顔と何者かの背中が写っている。
 
 撮影時間を確認すると五分ほど前らしい。だが屋上を見渡してもこの二人の姿は見えない。ここで落ち合う時は二人きりのはずなのに……この背中は誰のものなんだろう。

 写真は何枚か連写で撮られているようだ。最後の一枚を見てみるとナイフを振りかざしヨウの背中に突き刺す光景が映し出される。柵のギリギリに立ち追い込まれているようだ。

(──まさか)

 ジェイは慌てて柵に駆け寄る。そこには微かだが血痕が落ちていた。柵を乗り越えビルの真下を覗いてみると暗闇で見えにくいがカーキ色の上着を着た人間が地面に叩きつけられ横たわっていた。

「ヨ、ヨウさ、ん……」

 大粒の雨が降り出しコンクリートに丸い染みができていく。ヨウの遺体に雨が打ちつけて滲んだ血が地面を這うのが見える。ジェイは周りを見渡すが犯人はいない。だが、何者かの視線を感じていた──。

 ビルの下では通りすがりの人物がヨウの遺体を発見し叫び声を上げている。ジェイは三脚ごとカメラを抱えると非常階段を降りる。遺体のそばに人が群がり始めているのを横目に雨の中脇目も振らず走り続けた。ジェイの立ち去る足音は激しい雨が消し去っていった。


 あの日のことを思い出しジェイは切なそうな顔をしている。ジェイにとってヨウは父親のような存在だったようだ。東京に慣れないジェイに優しく接してくれた人らしい。

「あのカメラはヨウさんが身の危険を感じて設置してたんだ。遠隔でシャッターを押したのかも知れない……俺に犯人を教えるために」

「なんであの時に私に教えてくれなかったの? 言えるタイミングなんていくらでも……」

 晶がジェイの腕を掴むとジェイは「あほか」といって晶の額を軽く叩いた。

「あの時はお前しかいなかったし、俺が死んだ時もお前も一歩間違えば死んでいたやろ……銃を突きつけられて震えてたヤツに、そんなことさせられるか?」

 太一や田崎と対峙した時のことを思い出すと晶は下唇を噛み黙り込む。

「でも今回晶も船越組に狙われたし、もう安全じゃない。あいつら相当若林組に対して恨みを持っているみたいやった。今回の被害者もみんな若に疑いがかかるように殺されていく」

「最初に殺された女の手帳には若の写真が挟まれていたが、ヨウとジェイの時もなのか?」

「あぁ、ヨウさんのカメラのデータに、若の写真が撮られていた」

 拳人が驚いた表情を見せる。

「俺が捕まる前にその写真は削除しておいたから誰も知らんはずや。そのSDカードは抜いて若に渡したからな──そのせいで晶が若林組に捕まってもうたけど」

 ジェイが晶の頭を軽く叩く。申し訳なさそうな顔をして晶を一瞥した。

「……俺も若からのメモが部屋のドアの下に挟まってた。まんまと引っかかってもうて拉致されたけどな」

「……俺が犯人だとは思わなかったのか? 最初の事件で俺の写真のことはもちろん知っていたんだろう?」

 拳人が眉間にしわを寄せて悔しそうな表情を見せる。ジェイは一蹴するように「ないない、絶対ないわ」と笑う。

「若は困ったやつをほっとかれへんことがあったとしても、人を殺すことはない。前に捨て猫に餌をやりに──」

「……それ──もういい話すな」

 拳人の顔がみるみる真っ赤になっていく。
情報屋というのはいつどこで何を見ているか分からない。拳人は肝に命じた。

「あー、なんだ。とりあえず、こっちには心強いジェイっていう幽霊がいるんだ。これから有利に物事を進められるってもんだ!」

 ヤスは話を聞き少し安心したようだ。太腿を叩き気合いを入れる。ジェイと晶が言いづらそうに目配せをした。

「すみません、実はまだ続きがあるんです……」

 晶は工場跡で起こった詳細を話した。
 田崎のこと、太一の霊力のこと……そして太一が霊界で恐れられている存在のサンだということを話した。拳人は黙って頷いていた。ヤスは難しそうな顔をして腕を組む。

「その《悪霊》が今回の件に大きく絡んでいるんだな?船越が霊力を使い今回の事件を起こしているのか?」

「はい、その田崎という男が手を貸しているのは間違いないです。現に監視カメラを搔い潜っているのも霊達の仕業です……私も、工場跡からそうやって立ち去りましたから」

 晶は指を組み直した。拳人は眼鏡を外すと目頭を手根で押し上げた。無理もない……突然霊界やら霊の話が出てきたのだから。

「お前たち二人は先代とよく会ってるのか? 今もこの部屋に?」

 晶は見渡すが銀角の姿は見えない。いないことを伝えると拳人が残念そうな顔をしていた。

「色々と出歩かれていて……お元気にされていますよ」

 拳人は晶を見て何かを言いかけると黙ってしまう。ヤスも携帯電話に着信があったらしくそのまま部屋を出て行った。 晶はその間に手洗いに向かい、部屋には拳人とジェイだけが残された。 
 沈黙が続いた後、拳人はジェイに頭を下げた。

「俺のせいで命を落として……すまない。謝って済む問題では──」

「若のせいじゃない……アイツらが悪いから気にせんでいい。それに──」

「……なんだ?」

「死んでからの生活も悪くない」

 ジェイはさっき晶に背中を叩かれたことを思い出し微笑む。晶に殴られた背中の感覚を思い出していた。ジェイは情報屋として生きているのを苦痛に思っていなかった。だけれど、いつも孤独を感じていた。死んでからの人生は思いの外楽しくて、幸せだった。

「あいつは……晶は、特別な、存在か?……恋人か?」

 拳人がジェイを射抜くような目で見つめる。ジェイはすぐに首を横に振る。その目は少し寂しそうだった。

「……あいつは死にかけた俺を見捨てんかった。死ぬ直前見たのはあいつの泣き顔やったから、あいつを笑顔にしてやりたい……それだけ、です」

 拳人が「そうか」と言いそのまま机の上に置かれた茶を飲む。その表情は固かった。

 拳人には分かっていた。
 ジェイの言葉には晶への想いが含まれていた。ジェイの告白を聞きなぜか胸がざわついていた。なぜこんな気持ちになるのか分からなかった。
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