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第一章
5.さよなら俺の癒し
しおりを挟む──最悪だ。
拳人はあまりのショックに箸をぽろりと床に落としてしまった。新聞を持つ手が震え出す。
拳人の様子がおかしいことに気がつき、ヤスが駆け寄ると拳人は突然の新聞をビリビリと破りだした。
「わ、若! どうしました!? ご気分でも悪いんですか?」
「なんでもない……」
そう言いながら箸を拾い上げたヤスの腕を握るとどんどん握力を強めていく。
いや! 若! 何かありまくりですよね!? 絶対俺当たられてますよね!?
慌てて小鉄が止めに入る。やっとの事で二人を引き離すと、ヤスの鍛えられた腕に指の跡がくっきりと残っている。
「こんなに存在が大きいだなんてな……」
ボソリと呟くと拳人は小さく舌打ちをして二人から顔を背ける。
「……ひとりにしてくれるか?」
ゆらりと立ち上がり自分の部屋へと戻って行った。表情はいつもと変わらないがどこか危うげな雰囲気に二人は顔を見合わせる。こんな姿は初めて見る。
「若はどうしちまったのかな……」
「──恋煩い……もしくは失恋、か?」
さっきの呟きを思い返し、小鉄の目が大きく開かれる。周りに誰もいない事を確認し、より一層ヤスに顔を寄せる。
「まさか……あの若が? 恋のコの字も縁がない若が? 飲み屋の女の子にも見向きもしないあの若が?!」
「いや、しかし……奥手なだけにどうすればいいか悩みすぎておかしくなっちまってるってこともあるだろ」
「…………」
「…………」
若が、うちの若が……恋を、している?
◇
部屋に戻ると拳人はまだ敷いたままの布団にドサリと座り込んだ。両手で顔を覆い荒ぶる気持ちを落ち着かせる。大きく息を吐き切ると拳人はどんどんと落ち込み出した。
なんで……なんでだ……玲先生──。
拳人の心のオアシスであった玲先生の星占い☆デラックスのコーナーが今朝の新聞で終了してしまった。毎日の運勢やラッキーアイテムなど、ここ数年の拳人の人生とともにあったといっても過言ではない。拳人をひどい喪失感が襲う。
コーナーには引退します☆との文字とともに玲さんの明るい似顔絵も添えられていた。普段行きたくても占いに行けない拳人の楽しみだっただけになぜという思いが払拭できない。
しばらく落ち込んだ拳人だったが、こうしちゃおられないと立ち上がった。
既に着ていたスーツを脱ぎ、戦闘服へと久々に袖を通す。最後に黒縁眼鏡をかけると鏡に映る姿は真面目な青年だ。シャツにデニムと至ってシンプルで、短めの茶髪はあえてセットせずそのままにする。何も付けないと随分若く見える。眼鏡で目つきの悪さも上手く誤魔化されている。
占い大好きの拳人は実際に占い師に見てもらいにいく事があるのだが、最近はもっぱらこのスタイルで行く事にしていた。本当は定期的に足を運びたいと思っているのだが、ヤクザという職業柄知り合いにバレることを恐れて自粛している。
あと、変装しているのはもっと大事な理由がある。それは【本物】に出会うためだ──。
今まで拳人は多くの占い師に会ってきたが、多くが拳人の見た目や話し方、相談の内容や反応を見てくる占い師が多かった。差し障りのない事だけを言って金を取ろうとする輩もいた。
それを繰り返すうちに拳人は見た目で判断するのではなく、本物の占い師を探すようになった。向こうもまさか客が変装をして占いに来るだなんて思わないだろう。
しかし、圧倒的な存在には残念ながら出会えていない。
拳人は軽く障子を開けて周りに誰もいない事を確認すると日本庭園の中庭を抜けて屋敷を抜け出した。先日うちの近くに占いの店が出来たと飲み屋にいた女が言っていた事を思い出す。
今日は早速そこに行ってみるか……。
拳人はスマートフォンで情報を確認するとゆっくりと歩き出した。
「占いの店 クリスタル……」
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