上 下
13 / 116
第一章 

13.お節介なヤクザの舎弟

しおりを挟む

──ボロい。 

 第一印象に必ずこの言葉をつけられるほどメゾン・クリスタルはいい味わいが出ている。

 ヤスと小鉄はアパートの前で二階部分を見上げていた。本当にこんな場所で逢い引きをしているのか疑わしい。ヤスはわざとらしく掛けていたサングラスを外した。

 一週間前からヤスたちは別行動を取ろうとする拳人を何度か尾行しようとしたが、なぜか邪魔が入りことごとく失敗していた。小鉄は電柱にもたれ掛かるとシャツの胸元のボタンを開ける。夕暮れが過ぎた時間帯とは言え、今日はまだまだ蒸し暑い。

「若を弄んでる女が住むには年季が入ってそうだがな……」

 そう言うとヤスは昨日の事を思い出していた。
 その日は仕事ができる終わると屋敷に戻り、一緒に住んでいる舎弟と共に遅めの晩御飯を取っていた。若手が大勢いる為賑やかな食卓に拳人も酒が進むようで、しばらくするといつものポーカーフェイスが綻び始めていた。 

「若、どうぞ」

「悪いな」 

 空いた盃に冷酒を注ぐと拳人が珍しく笑顔を見せる。その優しい表情にヤスの心が温まる。拳人は盃の酒を飲み干すと酔いが回ったのか頬杖をつく。瞳がとろんと揺らぎ熱を帯びているようだ。

 男の俺が言うのもなんだが久し振りに無防備だな──嫌なことでもあったのか……。

「ヤス……ヤクザの男は嫌か?」

「……はい!?」

「いや、女はヤクザが嫌いか? 正直どうだ」

「あ、いや、女によると思いますが、こちらの世界を知らない方だと、少し抵抗はある……かも……? あ、いや、抵抗無いです! 絶対!」

 ヤスの話を聞きながら拳人はみるみる眉間に皺が戻り始めていた。ヤスは途中で軌道修正を試みたが拳人の背後から黒いオーラが立ち込めている。ヤスが冷や汗をダラダラと流していると、拳人がポツリポツリと話し出した。


「お前や組のみんなが居てくれて俺は幸せだと思う」

「若……」

「でも、ヤクザでいたくない時が最近ある。それが自分で嫌になるな」


 ヤスは恋心を吐露した拳人の姿を思い出すと目頭が熱くなる。昨晩の話から推測すると……若が女に惚れているが若を受け入れず足を洗うように迫っているか、若を弄んでいるのだろう。
 席を外していたので小鉄はこの話を知らない。血の気の多いアイツの事だ。詰め寄って絡んでいく可能性があるので耳に入らなくて幸いだ。

 しばらくすると拳人が煙草に火をつけながら階段を降りてきた。路地の角を曲がるのを確認すると二人はゆっくりと階段を上っていった。



「……いらっしゃい」

「……どうも」

 なんともアットホームな言葉で迎えてくれたこの女がどうやらそうらしい。黒い布を覆い口元をレースで隠している。

 普通の女なら、俺たちみたいな風貌の奴が玄関に立っていれば間違いなくドアを開けないか、開けた途端に怖がるようなそぶりを見せるがこの女は全く動じない。小鉄と俺は思わず目を見合わせる。 女は部屋へと案内すると椅子に座る。

「えっと……何を見ましょうか?」

 小鉄が落ち着かない様子でそわそわとヤスと晶を見つめる。ヤスが何も言わないので小鉄が慌てて運勢を見て欲しいと声を掛ける。

 女は水晶に手をかざすなり突然席を立つ。

「え、あ──ちょっとごめんなさい……」

 そのまま待つように言うと慌てて部屋を出て行った。

 ヤスは座ったまま辺りを見渡していたが小鉄は物珍しそうに店を物色し始めた。狭い店だが綺麗に整頓されている。明るい時間だからか日が差し込み居心地がいい。

  小鉄は占い情報誌や近くの商店街の店のチラシが置かれているのをしばらく見ていたが、ふと小鉄はテーブルに置かれた水晶玉に気付き手を取った。

「占い師っぽいな、虫眼鏡思い出すなぁ」

「ガキっぽいことはやめろ」

 ヤスが呆れ顔ではしゃぐ小鉄を見た。小鉄が陽の光に水晶を掲げていると晶が部屋へと戻ってきた。


 ゴンッ


「いッ……」 

 慌てて机に戻そうとして手が滑り小鉄は自分の顔に水晶玉を落としてしまった。顔を両手で覆い床に座り込んだ。カーペットの上に水晶玉が転がると晶が慌てて拾い上げて割れていないのを確認し、ほっと胸をなで下ろす。

「お客さん──あれ?」 

 晶が文句の一つぐらい言わせてもらおうと顔を上げると小鉄はそのままカーペットの上でぐったり倒れ込んでいた。

「ちょっと……ねぇ、大丈夫ですか?」

「おい、ふざけんな。起きろ」

 晶が慌てて小鉄に駆け寄ると小鉄は気を失ってしまっていた。すごい衝撃があった訳ではなさそうだが何故かまったく動かない。

「……もしかして失神してます?」

「……マジ、ですね、すみません、馬鹿野郎で」

 ヤスは恥ずかしかった。ふざけて遊んで怪我……しまいには失神するなんてかなり迷惑な男だ。二人はソファーに小鉄を運んだ。

 ヤスが机を挟んだ向かいのイスに腰掛けると、晶はすぐに台所は向かい氷嚢を持ってくると小鉄の額のたんこぶを冷やした。心配そうに小鉄を見つめる目は優しげでとても男をたぶらかすような女には見えない。

 この女が本当に若の想い人なのか──?
 本当に若を弄んでいるのか?

 ヤスが晶を見ていると急に顔を上げた晶と視線が合い慌てて目をそらす。

「お手数おかけして……すみません」

「いえ、私の水晶玉でこんな事になってしまって……」

 小鉄が目を覚ますまでどうしようかと悩んでいると晶がヤスに声を掛ける。

「もしよかったら……占いましょうか。あ、もちろんお代は結構です。男性は占いはお嫌いでしょうが──」

「いや、お願いします」

 相手の反応を見ながら話す姿に好感を覚えたヤスは先ほどの椅子へと戻る。晶も席に座りいつものように水晶玉に優しく触れる。

「えー……では何を見ましょうか?」

「そうだな、恋愛運でも見てもらうかな」

 もちろんヤスは恋愛など縁がない。
 時折アプローチをかけてくる女もいるがヤスの反応の悪さに早々に諦めるのが通例だ。小鉄の意識が戻るまではこの空間に居なければならない為時間稼ぎにはいいだろうと恋愛を占ってもらうことにした。

「では……」

 水晶玉を見つめてしばらくすると晶がヤスを見つめる。何処と無く悲しげな目でこちらを見るのでヤスは思わずどきっとする。

「……何か良くないことでも?」

「正直に言わせていただいていいですか?」

「ええ……」

「恋愛運は……占わない方がいいと思います。その……大切な方がまだいらっしゃるようなので今はまだ必要ないかと……」

 まさかの答えにヤスは言葉が出なかった。視線を避けるように晶は水晶玉に目をやった。

 その後小鉄がなかなか目が覚めないのでヤスが小鉄を抱えるようにして帰っていった。二人を見送ると晶はドアを閉めた。台所では銀角が冷蔵庫に寄りかかって水を飲んでいた。

『すまねぇな、あいつらはあいつらで拳人が心配らしい。随分と尾行できないように邪魔してやったんだがな……』

 晶が二人を部屋に招き入れてすぐ、玄関のドアから銀角が顔を覗かせた。席を外して話を聞いてみると銀角の孫の部下だと言っていた。何故こんな所に来たのかわからないが、思わぬ事故でろくに話もできず帰って行ってしまった。
 銀角曰く、組長になる人間だから新しく出会った人物がいれば素性を調べに来るそうだ。

「一度占いに来たぐらいで大袈裟な話ね。ヤクザも大変な仕事なのね」

 晶は部屋に残ったラベンダーの残り香に気づく。さっきの男たちの時には感じなかったが、今は確かに感じる。

 ラベンダーの香り──さっきの彼女のかしらね……。
 
 振り返ってみるとそこにはもう彼女の姿はなかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

姉らぶるっ!!

藍染惣右介兵衛
青春
 俺には二人の容姿端麗な姉がいる。 自慢そうに聞こえただろうか?  それは少しばかり誤解だ。 この二人の姉、どちらも重大な欠陥があるのだ…… 次女の青山花穂は高校二年で生徒会長。 外見上はすべて完璧に見える花穂姉ちゃん…… 「花穂姉ちゃん! 下着でウロウロするのやめろよなっ!」 「んじゃ、裸ならいいってことねっ!」 ▼物語概要 【恋愛感情欠落、解離性健忘というトラウマを抱えながら、姉やヒロインに囲まれて成長していく話です】 47万字以上の大長編になります。(2020年11月現在) 【※不健全ラブコメの注意事項】  この作品は通常のラブコメより下品下劣この上なく、ドン引き、ドシモ、変態、マニアック、陰謀と陰毛渦巻くご都合主義のオンパレードです。  それをウリにして、ギャグなどをミックスした作品です。一話(1部分)1800~3000字と短く、四コマ漫画感覚で手軽に読めます。  全編47万字前後となります。読みごたえも初期より増し、ガッツリ読みたい方にもお勧めです。  また、執筆・原作・草案者が男性と女性両方なので、主人公が男にもかかわらず、男性目線からややずれている部分があります。 【元々、小説家になろうで連載していたものを大幅改訂して連載します】 【なろう版から一部、ストーリー展開と主要キャラの名前が変更になりました】 【2017年4月、本幕が完結しました】 序幕・本幕であらかたの謎が解け、メインヒロインが確定します。 【2018年1月、真幕を開始しました】 ここから読み始めると盛大なネタバレになります(汗)

丸いおしりと背番号1と赤いサラサラ髪

よん
ライト文芸
高校一年生の小泉辰弥は、元プロ野球選手の亡き父が使い込んだ三億円を返す代わりに千手グループの奴隷になる。 学校を辞めさせられて一年間、理由も告げられずに200キロの剛速球捕球を命じられた辰弥は、ある日いきなり千手の科学医に真っ赤に塗られたドーム球場に連行される。 そこは"ドリ-ム・チャレンジ"という野球まがいのゲームが催されるところで、ピッチャーは千手製のロボットアームを左腕に埋め込まれた少女だった。 illustration 偽尾白様

ダブル シークレットベビー ~御曹司の献身~

菱沼あゆ
恋愛
念願のランプのショップを開いた鞠宮あかり。 だが、開店早々、植え込みに猫とおばあさんを避けた車が突っ込んでくる。 車に乗っていたイケメン、木南青葉はインテリアや雑貨などを輸入している会社の社長で、あかりの店に出入りするようになるが。 あかりには実は、年の離れた弟ということになっている息子がいて――。

カメラとわたしと自衛官〜不憫なんて言わせない!カメラ女子と自衛官の馴れ初め話〜

ユーリ(佐伯瑠璃)
ライト文芸
「かっこいい……あのボディ。かわいい……そのお尻」ため息を漏らすその視線の先に何がある? たまたま居合わせたイベント会場で空を仰ぐと、白い煙がお花を描いた。見上げた全員が歓声をあげる。それが自衛隊のイベントとは知らず、気づくとサイン会に巻き込まれて並んでいた。  ひょんな事がきっかけで、カメラにはまる女の子がファインダー越しに見つけた世界。なぜかいつもそこに貴方がいた。恋愛に鈍感でも被写体には敏感です。恋愛よりもカメラが大事! そんか彼女を気長に粘り強く自分のテリトリーに引き込みたい陸上自衛隊員との恋のお話? ※小説家になろう、カクヨムにも公開しています。 ※もちろん、フィクションです。

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

トイレの花子さん

一宮 沙耶
大衆娯楽
トイレで仕事をする情報屋。 その毒牙にかかれば、死に至る。 みんなは、その情報屋を「トイレの花子さん」と呼ぶ。

処理中です...