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第一章 

88.バレる

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「早く出て行きなさいよ! 何やってんのよ!」

「うっさいなぁ、ちょっとぐらいええやろ」

 ジェイは聞く耳を持たずにずるずると晶を引きずりながら中庭を進む。力一杯引っ張ってもまるで歯が立たない。

 細い体の小鉄がこんなに力があるだなんて……本当は喧嘩が強いっていう話しもあながち嘘じゃないかもしれない。

「ちょ、ジェ──やめなさい! あー、もう!」

 ここまで騒がしいと誰かが何事かと出て来そうだが金曜日ということもあり多くの人が各々の仕事場へと出払っており、屋敷は静まり返っていた。休日前は皆忙しい。

「せっかく久々の機会やし堪能してもええやん、ちょっと借りるだけやし」

 ジェイの満面の笑みに嫌な予感がする。
 こんな時に限ってヤスはもう出掛けているようで佳奈もいない。ジェイがどうやって小鉄に憑依したか知らないが、佳奈がいなければ憑依した体から出る方法も分からない。 

「あぁ、あったかいなぁ」

 ジェイは庭の芝生の上に横になり芝の手触りを確認している。猫が日向で遊んでいるような穏やかな表情をしている。仕方なく晶も芝生に座るとジェイが嬉しそうに晶の頭に触れる。

 晶の髪を一束摘むと太陽の陽にかざす。
 今は黒に染めてしまったが、太陽の光にかざすと茶色の明るい色が見える。

 ジェイは見る物、触れる物、耳から聞こえるすべての音を感じていた。以前ならなんとも思わなかったが、五感全てが特別なものに思えた。
 ジェイは胸に手を当てると鼓動を感じた。生きている……今だけは……。死んでから生きている喜びを噛みしめるとは思わなかった。

 生と死は表裏であって表裏でない──陰陽のようだ。真逆の存在ではないと感じていた。

「サラサラの髪やな、頭も思ってたよりちっさいな……やっぱ触ってみな分からんもんやな」

 あ……そうか──ジェイは感じたいんだ。

 ジェイは慈しむように晶の顔を見つめている。幽霊だと全て通り抜けてしまったり触れれなかったりする。色々と触れたがるジェイにやめてくれとは言えなくなった。

「肌も白くて、首も細いなぁ……」

 ジェイが晶の耳や首に触れる。指の先を目で追うように見つめる仕草に晶は真っ赤になり固まる。声も出ずそのままジェイを見ていた。ジェイと視線が合うと二人は数秒間見つめあった──小鉄の姿のはずなのに一瞬ジェイに見えた。

「随分と……仲良くなったようだが……小鉄、仕事を忘れてないか?」

 突然後ろから低い声が聞こえる。
 縁側にスーツ姿の拳人が立っていた。ジェイはポカンと口を開けて拳人を見ている。晶はジェイの背中を叩くと慌てて立ち上がる。晶につられて立ち上がるも動揺しているようだ。

「あ、すみません。すぐ行こかなと思ってたんやけど──イテテ! ふぁんや(なんや)!」

 晶はジェイの頰をつねって黙らせる。かなり強めに掴んだので頰が赤くなる。晶が拳人に聞こえぬように小声で捲し立てる。

「イントネーション! なんで関西弁のままなのよ!」

「あほか、無理言うなや。死んでも治らんもん治せるか!」

 拳人の訝しげな視線にジェイは笑って誤魔化す。

「あー、はは、昨日大阪ヤクザの映画を見たからなんか訛っちゃって……」

 拳人は少し怪しむような顔をするがそのまま仕事の話をする。資料の準備や役所で行う手続きの書類などちんぷんかんぷんの単語のオンパレードにジェイは頷いてはいるが全く理解できていない。

「……どうした? また胸が痛むのか?」

「あ、いえ……」

 様子がおかしい事に気付き拳人が顔を覗くと、ジェイが頰の筋肉をヒクつかせている。

「あの、僕たちちょーっと用事があるんでお先に失礼します。あの、後ほどまた若の部屋へお伺いさしてもらいますんで……すみません」

「ちょっとま……」

 抑えきれない関西弁に苦しむジェイは引き止める拳人を残して走り去った。


 部屋に戻ると晶がジェイの背中を叩く。晶の目は本気で怒っている。

「イッテェ! 痛いってマジで!」

「うるさい! 黙ってなさい! 除霊よ、悪霊退散!」

 晶から背中を守ろうと壁にぴったりとくっついたまま逃げ回る。晶がじりじりとジェイとの距離を詰めていく。

「悪霊扱いすんなや! 落ち着け、な? とりあえず殴っても小鉄さんの体が──」

「いいから出なさい!」

 晶の剣幕にジェイは観念したのか降参するように手を挙げたまま動こうとしない。晶が近づくとそのまま晶を胸の中に閉じ込める。抱き合うような格好で捕まった。

「ひっかかったな」

「な、何して──」

 突然感じる温もりに晶は動揺する。胸板を押し返し離れようとするがジェイは離そうとしない。小鉄の心臓の音が聞こえてくる。小鉄の体のはずなのにジェイの鼓動のようで、まだ生きているのではないかと勘違いしてしまいそうになる。

 そうであれば、よかったのに……。

「離して……何やってんのよ」

「人の体温なんて考えた事なかったけど……こうやってると安心するなぁって思って」

 晶は大きく深呼吸するとジェイは晶の背中を叩く。まるで子供をあやすみたいだ。

「……ジェイ、死なせたこと……怒ってる?」

「あほやな、愚問や愚問。こうやって魂はアイツから助けてもろた。お前には、感謝しかない。それに俺はお前の側にいるの──」

 ジェイの言葉は最後まで聞くことができなかった。部屋の障子が開きすごい形相で拳人が立っていた。晶はジェイの体を突き飛ばし慌てて離れる。

「ジェイ……だと?」

 ジェイは振り返り拳人の前に立つ。ジェイは片方の口角を上げてニヤリと微笑むと頭を下げる。そんな笑い方を小鉄はしない──。

「久しぶりです、若……ご無沙汰してすみませんでした。お元気に、してはりました?」

 声は小鉄のはずなのに発される関西弁と独特の間の取り方が電話口で聞いたジェイの口調そっくりだった。

「お前、なぜ……」

 拳人は小鉄から目を離すと晶を冷たい目で睨んだ。
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