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第一章
75.生命力
しおりを挟む晶が目を覚ました後すぐにヤスは事務局へと向かった。意識が戻ったので退院手続きを行う為だ。氏名欄のところで持っていたペンが止まる。晶の本名が分からず昨日通り《若林 晶》と記入する。
数日前、晶の荷物を預かって健康保険証を探していると手に何か丸いものに触れた。それはタオルに包まれた水晶玉だった。拳人に悟られないようにその場は流したが……ヤスは小ぶりなそれに見覚えがあった。
あの日メゾン・クリスタルで小鉄の頭に落ちたあの水晶玉にそっくりだった。
なぜ晶がメゾンさんの水晶玉を持っていたのか……。もしかしたらメゾンさんはもう既に奴らの手にかかってしまっているのか?水晶玉は価値があるので晶がメゾンさんを始末して売ろうと持っていたものかもしれない……。
「どうなってるんだ? 船越に殺されかけるなんて──晶は敵か? 味方か?」
晶を信じたい気持ちもあるが、手放しで信用できるほど晶を知っているわけでもない。今書いてるこの名前も本物かどうか確かめる術もないのだから。
◇
「これは、この水晶玉はなんだ?」
黙る晶に再び質問する。ヤスの掌にあった水晶玉を晶が手に取るとふわっと微笑んだ。
「……彼女が経つ前に俺に託したんです」
「なぜあの時言わなかった……若もメゾンさんを探していたのが分かっていただろう?」
ヤスの顔が苦々しいものに変わる。ヤスにとって若の気持ちが痛いほど分かった。思い人の突然の別れは辛い。
「言えませんでした……どうしても──若のためにもメゾンさんの為にも」
晶は当事者ではない第三者として言葉を紡いでいた。今の自分はメゾンではない、晶だ。拳人を、守りたかった。
病室の角にジェイと銀角の姿が見えた。その表情は辛そうだった。マルは窓の桟に腰掛けたままこちらを心配そうに見つめていた。
突然ぐにゃりと視界が回った気がした。
あれ? なんで?
ヤスが驚いた顔をしてこちらを見ていた。そのまま晶は瞼が重くなり眠りに落ちた。
晶が手の中の水晶玉が紫に輝き始めた。眩しいほどの紫の炎が水晶玉の中を蠢いていた。その光に引き寄せられるように銀角とジェイは晶の元へと駆け寄る。
『紫の──光……まさか晶が……』
『神の力、なのか?』
ヤスには紫の光は見えていないらしく突然晶の意識がなくなったので慌ててナースコールを押している。紫の光は田崎のものよりも明るく、鮮やかな色をしている。
マルはそろりと晶の手の中に光る水晶に触れようとする。銀角が慌ててその手を止めようとする。
『バ、バカ!! やめろ! 死んでしまうぞ!』
光に近付くと浮遊霊に傷つけられたマルの頰の傷がすっと治っていく。痛みが引いた事を感じたマルが嬉しそうに頰に触れる。
『あ、痛くない、痛くないない』
銀角がマルの頬を掴み傷を確認すると思いっきり平手打ちをする。
『や、優しく……優しくして……あ、あぁん!』
手加減なしの全力で振り切った……その衝撃と音にジェイの肩がビクッと上がる。マルの体が痛みで震えた。銀角が真っ赤になったマルの頰を水晶玉に近づけるとその赤みは一瞬で治った……。
「痛くない……癖になりそう」
マルは頰に触れてうっとりとしている。ジェイはあんぐりと口を開けたまま晶に近づく──。
『善の方の神……か?……驚いた……』
ジェイは父親の言葉を思い出していた。父親は学生服を着たジェイと共に地元の神社の階段を上っていた。
「ええか? 悪の神は憎しみや怒り、悲しみで作られるけど、善の神は難しいねん……人間は悪い生き物だから欲深いやろ? 煩悩を捨てきられへん……。善の力を得るには深い、深ーい愛がないとあかんらしい。なかなかお目に掛かれんぞ──ちょっとお前には難しかったかもな……」
すぐに熊田が病室にやってきた。ヤスは処置の邪魔になると晶の手から水晶玉を取り上げた。その手は冷たかった。
しばらくして部屋の外に出ていた拳人も戻ってきた。熊田は晶の血圧を測ると難しい顔をした。
「どうもひどく衰弱しているな……過労と言うには簡単すぎるがね。しっかり食べて睡眠を取るようにしてやりなさい。とりあえず点滴を再開しよう」
「はい……」
熊田がそのまま病室を出て行こうとすると振り返りヤスに耳打ちをする。
「ところで──この子とどうなんだ?拳人は……」
「……とりあえずは仲間として──」
「違う違う、恋愛の話だ。上手くいってるのか? 高人も知ってるんだろうな?」
熊田が無精髭を撫でると自分のことのように嬉しそうに肩を揺らしながら笑った。
「はい?あ、いえ……若には他にちゃんと想い人が──」
「え? そうなのか? そうか……てっきり──二人の関係が普通じゃないように見えたんでな……勘が鈍ったかな?」
熊田はヤスの肩を叩くとそのまま病室をあとにした。ヤスはベッドに寄り添う拳人の後ろ姿を見て溜息をついた。
確かに……少し違う気がする……。
女が苦手なはずなのに普通に話せているし、こんな風に躊躇なく近付ける……若らしくはない。メゾンさんのおかげで少し良くなったのか?
ヤスは首を傾げた。
◇
晶はぼんやりとした世界にいた。まるで誰もいない映画館に座り、深い暗闇の中、砂嵐のような映像を見続けているような感覚だった。前を向いて座り続けていた。なぜか映画が始まるんじゃないかと期待をして待っていた。
横に人の気配を感じたが暗闇で誰かは分からない。
「無鉄砲なやつだ──」
拳人?
晶は聞き返したかったが、喉に何かがつっかえたみたいに声が出ない。
「執拗に狙われているのはなぜだ……何を知っている」
誰もいなかったはずの映画館に多くの人間が座って口々に画面に向かって声を上げる。
「すまなかった、俺のせいで……あんな男に引き合わさなければ……」
「姉ちゃん……もうお供え贅沢は言わないよ……月一でいい──」
「康隆! 晶を、晶を助けて!」
「生きろよ、俺の分まで生きろよ! 何してんねん!目を覚ませ、晶!」
多くの声が突然止み周りは静まり返る……舞台に向けてスポットライトが斜めに差し込む。砂嵐ばかり写していた画面からはまばゆい白い光が照らされている。それを背に誰かが立っている……。目を凝らしてみるが逆光で誰か分からない。
「同志よ……私の元へ来い──さもなくば……次はないぞ」
低くて静かな声が響く。その瞬間心臓の激しい鼓動と共に何かが壊れる音が響き、晶は目を覚ました──。
「はぁ! は、はぁ、はぁ……」
ベッドのそばで拳人たちが心配そうにこちらを見つめていた。銀角やジェイ、強面コンビも晶を取り囲むように立っている。
「大丈夫か? 分かるか?」
一点を見つめたまま動かない晶を不審に思ったヤスが声をかける。晶は気が動転していた。
確かに夢の中で誰かが会いにきた。それは夢ではないことを晶は確信していた……ジェイの夢の霊力と同じ事が自分の身に起こったと……。
まだ手は震えたままだった。ヤスは晶の様子に慌ててスタッフを呼びに病室を出て行った。銀角は心配そうに晶の顔を覗く。
『おい、晶ちゃんしっかりしろ!』
「夢……夢で会いに来た……誰かが来る……」
『……ひとまず退く。安心しろ、そばにいる──行くぞ』
晶の言葉にジェイとマルは互いに顔を見合わせていたが銀角は何かを察したようだ。すぐさま幽霊達は周りを見渡すと透けるように姿を消した。
「……晶?」
ジェイ達を見送ると晶は側に拳人がいることを思い出した。気が動転して気が回らなかった。拳人が晶が見つめていた方角を見る。そこにはテーブルしかない。
「す、すみません、夢を見ていたようです」
「あぁ……」
拳人は晶の様子に戸惑っていた。晶はまるでそこに誰かがいるように話しかけていた。ぼんやりとした目ではあったが、言葉ははっきりしていた。
「若、ご迷惑をおかけしてすみませんでした」
「……迷惑じゃない。……その、さっきは悪かった……」
拳人が溜め息をつく。目が覚めたら体を気遣う言葉や労いの言葉を考えていたのに、いざとなるとこのざまだ。無愛想で気の利いた言葉一つも言えない自分に苛立ちを感じていた。
「命を救ってくださったと聞きました。この命を大事にします」
ふっと拳人は微笑むと「そうしろ」と言った。パイプ椅子の背もたれにもたれかかると拳人は安心したように大きく息を吐いた。
「腹の傷は細かく縫ってもらった。痕は目立ちにくいはずだが、嫁入り前の娘さんに悪いな」
「へ?」
「あぁ……そうか。出会った日に俺とヤスはお前が女だと知っていた」
まさかバレていたなんて、しかも捕まったあの日に……。
「うん? あ、いや、その……すみません」
メゾンだとはバレていないかどうか気になって曖昧な返事しかできない。
「大丈夫だ。誰にも言うつもりはない。仕事に差し支えがあるだろうから、これからも男として接していくから安心しろ」
拳人の言葉にホッと胸をなでおろした反面どこかで寂しさも覚えていた。
「とりあえずお前は面会謝絶で入院していることにする。また襲われかねないからな……屋敷に帰るぞ」
「はい、ありがとうございます」
晶は拳人の顔を見つめるとふにゃっと笑った。拳人の気持ちが嬉しかった。それがただの仲間の一人としてでも……。
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