神崎くんは残念なイケメン

松丹子

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1章 神崎くんは不思議なイケメン

04 大学2年、4月

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 とうとう、入学式という名の戦いの日が訪れた。私は相ちゃん、えみりん、神崎くんと共学大学の正門近くに立つことになっている。南にも門があるのだけれど、そちらは割とマイナーなので、カルタ部のものと一緒にりんりんたちと、宣言通り相ちゃんのモーニングコールによって起こされたたっちゃんが配ってくれる手はずだ。ちなみにたっちゃんが起きたのはつい先ほどなのだが、彼は大学から3駅隣に下宿しているので問題ないだろう。
 入学式まであと1時間半ほど。正門から入学式のある講堂へは、新入生をゲットしようと集まった学生によって、花道のように垣根ができる。去年は自分たちがその花道を通り、手の上に次々チラシを載せられて辟易したのを思い出して、私は微笑んだ。
「左右に分かれた方がいいよね。俺、向こう行くわ」
 相ちゃんが言って向こうへ歩いていく。えみりんが神崎くんから離れるとは思えなかったので、私も相ちゃんを追いながら言った。
「私も行く。なんかあったら、連絡して。また後で」
 私の言葉に、神崎くんははっとした顔をした。
「俺、鈴木さんの連絡先知らない」
「えみりんが知ってるから。相ちゃんとははぐれないようにするから、相ちゃんに連絡くれてもいいし」
 私はあっさりそう言い残して、相ちゃんを追いかけた。
「相ちゃん、私もこっちでチラシ配る」
「ああ、サンキュ」
「隣り合わずに、ばらけた方がいいかな」
「うーん、別にいいんじゃない。隣り合ってた方が、何度も同じ人に同じチラシ渡さずに済むし」
 とりあえず大量に撒くサークルも多いのに、ずいぶん控えめだが、理系の相ちゃんは思わず効率を考えてしまうんだろう。
「それにしても、いいの?俺の方来て」
「は?なんで?えみりん、神崎くんから離れそうにないじゃない」
「いや、そーだけど……」
 相ちゃんは困ったように頬をかいた。
「あの二人はさ、一応、学校一緒だから、まあ会おうと思えばチャンスも多いだろ。コッコはそういう訳にはいかないからーー」
「何言ってるの。今日はチラシ配りに来たんだし、関係ないじゃない」
 私は首を傾げて答えると、向かいに立つえみりんと神崎くんを見た。
 えみりんが何かいろいろ話しかけているが、神崎くんはあんまり興味なさそうだ。二人が並んでいる姿はなかなか絵になっているが、神崎くんにはその気はないとわかる。やっぱり、早紀狙いかーーと思いながらも、ふと呟いた。
「やっぱり、イケメンにはかわいい子が映えるねぇ」
「お前なぁ……」
 相ちゃんはあきれ顔で私を見ていた。
「ぼちぼち来てるね」
 入学式まであと1時間。ちらほら新入生らしい姿が見え始めている。
「30分くらいしたら、賑やかになるだろうな」
「そうだねーー合唱部です、よろしくお願いしまーす」
 目の前を過ぎた子に、チラシを渡す。
 それを見送ってから、相ちゃんがぽつりと言った。
「さっきの話だけど。ざっきーともっと仲良くなりたいとか、思わないの?」
「何でそんなこと」
 私は首を傾げてから、向こう側の神崎くんに目をやった。新入生に微笑みかけてチラシを渡している姿が見える。渡された女子生徒がほぅっとした顔をしていた。
「……私とは、あんまり、話してくれないし」
 神崎くんは、私とはまともに会話してくれない。他のメンバーとはーー早紀すらも、普通に話しているのに。
 先日のカラオケ以降、マトモに顔を見てもくれないのだ。
「その理由は、何だと思うの」
 相ちゃんが問う。彼の言葉は平淡だけれど、何となく優しさが感じられる。
「苦手なのかなーって。私、キツイし」
 ちょっと切なくなった気持ちを、苦笑いでごまかす。一応、副部長として、メンバーと向き合いたいと思っているのに、スタートラインにすら立てていない感じがする。同学年でさえこれでは、後輩たちとはどうなってしまうんだろう。
 私の歯に衣着せぬ言い方で、特に男子が身構えるのは良くあることで、もう慣れっこだった。繊細な子には私なりに言葉を選んで接するのだが、やはり地がこれなのでときどきボロが出る。特に、男子特有のプライドに関するツボについては、女子の私には分からないので、よく地雷になる。そういう自覚はある。
 それでも、責任感の強さなどを鑑みて、先輩たちもみんなも、私が副部長になることを推薦してくれたのだ。それは嬉しいことだったのだが、新メンバーでこう悩むことになるとは……
 相ちゃんからの反応がないので表情をうかがうと、ぽかんとしていた。私がえっ?と言うや否や、ぶはーっと噴き出す。
「ああ、そう、そう思ってるのね」
 口を押さえて、相ちゃんが言う。抑えきれない笑いで肩が震えている。
「ちょっと、私割と真剣にーー」
 悩んでるんだけど。という言葉は、かろうじて飲み込んだ。中高生でもあるまいし、サークルだし、何だかちょっと不釣り合いな気がして。
「いや、うん。分かった。いろいろ分かった。コッコはそのままでいいよ。大丈夫、俺が保証する。そのままでいて」
 何それ。その言葉、いつだかサリーにも言われた気がする。
 私は訳が分からないまま唇を尖らせた。

 入学式開始の30分前から、一気に人が多くなり、私たちは話す間もなかった。
 入学式が始まる時間になると、新入生の流れが途絶え、チラシを配っていた在学生が談笑を始めたり、少し場を離れたりし始める。人で出来た生け垣はくずれ、ばらばらと法則もなく人が場を占拠している。
 私はそこで、女子に話し掛けられている神崎くんを見た。あっという間に数人に取り囲まれているが、気乗りしない様子で適当に対応しているのが見て取れる。相ちゃんが言っていた人気は本当らしい。
 チラシを配っている間に少し距離が出来てしまった相ちゃんの方に近づこうとしたとき、勢いよくぶつかってきた男子がいて、私は危うくしりもちをつきかけた。
 驚いて振り向くと、165センチの私と同じくらいの背の男子がスーツで立っていたーーということは、新入生だ。
「す、すみません」
 男子は泣きそうな顔になって言った。
「入学式って、どこでやってますか」
 私は慌てて、こっち、と手を引いて走り始めた。咄嗟だったが、この人込みではそうしないとついて来れないと思ったのだ。
「大丈夫、最初は校歌聴いたりとか、そういうのだと思うから」
 私は走りながら、ふと気づいた。こっちの方だ、ということは分かっていたのだが、実際の講堂がどれか分からなかったらどうしよう。
 私の通う女子大では、講堂らしい立派な建物は一つだけだから迷いようもないのだ。が、この大学の建物は私たちから見ると全部煉瓦造りの立派な建物で、講堂の大きさもよく分からない。しまった、この大学の生徒たる相ちゃんに声をかけるべきだった。ーーそう思ったとき、
「こっちの方が近いよ」
 声をかけて駆け寄ってきたのは神崎くんだった。
「俺が行くから。鈴木さん戻ってて」
 私が握っていた新入生の手を取る。男子生徒は走り出しながら、私にペコリとお辞儀した。私は握り拳を見せ、大丈夫!と口パクで言って笑顔で手を振った。新入生は気弱そうな顔を歪めて微笑んだ。

「ありがと、神崎くん。助かった」
 戻ってきた神崎くんに声をかけると、うん、と一言だけ返ってきた。やっぱり私の顔を見てくれない。でも、助けてくれたので、気にかけてはくれているんだろう。あのとき、神崎くんの周りは特に人込みが凄かったのに、わざわざ抜け出して追いかけて来てくれたのだろうから。気にしないことにしよう、と思った。
「間に合ったかなぁ」
「まぁ、間に合わなくても。出ない奴もいるくらいだし」
「そういう問題じゃないでしょ」
 相ちゃんのゆるい台詞に、私は呆れたように言う。少なくても、あの子は、ちゃんと参加したかったはずだ。頑張って勉強して、受験とドキドキの合格発表を経て、掴んだ場所なのだから。
 相ちゃんはぺろっと舌を出した。キャラに合ってはいるけどあんまりかわいくない。
「そういうのはかわいい女子にやってほしい。えみりんとか」
「うんっ?呼んだぁ?」
「てへっ、ていう顔して」
 私の無茶振りに、えみりんは舌をペロリと出して片目をつぶり、拳で自分の頭をたたく振りをする。このノリの良さ。素晴らしい。
「うん、ほら、かわいい」
 私が言うと、相ちゃんは肩を竦めた。

 学校もサークル見学期間を何となく設定していて、4月の最初の週は新入生の見学会に費やされる。その翌週、集まったメンバーをサークル加入希望者として、初日は顔合わせをして、連絡先の確認やパート決めをした。
  新入生からのサークル加入は、男子10人、女子12人。そのうち私たちの大学から5人だった。夏合宿までに数人いなくなったり、幽霊になる人も出るかもしれないが、なかなかの滑り出しだ。
 私たちのサークルは発表会前でなければそんなに忙しくない。正式なサークル活動は週に1回の金曜だけで、月曜、木曜の2回は、参加自由の自主練だ。
 そんなわけで、新入りがまた一人増えたのは、月末の金曜だった。
 神崎くんが連れてきたその男子を見て、私はあれ、と声を挙げた。
「こんにちは!」
 私を見るなり目を輝かせたその子は、入学式に遅れて泣きそうになっていた子だ。
「あのときの……」
 私は驚きながらも、ほっとした。どうだったか気になっていたからだ。
「大丈夫だった?」
「はい、おかげさまで」
 照れくさそうに笑うと、前日緊張してなかなか眠れず、うっかり電車で寝過ごしてしまったのだと頭をかいていた。私はそっか、と微笑む。
 僕、相模優樹っていいます、と名乗ってから、嬉しそうに続けた。
「あれから、キャンパスで先輩を探してたんですけど、なかなか見つからなくて。学部も学科も分からないままじゃ無理かなって、諦めかけたときに神崎先輩を見つけて……」
 あの人気だから、広いキャンパスでも目立つんだろう。
「名前、知ってたみたいだったんで、神崎先輩なら何か知ってるんじゃないかと思って、勇気出して聞いたら、うちの大学じゃないなんて」
 ふぅ、と相模くんは嘆息する。女子の間をかいくぐって神崎くんに声をかけている姿が目に浮かんだ。確かになかなか勇気が要りそうだ。
「でも、良かったです。また会えて」
 ニコッと笑う。特別に整った顔ではないが、笑顔がなかなかかわいい。癖のある焦げ茶の髪がちょっと小型犬を彷彿させて、わしゃわしゃと頭を撫でたい衝動に駆られるが、もう少し仲良くなってからにしよう。自制自制。
 でも気持ちが和んで、自然とにやけたらしい。横からサリーにつつかれて、ハッと我に返った。
「わざわざお礼言うために、探してくれたの?ありがとう」
「いえ、それもありますけど、興味持てそうなサークル探してて……。僕、高校のとき吹奏楽部だったんですけど、また違うことやりたいなって。合唱なら、その経験も少しは活かせて、いいかもなって」
 まさか私が男子部員をゲットするきっかけになるとは予想もしていなかったので、私は嬉しい反面びっくりした。
 今からでも入れますか?と控え目に問う相模くんの肩を、幸弘が横からがっしと掴む。
「もち!よろしくな、さがちゃん」
 いきなりの命名に驚きながら、相模くんことさがちゃんは照れくさそうに笑った。
「ありがとうね。神崎くんのおかげで、ひとり逃さずに済んだわ」
「うん……」
 神崎くんは私と目を合わせないまま言った。既にいじられ役として男子にわしゃわしゃされているさがちゃんを見ている。何だあれずるい。私は自制したのに。混ざりたい。
「鈴木さんは、相模くんが入ってくれて嬉しい?」
 神崎くんの問いに、私は首を傾げた。
「もちろん。メンバーが多いに越したことないでしょ」
 だからありがとう、とまた言うと、ようやく私の方を見た神崎くんは、複雑そうな、どこか切ない笑顔を浮かべた。
「そっか。良かった」
 全然良くなさそうな顔でそう言うと、神崎くんは私から離れて行った。
 その後ろ姿を見ながら、私は誰にも気づかれないように嘆息した。何だか、神崎くんのことがどんどん分からなくなる……いや、何だか変わってるなーって思ってたけど、とにかくよく分からない。でも、幸弘も、相ちゃんも、サリーも早紀も、とにかく気にするなと言うだけなのだ。気にするって!まがりなりにも副部長だし!
 もう少し、仲良くなれればいいんだけど……いや、その前にまずマトモに顔を見て話してもらえるようにならなきゃ。
 ワイワイ盛り上がるみんなを見ながら、またひとり嘆息したのだった。
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