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第一章 

28.ラッキーアイテム

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 若林組の屋敷では拳人が朝食後、緑茶を飲みながら先日の封筒の中身を取り出した。その中身は船越組の組長がどうやら田代と会談している写真だった。

「こいつか……」
 
 この男は田代といい、拳人の島で何店舗か経営しているいわゆる地主と呼ばれる男だ。金に対しての執着がひどく目的のためなら手段を選ばない輩だ。
 田代は銀角と生前トラブルになっており並々ならぬ恨みがあるという話を小耳に挟んだ事がある。数枚の写真と日時等が紙に記されていた。〈金のやりとりあり  会話聞き取れず〉とあった。

 拳人はその一文を見て鼻で笑う。

 一体どこのどいつの仕業か知らないが、写真だけではなくご丁寧に会話まで盗もうとするとはとんだ怖いもの知らずだ。

 しかし、不思議なのはなぜこの情報を見返りなく寄越したのか……本来ならば金銭要求や、見返りを求めるものだが接触を拒むように逃走した。ただの阿呆か、それとも……。

「入ってもよろしいでしょうか、若」

「……入れ」

 拳人は写真を封筒に戻し部屋の外へと声をかける。小鉄が部屋に入ってくるなり拳人が睨みつける。
 検査入院の手筈だったがどうやら一泊のみで朝一番で退院してきたようだ。

「……休めといったはずだが?」

「もう大丈夫です! ご心配をおかけしました。点滴もしてもらったし、薬もいっぱいあります……今までこんなに飲んだことないし、変な感じです」

 さすがの小鉄も普段よりも神妙な様子で正座をしている。健康優良児が弱るとこうなるのか。

「ここで仕事してろ。今日は俺も用事がある」

 昨日メゾンの所へ行く予定が、例の封筒の事件があってバタバタとして時間が作れなかった。拳人だけではなく他の組の皆も色々と情報や証拠集めに動き出してはいたが、向こうも慎重に事を進めているようでなかなか尻尾をつかむことはできない。
 叩けば色々な情報が出てくると思ったが、手回しをして次々と消しているようだ。

 船越組の奴らもなかなかやるな。

 今のところ証拠はこの封筒の情報のみだ。投函したあの男を探さなくてはいけない。男の思惑は分からないが奴らの真の目的も掴んでいるかもしれない。

 自分の部屋へ戻ると布団が敷かれたままになっている。どうやら誰かが気を利かせて準備していたようだ。だが拳人は布団には腰を下ろさずにそのままハンガーに掛けられたスーツを手に取る。
 やらなければならない事が山積みでここ数日寝不足が続いているが……拳人はメゾンに会いたかった。

 寝るよりもメゾンに会いたい。声を聞きたい──。

 いつのまにかメゾンは拳人にとって栄養剤のような存在になっているようだ。占いの事を考える事も少なくなった。

「メゾンが、ラッキーアイテムかもしれないな」

 拳人はスーツに袖を通しながら自分自身の変化に驚いていた。
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