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第一章
37.初めての対峙
しおりを挟む飲食店の視察と売上確認を行い、拳人は外で待たせていた小鉄に声を掛ける。
「……ご機嫌だな」
「へへ、高級車に乗るのはいつでも嬉しいですよ」
小鉄は久しぶりの運転担当で愛おしそうにハンドルを撫でている。最近は心臓の発作の事もあり小鉄は内勤になっていた。ここしばらくは調子がいいようなので気晴らしに拳人に付けた。
「待たせたな、帰るか」
拳人が後部座席に乗り込むと小鉄が袖を捲り気合を入れてハンドルを握る。
「……頼むから事故すんなよ」
「任せてください!」
ヤスは今頃写真の件で色々と情報回収や処理に奔走しているだろう。今晩が情報屋ジェイとの約束の期日だ。おそらくヤスの携帯に連絡が入っているだろう。
「ところで、若、その紙袋は何ですか?」
信号待ちをしていると小鉄が不思議そうにルームミラーを覗いている。拳人の膝の上にちょこんと置かれている小さな茶色の紙袋の事だろう。
「あ──いや……」
尋ねられるとは思ってもみなかったのか拳人の反応がしどろもどろになる。
実は視察店で売られていた期間限定のチーズケーキだった。試食して美味しかったのでメゾンに渡そうと思い購入した物だった。
小鉄はメゾンの存在を知らないのでどう言い訳しようか悩んでいるうちに小鉄が急にUターンをし始めた。
「寄り道しましょうか若、俺運転久しぶりですし」
小鉄がこちらを見てニヤニヤとしている。嫌な予感しかしない。拳人が頭を抱えていると拳人の返事を待たずにアクセルを踏む。
「じゃ、いっきまーす」
ヤクザが惚れてる女にケーキをわざわざ届けに行くだなんて恥以外何ものでもない。ただでさえ女と会ってるだなんて知られたくなかった。
拳人は火照った体を冷やすため後部座席の窓を全開にした。
到着するとエンジンを切り「ごゆっくり」と言い送り出す小鉄を無視して拳人は歩き出した。
アパートの少し手前で停めたので恐らくメゾンにはバレないだろう。アパートの前にこんな黒塗りの車があれば拳人の素性に気付かない方がおかしい。
メゾンが喜んでくれるといいが……。メゾンの笑顔を想像して拳人は微笑む。
紙袋の水平に気を付けながら路地を曲がるとアパートから一人の男が出てきたのが見えた。目が合うと互いの表情が固まる。
拳人がその男に近づいていくと男は嬉しそうに微笑む。
「お久しぶりです、若林さん」
「あんた、船越組の……」
「太一です。光栄です、覚えていてくださるなんて……」
太一の表情からは感情が読めない。
「……このアパートに何の用だ?」
拳人の声色が変わった事に気付き太一は不思議そうな顔をする。
「ちょっと、占いをしに来ただけですよ?」
ギリっと奥歯を噛みしめると手に持った紙袋が微かに揺れる。拳人の手元の可愛らしい紙袋を見つけると太一はほくそ笑んだ。
「もしかして、あの先生とお知り合いですか?」
拳人が黙っていると太一が立ち去ろうとする。拳人が太一の腕を掴む。
「……あの人に手を出すな、俺たちと違う世界にいる人だ」
「随分と大切になさっているんですね。先生は相手がいるのに……もちろんご存知でしょう?」
「…………」
予想していなかったことではない。あの手料理を食べたことがあるから分かる……丁寧でいて愛情に溢れていた。拳人の表情の変化を読み取ろうとしたが思った反応ではなかったのか太一は残念そうな顔をする。
「先生も、悪い男ばかりに好かれて大変だな」
太一はポケットからお気に入りのチョコレートを取り出し口に放り込む。
「どういう意味だ」
「ご存じない? 先生の男は……こちら側の人間ですよ」
拳人の顔が強張るのを確認すると満足したように立ち去っていく。太一の言うことを全て信じるわけではないが、恐らくそうなのだろう。過剰なまでのヤクザ嫌いはそこから来ているものなのかもしれない。
──ヤクザの世界は怖いね
あの日のメゾンの言葉が拳人の頭に響いていた。
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