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第一章
47.秘密
しおりを挟む人が寝静まる時間に若林組にブザーの音が鳴り響く。この音は監視カメラの音だろう。
「……来たか」
拳人は布団から出るとスーツに袖を通す。今から大事な客人に会わなければならない。案の定部屋の外から小鉄の声が聞こえる。
「若──かかりました」
「わかった……座敷へ通せ」
小鉄は慌ただしく部屋を離れていった。
近いうちに必ず封筒の男が来るはずだと踏んでいた。警戒が強い男だ、正門の前の見張りも外しておいたが、まさか郵便受けに細工がされているとは夢にも思わなかっただろう。
今頃薬が効いて夢の中だ。
さっきのブザーはサーモグラフィーで人間の体温を感知すると警報が鳴るシステムだ。正門の真下だけを感知するので通行人にはまったく反応しない。警戒心が強い奴でもただの監視カメラだと思い込んでいただろう。
この男を捕まえるためにわざわざ設置した。それぐらい今この男に会う必要があった。
船越組もこの男の存在は気付いているはずだが始末できていないということは……運良く逃げ切れているか、仲間に引き込んだかどちらかだろう。敵であって欲しくはないが……。
準備が整った拳人は急いで座敷へと向かった。
「ここへ運べ」
ヤスは晶を抱き上げた舎弟に座敷の中央に置くように指示をする。舎弟は気を失っている晶の体をそっと畳に置く。妙に慎重な扱い方にヤスは訝しげな表情になる。いくら若林組が穏健派とはいえそこまで親切なことはない。
「お前なんでそんな丁重な扱いしてるんだ?」
「あ……それは……」
男は言いづらそうに口籠る。周囲を確認するとヤスに耳打ちする。面倒臭そうにしていたがみるみるヤスの表情が驚きに変わる。
「本当か? こいつ……女なのか?」
ヤスは眠る晶を見つめる。
初めて見た時まだ若い少年だったのかと驚いてはいたが、まさか女だったとは……。
仕事内容からしててっきり男だと思い込んでいた。ヤスが晶の手首を掴み確認する。この細さは女に間違い無いようだ。
髪をショートカットにして化粧っ気もない。黒ずくめのパーカーはぶかぶかで体のラインは見えない。右手は郵便受けの刃で出血の跡が見られる。
男のフリして裏の世界で生きてきた女か。こんな世界に飛び込むなんざ──正気の沙汰とは思えんな……可哀想に……。
ヤスはこの女の人生を想像すると不憫に思えてきた。小鉄の時もそうだったがヤスは昔から捨て犬や腹を空かせた動物を見るとほっておけない性格だ。
「お前……この事は口外するな、いいな?」
舎弟に釘を刺すとヤスは横たわる晶のパーカーのフードを被せて晶の顔を隠した。
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