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第一章 

80.らぶり

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 拳人はとある店の前に立っていた。二度と訪れぬだろうと思っていたが早々とここに舞い戻ってしまった。

 占いの店 らぶり

 相変わらず殺風景な外観だ。商売っ気がない。どこかの誰かさんと一緒だ。

「帰ろう……」

 思い返して引き返そうとすると、ドアが開き中からあの女が出てきた。不気味なほどいいタイミングだ。

「あら? あなた……いらっしゃい」

 女は拳人を店の中に入るように促すと椅子に座らせる。占いの店らぶりは相変わらずお香が焚かれていて拳人は頭が痛くなる。
 前回は余裕がなかったがこの占いの店主は愛と言うらしい。店名はそこから取ったのかと納得していると愛が前に座り長い髪を指で巻きこちらに身を乗り出している。

 また胸の開いた洋服を着ているので拳人は視線を逸らすと溜め息をつく。拳人の態度を見て愛は面白そうだ。

「私の良い胸に興味ないってことはあの人と上手くいったってことじゃないの? イケメンさん」

「……いや、色々あって今は会えていない」

「じゃあ、その事で来たわけじゃないわね?」

 勘が鋭いのか愛は自信に満ちた顔をしている。拳人が黙っていると愛はタロットカードを取り出した。何枚かテーブルに並べると一枚めくり何やら考えているようだ。もう一度集めてカードを混ぜると先程と同じようにゆっくりとカードを並べていく。再び一枚めくると確かさっきと見たカードと同じのようだ。

「……どうやら大きな障害があるみたいね。この恋は上手くいかないわ」

 愛が拳人に見せたカードには大きな刃を抱えた死神が立っていた。占いそのものには詳しくない拳人でもこれの意味はわかる。恋愛のことを言っているのかそれとも船越組のことを言っているのかわからないが良くない事は確かだ。

 メゾンは消えた。
 メゾンの身に何か起こっていないか気になる。船越組の件が決着するまで何もなければいいが……。元気に、しているだろうか。

 俺が探せばメゾンを危険な目に合わせる。だが夢に見るほどメゾンに会いたかった。

「ただ、このカードは悪い意味だけじゃないの。もちろん崩壊、解体、失敗という意味があるけれど、決別、区切り、スタートするという意味もある、正しい位置だとね。新しい恋が待っているということかもしれないわ」

 愛の言葉を聞き、脳裏に晶の顔が浮かぶ。

 バカな、あり得ない。俺はなんで晶の事なんか……。


「あれれ? まさか、私に惚れたの?」

「は……!? アンタを? あり得ない」

「じゃあ、誰なのかしらね?──私じゃないのなら」

 愛が身を乗り出すと拳人の頰を優しく指でなぞる。心を見透かされそうで拳人が嫌悪感を全面に出す。

「占いはね、統計学よ。その人が出すサインの全てを見抜く必要があるの。純粋にカードが導くことが全てじゃないわ。正直に話せないことを引き出してあげることも大事なことなのよ」

愛は拳人の唇に人差し指を立てる。赤いネイルが皮膚を切り裂きそうだ。まるで魔女のような悪い笑みを浮かべている。

「占いは十分じゃないかしら? もう帰った方がいいわ。次はお付きの人をつれてきてちょうだい──若」

 愛の言葉に拳人が椅子から立ち上がり愛の手を払いのける。

「お前……なんで──」

「この界隈じゃいろんな事が耳に入るの。怖い顔しないでちょうだい。さ、そろそろ危ない奴らが嗅ぎつけてくるわ……少し前に船越組が一人の女を躍起になって探していたわ……若の思っている人じゃないといいのだけれど……」

 愛は拳人の背中を押すと店から追い出した。代金を渡そうとする拳人に構わずそのまま頰に口付ける。

「……毎度あり。またいらっしゃいね」

 頰を手で押さえて固まっている拳人を他所にひらひらと手を振って店へと戻る。拳人はその背中を見送ると歓楽街を歩き出した。
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