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(4)高良社長の夢がウィンウィンウィン
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福祉事業を手掛ける会社に勤め始めてから、3ヶ月が過ぎた。
試用期間も終わり、晴れて一人前になった・・・と言いたいところだが、そうも言えない状態だった。
総務部門は高良社長の学生時代からの友人だという男性、有馬さんがリーダーで、その下に山下さんという男性、池田さんという女性、そこに見習いの雄次が加わった。
業務の柱となる経理・会計だけでなく、営業や広報、そして社内の事業所に関わる雑用全般を担当していた。
社員それぞれ名目上の役職や職名はあったが実質的に無いようなもので、社長ですら社内では「高良さん」と呼ばれるようなフラットな環境に雄次は最初、戸惑った。
「そんなんでいいのか」的な遠慮があったし、だんだんその環境が許せなく思えてもきたのだが、じきに慣れてなんとも思わなくなった。
その会社は、もともとは賃貸契約が難しく「住宅難民」となっていた高齢者のためにアパートを供給しようと始めたものだった。
高良さんは勤め先を定年退職する頃に、繁華街からバスで15分ほどのところに結構な広さの土地を相続していた。
高良さんの実家は、むかし花街だったところで県内でも随一の規模のラブホテルを2棟経営していた。
「でもさ、僕が相続する頃には建物も設備も古くなっちゃっててさ、客からも敬遠されるようになってたんだ。おまけに周りには一般の住宅やマンションが密集してきてさ、迷惑施設扱いされるようになってたんだよね」
そこで廃業したホテルを潰して駐車場にしたが、その一角に高良さんはアパートを建ててそこから全てが始まった。
高良さんは高齢者でも毎月の家賃を払ってくれさえすれば、無条件かつ敷金礼金なしで受け入れたのだ。
その代わり、ほぼ毎日部屋を巡回して、ひとりひとりの健康状態を確認したりもろもろの相談事に乗ったりした。
「サービスとか、そんなんじゃなかったんだよ、最初は。孤独死とか、家賃未納とかを防ぐための手立てとして、いわば監視してたんだ。でも、みんな孤独で話し相手にも困っていたんだ。だからわりかし好評だったようだよ」
そのうち、隣接してプレハブ造りの寄り合い所を建てた。
住民ならば無料もしくは廉価でお茶や食事ができるようにしたのだが、現役時代は繁華街で喫茶店をしていた住人のひとりを管理人に置いた。
どうせならと住民以外でも客として代金を払えば利用できるようにしたところ、そこそこ当たってログハウス風の店舗に建て替えられた。
やはり洋菓子職人をしていた女性が菓子を作り、他の住民も働きたければ気が向いた時に接客係として働き、それには当然のこととして労働契約に基づき報酬が出た。
スタッフはみんな高齢者の事ゆえ、サービスは全般的にのんびりしたものだった。
しかし店内にはゆったりとした会話や微笑みがあふれ、その「緩さ」に惹きつけられる客たちでいっぱいだった。
「これはいけるんじゃないかってね、僕はピンときたよ。社会貢献をビジネスとしてやっていく・・・まさに『買い手よし、売り手よし、世間よし』のwin-win-winが実現できるんじゃないかってね、胸がときめいたねぇ」
それからの数年で、アパートはさらに3棟、増築された。
うち1棟は障がい者の自活に役立つよう、バリアフリー仕様とした。
高齢者だけでなく、生活保護者やホームレスも受け入れた。
ホームレスは地元のNPO法人と連携して、住民票の取り直しや生活保護の申請から社会復帰までを手助けした。
アパートの住人を見守る管理人も、元ホームレスを住み込みの専属で雇った。
高良さんの夢は膨らみ、障がい者のための就労継続支援事業所も作った。
業務は主に、ふたつ。
本格ベーカリーと、ハンドメイド雑貨の工房。
ベーカリーは毎朝開店前に行列ができるほどだし、雑貨も通販で結構売れている。
どちらも仕事の指導者は、現役時代にその方面の仕事をしていたアパートの住人だった。
ところで雄次は高良さんの元に来て初めて知ったのだが、就労継続支援事業所は障がい者に働く場を提供するだけのものではなかった。
「利用者」と呼ばれる障がい者に、職業訓練を施すのがその法的な立場なのだという。
だから事業所は「利用者」に賃金を支払う一方で、「利用料」を徴収する。
それだけではなく事業所には国からの助成金が支払われる。
だから、初めから助成金狙いの業者も群がってくる。
不正の温床として警鐘を鳴らすマスコミもあるし、SNSで槍玉に挙げる者もいる。
「水の入ったコップに墨汁一滴垂らしてみろ。あっという間に真っ黒になるだろ。それと同じで、ごくごく一部の不埒者のせいで、業界全体が黒いって見られるのよ。まぁ僕だって本当は腹黒いんだけどね、頭は真っ白なくせに」
高良さんは休憩中にコーヒーをすすりながら、そう自虐した。
でも世間からなんと言われようと、高良さんは雄次が勤め始めた頃に企業主導型保育所と放課後デイも立ち上げた。
保育所はもとは会社の社内保育所として、無認可で運営していた。
それを、「企業主導型保育所」を定義する法整備がされてから、改組したのだ。
「企業主導型保育所」もまた助成金狙いの輩が甘い汁を求めて集まってきているようで、世間には厳しい視線を注ぐ向きもある
けれども、高良さんは意にも介さない。
「まぁ僕だって、そうやってお金を儲けているんだから、仕方ないよね。でもさ、少なくとも僕たちは社会のお役に立つことをしているという自負がある。世間に胸を張って堂々とできるだろ」
確かに、高良さんの言う三方よしのwin-win-winのビジネスだ。
しかし・・・実のところ、高良さんが言うほどには儲かっておらず、これもたぶん自虐が含まれているだろうと雄次は思う。
試用期間も終わり、晴れて一人前になった・・・と言いたいところだが、そうも言えない状態だった。
総務部門は高良社長の学生時代からの友人だという男性、有馬さんがリーダーで、その下に山下さんという男性、池田さんという女性、そこに見習いの雄次が加わった。
業務の柱となる経理・会計だけでなく、営業や広報、そして社内の事業所に関わる雑用全般を担当していた。
社員それぞれ名目上の役職や職名はあったが実質的に無いようなもので、社長ですら社内では「高良さん」と呼ばれるようなフラットな環境に雄次は最初、戸惑った。
「そんなんでいいのか」的な遠慮があったし、だんだんその環境が許せなく思えてもきたのだが、じきに慣れてなんとも思わなくなった。
その会社は、もともとは賃貸契約が難しく「住宅難民」となっていた高齢者のためにアパートを供給しようと始めたものだった。
高良さんは勤め先を定年退職する頃に、繁華街からバスで15分ほどのところに結構な広さの土地を相続していた。
高良さんの実家は、むかし花街だったところで県内でも随一の規模のラブホテルを2棟経営していた。
「でもさ、僕が相続する頃には建物も設備も古くなっちゃっててさ、客からも敬遠されるようになってたんだ。おまけに周りには一般の住宅やマンションが密集してきてさ、迷惑施設扱いされるようになってたんだよね」
そこで廃業したホテルを潰して駐車場にしたが、その一角に高良さんはアパートを建ててそこから全てが始まった。
高良さんは高齢者でも毎月の家賃を払ってくれさえすれば、無条件かつ敷金礼金なしで受け入れたのだ。
その代わり、ほぼ毎日部屋を巡回して、ひとりひとりの健康状態を確認したりもろもろの相談事に乗ったりした。
「サービスとか、そんなんじゃなかったんだよ、最初は。孤独死とか、家賃未納とかを防ぐための手立てとして、いわば監視してたんだ。でも、みんな孤独で話し相手にも困っていたんだ。だからわりかし好評だったようだよ」
そのうち、隣接してプレハブ造りの寄り合い所を建てた。
住民ならば無料もしくは廉価でお茶や食事ができるようにしたのだが、現役時代は繁華街で喫茶店をしていた住人のひとりを管理人に置いた。
どうせならと住民以外でも客として代金を払えば利用できるようにしたところ、そこそこ当たってログハウス風の店舗に建て替えられた。
やはり洋菓子職人をしていた女性が菓子を作り、他の住民も働きたければ気が向いた時に接客係として働き、それには当然のこととして労働契約に基づき報酬が出た。
スタッフはみんな高齢者の事ゆえ、サービスは全般的にのんびりしたものだった。
しかし店内にはゆったりとした会話や微笑みがあふれ、その「緩さ」に惹きつけられる客たちでいっぱいだった。
「これはいけるんじゃないかってね、僕はピンときたよ。社会貢献をビジネスとしてやっていく・・・まさに『買い手よし、売り手よし、世間よし』のwin-win-winが実現できるんじゃないかってね、胸がときめいたねぇ」
それからの数年で、アパートはさらに3棟、増築された。
うち1棟は障がい者の自活に役立つよう、バリアフリー仕様とした。
高齢者だけでなく、生活保護者やホームレスも受け入れた。
ホームレスは地元のNPO法人と連携して、住民票の取り直しや生活保護の申請から社会復帰までを手助けした。
アパートの住人を見守る管理人も、元ホームレスを住み込みの専属で雇った。
高良さんの夢は膨らみ、障がい者のための就労継続支援事業所も作った。
業務は主に、ふたつ。
本格ベーカリーと、ハンドメイド雑貨の工房。
ベーカリーは毎朝開店前に行列ができるほどだし、雑貨も通販で結構売れている。
どちらも仕事の指導者は、現役時代にその方面の仕事をしていたアパートの住人だった。
ところで雄次は高良さんの元に来て初めて知ったのだが、就労継続支援事業所は障がい者に働く場を提供するだけのものではなかった。
「利用者」と呼ばれる障がい者に、職業訓練を施すのがその法的な立場なのだという。
だから事業所は「利用者」に賃金を支払う一方で、「利用料」を徴収する。
それだけではなく事業所には国からの助成金が支払われる。
だから、初めから助成金狙いの業者も群がってくる。
不正の温床として警鐘を鳴らすマスコミもあるし、SNSで槍玉に挙げる者もいる。
「水の入ったコップに墨汁一滴垂らしてみろ。あっという間に真っ黒になるだろ。それと同じで、ごくごく一部の不埒者のせいで、業界全体が黒いって見られるのよ。まぁ僕だって本当は腹黒いんだけどね、頭は真っ白なくせに」
高良さんは休憩中にコーヒーをすすりながら、そう自虐した。
でも世間からなんと言われようと、高良さんは雄次が勤め始めた頃に企業主導型保育所と放課後デイも立ち上げた。
保育所はもとは会社の社内保育所として、無認可で運営していた。
それを、「企業主導型保育所」を定義する法整備がされてから、改組したのだ。
「企業主導型保育所」もまた助成金狙いの輩が甘い汁を求めて集まってきているようで、世間には厳しい視線を注ぐ向きもある
けれども、高良さんは意にも介さない。
「まぁ僕だって、そうやってお金を儲けているんだから、仕方ないよね。でもさ、少なくとも僕たちは社会のお役に立つことをしているという自負がある。世間に胸を張って堂々とできるだろ」
確かに、高良さんの言う三方よしのwin-win-winのビジネスだ。
しかし・・・実のところ、高良さんが言うほどには儲かっておらず、これもたぶん自虐が含まれているだろうと雄次は思う。
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