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第一章
68.命日2
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銀角は小春の写真に手を合わせると供えられた盃に手を伸ばす。タケが姿勢を正した──。
ずっと聞きたかった……でも聞くのが怖かった。
小春の笑顔の写真を見てタケは意を決して声に出した。
『組長……姐さんはもしかして俺たちのせいで──亡くなったのでしょうか』
銀角にはタケが何を話すかあらかじめ分かっていたのだろう……驚きや戸惑いの表情はなかった。その瞳には何も映っていないようだ。
『いや……関係ない──小春は通り魔に殺されたんだ。お前達が気にすることは何もない。ただ、お前たちを死なせてしまったのは俺のせいだ。本当にすまないことをした……すまない』
銀角は頭を下げる。マルが慌てて銀角に駆け寄るとその体を起こした。銀角の体が随分と細くなったことに気付く。
『飲め……お前達の命日だ』
タケとマルは戸惑いながらも盃を受けると美味しそうに飲んだ。二人の飲みっぷりに銀角の口元が緩む。銀角は再び空いた盃に酒を注ぐ。
『こうした方が小春は喜ぶに決まってるだろう?』
小春は外見で判断することをしない人間だった。二人に対しても真摯に向き合ってくれる数少ない女性だった。
生前、小春は疲れて戻ってきた男達によく酒を振舞っていた。どんなに遅くなっても寝ずに待っていてくれた優しい姐さんだった。優しくそっと日向に引き込んでくれる存在だった。
「あら、やだ……足りないかしら? ふふふ……酒の樽ごと持ってきてちょうだい」
「貴方達、大切な家族だって言ったでしょう? 私のことを思うなら気を使わないで呑んで! さっ……お疲れ様」
──小春の声が聞こえた気がした。
銀角はさぁ飲めと空いた盃にどんどん酒を注いでいく。二人は大粒の涙を流す……。マルは嗚咽を飲み込んでぐいっと飲み干した。銀角は鼻をすすると瞼を閉じた。
(マル、タケ……本当にすまない……すまない──)
晶はいつもと違う部屋へと通された。
和室ばかりかと思っていたが、障子を開くと中はフローリングの板の間になっていた。濃い茶色をベースにモダンな家具が並ぶ。純喫茶を彷彿とさせるような居心地のいい空間が広がる。これでジャズが流れていれば完璧だ。
どうやらここは拳人の部屋らしい。昔はここで過ごしていたが最近はい草の香りの良さに改めて気付かされたらしく和室で寝起きしている。
「そこに掛けていてくれ、若がもうすぐ来られる」
ヤスがソファーを指差して飲み物を用意し始めた。晶は礼を言うとソファーに腰掛けた。
「悪い、待たせたな」
拳人が現れると晶は当初の目的である直についての情報を伝える。
女の名は竹田直。神奈川県出身で二十一歳。中学卒業後にアルバイトをしながら生活をしていたらしいが十七歳の時に母親とは死別した。どういうわけか上京し船越組に入り仕事をするようになった。美貌を使って仕事を行うことが多いが凄腕のナイフの使い手だ。主に太一の命で動くらしく他の人間には一切興味がないのか関わりはほぼ無いらしい。一部では太一の女ではないかと言われていたが今のところ確証はない──。
晶の報告を拳人とヤスは黙って聞いていたがここまで詳細な情報を仕入れて来たことに驚いているようだ。
「かなり踏み込んだ内容のものもあったがどこで手に入れた?」
「まぁ、その筋から……」
言葉を濁すとヤスがそれ以上は聞いても無駄だと分かったのか引き下がる。
『すごいじゃない、晶は仕事が早いわね。噂通り』
いつのまに姿を現していたのか佳奈の姿があった。真面目な顔で晶の情報をメモを取るヤスの顔を覗き込んでいる。あっとした表情をしたかと思うと何かに気づき佳奈が笑い出す。
『ヤダ、まだ治ってないみたい。唯一の弱点が漢字なのよ』
佳奈がヤスの頰を撫でるような動作をする。晶はステキな二人だなと思いじっと見つめてた。羨ましい気持ちと佳奈の愛を感じていた。
「……おい」
振り返ると拳人がこちらを見て訝しげな表情をみせる。 なぜ不機嫌なのだろうか……。晶が首を傾げると拳人は瞬きを繰り返した。
「はい?」
「……いやなんでもない。船越太一のことは分かったか?」
太一の母親が亡くなっていることしか情報が得られてないことを伝える。やはり太一の情報は巷には少ないため直接張り込みをしなければならないようだ。田崎や他の幽体がいなければ幽霊たちに頼めるがあのナイフがある限り田崎の周りをうろつけば彼らの命が危うい。
晶は大きく背伸びをすると荷物を手に立ち上がる。今日は朝から動いていてひどい睡魔だ。体もだるいし、とにかく眠い──。昼寝をしたのだがまだ足りないようだ。
「ご苦労だった。誰かいるか、屋敷を出る手配を頼む」
いつもどおり裏口の周りを監視カメラで確認すると今日はすぐにでも屋敷を出て問題なさそうだ。挨拶を済ませると晶はそそくさと裏口へ向かう。
「帰ってしまったな」
「そうですね、外猫のようなやつですね」
「あぁ……そうだな」
拳人は中庭を横切る晶の背中をしばらく見送ると賑やかな座敷へと戻っていく。ヤスはそんな拳人の様子を見て首を傾げていた。
裏口を閉めると晶は暗い夜道に出る。流石に遅い時間帯だからか辺りは静まり返っている。封筒を届けた時もそうだったが、この界隈は人通りも少ない。地の人間が多い地域だ。高齢者の住人が多く就寝時間が早いのだろう。
「あぁ、疲れたな……」
ここから宿泊所までは距離があるが仕方がない。タクシーに乗るお金さえ惜しい。欠伸をしながら眠気をこらえて歩き始めると背後から声が聞こえる。
「はぁい、こんばんは──子猫ちゃん」
暗闇だからだろうか……耳元で囁かれたように鳥肌が立つ。振り返ると黒ずくめの服を着た直が立っていた──。
ずっと聞きたかった……でも聞くのが怖かった。
小春の笑顔の写真を見てタケは意を決して声に出した。
『組長……姐さんはもしかして俺たちのせいで──亡くなったのでしょうか』
銀角にはタケが何を話すかあらかじめ分かっていたのだろう……驚きや戸惑いの表情はなかった。その瞳には何も映っていないようだ。
『いや……関係ない──小春は通り魔に殺されたんだ。お前達が気にすることは何もない。ただ、お前たちを死なせてしまったのは俺のせいだ。本当にすまないことをした……すまない』
銀角は頭を下げる。マルが慌てて銀角に駆け寄るとその体を起こした。銀角の体が随分と細くなったことに気付く。
『飲め……お前達の命日だ』
タケとマルは戸惑いながらも盃を受けると美味しそうに飲んだ。二人の飲みっぷりに銀角の口元が緩む。銀角は再び空いた盃に酒を注ぐ。
『こうした方が小春は喜ぶに決まってるだろう?』
小春は外見で判断することをしない人間だった。二人に対しても真摯に向き合ってくれる数少ない女性だった。
生前、小春は疲れて戻ってきた男達によく酒を振舞っていた。どんなに遅くなっても寝ずに待っていてくれた優しい姐さんだった。優しくそっと日向に引き込んでくれる存在だった。
「あら、やだ……足りないかしら? ふふふ……酒の樽ごと持ってきてちょうだい」
「貴方達、大切な家族だって言ったでしょう? 私のことを思うなら気を使わないで呑んで! さっ……お疲れ様」
──小春の声が聞こえた気がした。
銀角はさぁ飲めと空いた盃にどんどん酒を注いでいく。二人は大粒の涙を流す……。マルは嗚咽を飲み込んでぐいっと飲み干した。銀角は鼻をすすると瞼を閉じた。
(マル、タケ……本当にすまない……すまない──)
晶はいつもと違う部屋へと通された。
和室ばかりかと思っていたが、障子を開くと中はフローリングの板の間になっていた。濃い茶色をベースにモダンな家具が並ぶ。純喫茶を彷彿とさせるような居心地のいい空間が広がる。これでジャズが流れていれば完璧だ。
どうやらここは拳人の部屋らしい。昔はここで過ごしていたが最近はい草の香りの良さに改めて気付かされたらしく和室で寝起きしている。
「そこに掛けていてくれ、若がもうすぐ来られる」
ヤスがソファーを指差して飲み物を用意し始めた。晶は礼を言うとソファーに腰掛けた。
「悪い、待たせたな」
拳人が現れると晶は当初の目的である直についての情報を伝える。
女の名は竹田直。神奈川県出身で二十一歳。中学卒業後にアルバイトをしながら生活をしていたらしいが十七歳の時に母親とは死別した。どういうわけか上京し船越組に入り仕事をするようになった。美貌を使って仕事を行うことが多いが凄腕のナイフの使い手だ。主に太一の命で動くらしく他の人間には一切興味がないのか関わりはほぼ無いらしい。一部では太一の女ではないかと言われていたが今のところ確証はない──。
晶の報告を拳人とヤスは黙って聞いていたがここまで詳細な情報を仕入れて来たことに驚いているようだ。
「かなり踏み込んだ内容のものもあったがどこで手に入れた?」
「まぁ、その筋から……」
言葉を濁すとヤスがそれ以上は聞いても無駄だと分かったのか引き下がる。
『すごいじゃない、晶は仕事が早いわね。噂通り』
いつのまに姿を現していたのか佳奈の姿があった。真面目な顔で晶の情報をメモを取るヤスの顔を覗き込んでいる。あっとした表情をしたかと思うと何かに気づき佳奈が笑い出す。
『ヤダ、まだ治ってないみたい。唯一の弱点が漢字なのよ』
佳奈がヤスの頰を撫でるような動作をする。晶はステキな二人だなと思いじっと見つめてた。羨ましい気持ちと佳奈の愛を感じていた。
「……おい」
振り返ると拳人がこちらを見て訝しげな表情をみせる。 なぜ不機嫌なのだろうか……。晶が首を傾げると拳人は瞬きを繰り返した。
「はい?」
「……いやなんでもない。船越太一のことは分かったか?」
太一の母親が亡くなっていることしか情報が得られてないことを伝える。やはり太一の情報は巷には少ないため直接張り込みをしなければならないようだ。田崎や他の幽体がいなければ幽霊たちに頼めるがあのナイフがある限り田崎の周りをうろつけば彼らの命が危うい。
晶は大きく背伸びをすると荷物を手に立ち上がる。今日は朝から動いていてひどい睡魔だ。体もだるいし、とにかく眠い──。昼寝をしたのだがまだ足りないようだ。
「ご苦労だった。誰かいるか、屋敷を出る手配を頼む」
いつもどおり裏口の周りを監視カメラで確認すると今日はすぐにでも屋敷を出て問題なさそうだ。挨拶を済ませると晶はそそくさと裏口へ向かう。
「帰ってしまったな」
「そうですね、外猫のようなやつですね」
「あぁ……そうだな」
拳人は中庭を横切る晶の背中をしばらく見送ると賑やかな座敷へと戻っていく。ヤスはそんな拳人の様子を見て首を傾げていた。
裏口を閉めると晶は暗い夜道に出る。流石に遅い時間帯だからか辺りは静まり返っている。封筒を届けた時もそうだったが、この界隈は人通りも少ない。地の人間が多い地域だ。高齢者の住人が多く就寝時間が早いのだろう。
「あぁ、疲れたな……」
ここから宿泊所までは距離があるが仕方がない。タクシーに乗るお金さえ惜しい。欠伸をしながら眠気をこらえて歩き始めると背後から声が聞こえる。
「はぁい、こんばんは──子猫ちゃん」
暗闇だからだろうか……耳元で囁かれたように鳥肌が立つ。振り返ると黒ずくめの服を着た直が立っていた──。
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