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第一章
86.監禁
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雨水がコンクリートへとリズムカルに落ちる音が響いている──。
油臭さと砂埃が混ざるような匂いが鼻に付く。辺りは真っ暗で窓ひとつない。ただ非常用の小さなライトが所々に設置されており、朧げな赤い光を放っている。どうやらどこかの倉庫のようだ。
う、ん……ここは……?
石田は気がつくと地面に突っ伏していた。顔に砂利が食い込み頬が切れた感覚がする。腕を後ろで拘束されているが足はそのままのようだ。なんとか体を捻り辺りを見渡すが人の気配は感じられない。
大きな声を出すことが憚れるような暗闇と静寂で包まれていた。石田は記憶を遡ろうとするが、会社を出て駐車場に向かうあたりでプツリと記憶が途絶えている。どうやらその時に襲われたらしい。首の後ろに引き攣るような痛みがあるのでスタンガンらしきものでやられたのだろう。
胡座をかきその場に座っているとどこからか足音が聞こえてくる。甲高いヒールのような音に寒気がする。こんな場所に相応しくない……。五メートルぐらいまで近づきシルエットは分かるが顔は逆光で見えない。
女? まさか──ありえない……。
「お前は誰だ! なぜこんなことをするんだ!」
石田は恐怖で声が裏返ってしまっている。女は直立したまま動こうとしない……。
「金か? 金が欲しいならいくらでもくれてやる。いくらだ? 言ってみろ!」
石田は財力だけは自信があるのか瞳に自信が溢れている。女は一瞬肩を揺らして音もなく笑った。真っ赤な唇に指を添えて石田へと近づく。女の艶かしい動作に話に食らいついたと石田はヒクついた笑いを見せている。女が石田の周りをゆっくりと練り歩く。その足取りを石田はねっとりと見つめる。
「バカな男ね、無様だわ。金なんて……何の意味もないのに。ただ死んで欲しいの」
「う、あ……」
女がナイフを石田の首元へと沿わせると石田の背中が仰け反る。細かく震え出し声も出せなくなるほど恐怖で慄いている。涙がとめどなく溢れ砂埃で汚れた頰を伝う。
「いい顔してるわ……」
「た、助けてくれ……」
女は石田の表情を見て満足げに微笑むと石田の耳に顔を近づけて行く。命乞いをする石田は女のその動作だけで体をびくつかせた。女が満足げに笑っているのが分かった。
「死にたくないなら、やって欲しいことがあるの。但し、警察に何も言わないこと。言ったらどんなに守られてたって、逃げたって……私がアンタを切り刻んであげる。嘘だと思う?」
石田が生唾を飲み込むとやっとの思いで「いえ」とだけ返事をする。女はナイフを下ろすと石田の背中の紐を切る。石田は解放されて体を起こそうとするが腰が抜けて立ち上がれない。
すると突然女は石田の後頭部をナイフで切りつける。
「ぐあっ!」
油断していた石田は一瞬何をされたのか分からなかったが首元に温かいものを感じた。恐る恐る触れると手にべっとりと血がついていた。女は石田を冷たい表情で見つめる。
「な、なぜだ! 殺さないって約束だろう!」
石田は自分の頭から流れ続ける血にパニック状態になる。
「頭部の出血は押さえていれば止まるわよ。……さぁ、押さえてね」
女の声色は凄むわけでもない、興奮しているわけでもない。まるで何事もなかったように話す。女の残忍性を感じて石田は震え出す。いとも簡単に命を奪えるそういう人間なのだと分かる。
「また連絡するわ」
そう言って女は姿を消した。
油臭さと砂埃が混ざるような匂いが鼻に付く。辺りは真っ暗で窓ひとつない。ただ非常用の小さなライトが所々に設置されており、朧げな赤い光を放っている。どうやらどこかの倉庫のようだ。
う、ん……ここは……?
石田は気がつくと地面に突っ伏していた。顔に砂利が食い込み頬が切れた感覚がする。腕を後ろで拘束されているが足はそのままのようだ。なんとか体を捻り辺りを見渡すが人の気配は感じられない。
大きな声を出すことが憚れるような暗闇と静寂で包まれていた。石田は記憶を遡ろうとするが、会社を出て駐車場に向かうあたりでプツリと記憶が途絶えている。どうやらその時に襲われたらしい。首の後ろに引き攣るような痛みがあるのでスタンガンらしきものでやられたのだろう。
胡座をかきその場に座っているとどこからか足音が聞こえてくる。甲高いヒールのような音に寒気がする。こんな場所に相応しくない……。五メートルぐらいまで近づきシルエットは分かるが顔は逆光で見えない。
女? まさか──ありえない……。
「お前は誰だ! なぜこんなことをするんだ!」
石田は恐怖で声が裏返ってしまっている。女は直立したまま動こうとしない……。
「金か? 金が欲しいならいくらでもくれてやる。いくらだ? 言ってみろ!」
石田は財力だけは自信があるのか瞳に自信が溢れている。女は一瞬肩を揺らして音もなく笑った。真っ赤な唇に指を添えて石田へと近づく。女の艶かしい動作に話に食らいついたと石田はヒクついた笑いを見せている。女が石田の周りをゆっくりと練り歩く。その足取りを石田はねっとりと見つめる。
「バカな男ね、無様だわ。金なんて……何の意味もないのに。ただ死んで欲しいの」
「う、あ……」
女がナイフを石田の首元へと沿わせると石田の背中が仰け反る。細かく震え出し声も出せなくなるほど恐怖で慄いている。涙がとめどなく溢れ砂埃で汚れた頰を伝う。
「いい顔してるわ……」
「た、助けてくれ……」
女は石田の表情を見て満足げに微笑むと石田の耳に顔を近づけて行く。命乞いをする石田は女のその動作だけで体をびくつかせた。女が満足げに笑っているのが分かった。
「死にたくないなら、やって欲しいことがあるの。但し、警察に何も言わないこと。言ったらどんなに守られてたって、逃げたって……私がアンタを切り刻んであげる。嘘だと思う?」
石田が生唾を飲み込むとやっとの思いで「いえ」とだけ返事をする。女はナイフを下ろすと石田の背中の紐を切る。石田は解放されて体を起こそうとするが腰が抜けて立ち上がれない。
すると突然女は石田の後頭部をナイフで切りつける。
「ぐあっ!」
油断していた石田は一瞬何をされたのか分からなかったが首元に温かいものを感じた。恐る恐る触れると手にべっとりと血がついていた。女は石田を冷たい表情で見つめる。
「な、なぜだ! 殺さないって約束だろう!」
石田は自分の頭から流れ続ける血にパニック状態になる。
「頭部の出血は押さえていれば止まるわよ。……さぁ、押さえてね」
女の声色は凄むわけでもない、興奮しているわけでもない。まるで何事もなかったように話す。女の残忍性を感じて石田は震え出す。いとも簡単に命を奪えるそういう人間なのだと分かる。
「また連絡するわ」
そう言って女は姿を消した。
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