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第一章
22.再会
しおりを挟むまだ夢の中から抜けきれてないようだ。体が重い……。
もう朝だというのに障子越しに感じる日差しは薄暗い。かすかだが雨の音が聞こえる。背中ごしに温もりを感じ振り返ると案の定小鉄がヤスの布団に入ってきていた。
やれやれ──またか。
最近小鉄は寝相が悪い。以前は自分の布団から手足ですら外に出る事はなかったが一体何があったのか……。
体を起こすと、隣で気持ちよさそうに寝ている小鉄の足を蹴る。眠りを邪魔されて小鉄の顔がくしゃりと歪むと薄眼を開けてこちらを見る。
「んゃ……おはようございます……!?」
俺の顔を見るなり飛び上がる小鉄。
寝癖がひどく赤茶色の髪はインコのように跳ねている。自分が置かれている状況を確認し、申し訳なさそうに俺を見る。
「また、俺……すみません兄貴……」
「……いや、いい」
ヤスはガシガシと頭を掻くと立ち上がり洗面台へと向かった。ヤスが部屋を出て行き足音が聞こえなくなると、小鉄はさっきまで使っていた枕を布団に向けて投げる。
なんでこうなっちまうんだよ……。
小鉄は再び布団へと突っ伏した。
ヤスは顔を洗うと用意してあったタオルで顔を拭く。今日は遠方の取引先へ行かねばならず、屋敷に戻るのは遅くなるだろう。
部屋に戻ろうと振り返ると一瞬だがラベンダーの香りがした気がした。思わず立ち止まる。首にかけたままのタオルを手に取り嗅いでみるが、まるで違う。先程の懐かしい香りにヤスは目を細める。
まだ、覚えているもんなんだな……。
ヤスは丸めたタオルをカゴに投げ入れた。
朝からの雨がなかなか降り止まず結局一日中雨がしとしとと降り続いていた。夏には珍しく梅雨時期のような不安定な振り方をしている。
ヤスはなんとか午後から飲食店の取引先と秋の限定メニューのコラボ計画の約束を取り付け車で帰る途中だった。ナビに映し出される到着時間を見ると日が変わってしまっている。
本来ならメール等でのやり取りでもよかったが、若たっての希望でこちらに出向くことになった。少し無理をしたが、お陰でコラボメニューが当初の設定より豪勢なものになりそうだ。先方も喜んでくれていたのでいい取引ができて良かった。
さすが若だな……よく分かってらっしゃる。
ヤスはアクセルを踏み込み家路を急いだ。
予定より早く屋敷に着くことができたが。屋敷はしんと静まり返っていた。あらかじめ用意してあった裏口の鍵を開けて中に入ると、先ほどまで止んでいた雨が降り始めた。
「チッ……」
傘を置いてきたため慌てて中庭を抜けて部屋へと急ぐ。そっと障子を開けると二つ布団が敷かれており、奥の布団で小鉄が静かに寝息を立てている。照明を煌々とつけたままで恐らく俺を待つつもりだったのだろうが、睡魔に勝てず眠りに落ちたようだ。
ヤスは起こさないように濡れたスーツを脱ぐ。薄暗い部屋に布が擦れる音が響いている。壁に濡れた服を掛けて着替えると部屋を抜け洗面台へと向かった。
縁側の軋む音に誰かが起きてしまわないか気になるが仕方がない。
寝支度を済ませ部屋へ戻る。
障子を閉めて振り返ると、小鉄が目の前に立っていた──。
──!?
すんでのところで叫び声を飲み込んだ。小鉄は寝ぼけているのか、ぼうっとした目で俺を見上げたまま動かない。
「あ……悪りぃ、起こしたか……」
ヤスが小鉄の肩に手を置き横を通り過ぎようとすると小鉄がヤスの胸元を掴み自分の方へと引き寄せた。至近距離にお互いの顔があり、ヤスの目が泳ぎ戸惑いの表情を浮かべる。
薄暗く逆光になるので分かりづらいが小鉄が笑ったような気がする。
「……な、何して……ふぅ?! ぐ……」
突然小鉄がヤスに噛みつくようなキスをした。
小鉄はすごい力で首に手を回しヤスを離さない。合わさった唇から伸びた舌が思いのほか熱くて驚く。どこにこんな熱を隠していたのか。
「ん、やめ──」
小鉄角度を変えてより深く口付けようとした時にヤスが小鉄の唇を噛み、胸元を力一杯突き飛ばす。ヤスは荒くなった呼吸を整えながら口元を拳で押さえる。小鉄の唇の端から赤い血が見える。
「はぁ……はぁ……テメェ……嫌がらせにも程があんだろうが……」
ヤスの声がいつもより低くなり、怒気を含んで震えている。布団に倒れた小鉄は静かに体を起こし、前髪を搔き上げるような動作をする。仁王立ちで対峙したままのヤスを寂しそうに見上げている。
ヤスは小鉄の様子がおかしいことに気がつき訝しげに見つめた。目の前の男は小鉄ではないように見えた。
「……会いたかった……」
消え入るような声で囁く声は小鉄のものとは思えないほど儚くて弱かった。小鉄の頰を一筋の涙が流れる。
「どうした? おかしいぞお前……何かあったのか?」
ヤスはキスをされた事よりも初めてみた小鉄の涙に動揺していた。小鉄はヤスの言葉により感情を高ぶらせたのか涙が溢れ出る。
「康隆……私……」
「……なんで……」
俺の本名を小鉄は知らない……俺を下の名前で呼んでいたのはこの世で一人だけだ。たった一人愛した人……。
「……佳奈……?」
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