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第一章 

55.メゾンの存在

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 メゾン・クリスタルのアパートを出ると、黒塗りの車が近づく。拳人は後部座席にそのまま乗り込むと車が出発する。

 拳人は座席に座ると前の座席に向かって蹴りを入れる。突然のことに運転席にいた小鉄が震え上がる。

「わ、若……」

「……悪い。戻ってくれるか……」

 ルームミラー越しに見る拳人は怒気が纏っている。

 あそこからの帰りはいつもご機嫌なのに……どうしたんだろう……。

 小鉄は何も言わずに車を発進させた。
 拳人は屋敷に帰るとすぐに風呂へと向かった。湯船に浸かりぼうっとさっきの出来事を思い出す。

 いつも通りアパートへ寄ると拳人は異変にすぐに気づいた。店のドアが蹴り上げられた痕がありひしゃげていた。古いドアのため耐久性が無いのもあるが、かなりの力で蹴破ろうとしたらしい。
 店の中から人の声が聞こえる。メゾンの声がいつもと違って強張ったのように聞こえた。

──まさか。

 最近男性客も多くなってきたと聞いていた。女だから気をつけないとと忠告したばかりだった。

「くそ──!」


 拳人はドアを蹴破り中に入るとスーツ姿の若い男に抱きしめられているメゾンの姿があった。男の背中で全く姿は見えないが男の胸にしがみついているように見える。

 一瞬何を見ているのか分からなくなった。俺の周りだけ時が止まったような感覚になった。

 メゾンが男の影から姿を現した時ローブを下へ引っ張り直している。メゾンの様子に気を取られて気付かなかったが、振り向いたその男は会いたくない相手──太一だった。

 太一はそのまま拳人の横を通り過ぎると店を出て行った。通り過ぎる時に拳人に耳打ちをした。

「──悪いな」

 拳人が晶へと視線を戻すと慌てた様子で目の周りが赤くなっている。先程まで二人で何をしていたのか想像して拳人は動揺していた。ジリッとした胸の痛みがする。感じたことのない痛みだった。机の上に置かれた二つのコーヒーカップを見て、自分だけが特別じゃない、太一の存在が自分よりも大きいのかとか勝手に嫉妬して拳人の心は締め付けられる。

 よりよってなぜアイツなんだ。
 アイツは犯罪者なんだぞ……。
 どちらにしてもメゾンが傷つく──。

 メゾンが何かを言おうとしたが、聞いてしまえばどうにかなりそうで、自分の中にある嫉妬心と独占欲に支配されそうで怖かった。逃げるようにして帰ってきたが、思い出しても心が痛む。あの時のメゾンの泣きそうな顔を思い出し、拳人は後悔していた。全てを話そうとしてくれたのに傷つけてしまったかもしれない。

 でも、メゾンの口から船越組と関わっていると聞きたくなかった──。

 拳人は思い出し頭を抱える。
 
 俺をヤクザだと知っていたのか……? もしかして今回の事件に関わって……、いや、メゾンに限ってそれはない。

 拳人は思考を振り切るために湯船に頭まで突っ込むと呼吸を止める。

 あぁ、情けない──とんだ馬鹿野郎だ。




ヤスが仕事から帰ると小鉄が慌てた様子でこちらへ来る。

「どうした?」

「兄貴、若の様子がおかしくて」

「若はどちらに?」

「いや、それが……お風呂に……」

ヤスが荷物を小鉄に押し付けると慌てた様子で風呂場へと急ぐ。

「何分前に入られたんだ!?」

「え?あ、二十分ほど前に」

「くそ……!」

風呂場に着くとヤスは声もかけずに風呂のドアを開けて中に入って行く。湯船にはぐったりして気を失っている拳人が今にも溺れそうになっている。

「若!」

その後ヤスが拳人の体を引き上げると部屋へと運ぶ。布団の上で浴衣姿で拳人が眠っている。全身が真っ赤になっているが、顔は穏やかでヤスと小鉄は胸を下ろす。

「……若が、こうなるのは久しぶりだ」

「前にも同じことが?」

小鉄が心配そうに拳人のおでこに乗せた冷たいタオルをひっくり返す。

「……奥様を亡くされた後は頻繁にあったそうだ、今は命日が近づく時に湯船を溜めなければ問題ない」

「そうだったんだ……」

ヤスが小鉄を部屋の外に連れ出すと、今日何があったのかを聞き出す。ヤスは顎に手を当てて何かを考えている様子だ。携帯電話を取り出すと誰かに電話を掛けた。

「俺だ──調べて欲しいことがある」
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