61 / 64
第四章 二人の生活
06 役目
しおりを挟む
11月下旬。四十九日を済ませるのために、俺は京都へ向かった。
ホテルに宿泊するつもりだったが、義母が「泊まりなさい」と言ってくれたので、お言葉に甘えることにした。
ヨーコさんがいそいそと、自分の部屋に二人分の布団を並べる。
手伝おうと手を伸ばすと、目が合って嬉しそうに微笑まれた。
あー、可愛い。
キスしたい。抱きしめたい。
膨れ上がる欲望をかろうじて押さえ込み、布団を引く。
「ホームの入所の件な、二人待ちらしいねん」
手を動かしながら、ヨーコさんが話しはじめた。
「もう少しで冬やし、入所まで一緒に待つか……せめて春まではと思てな」
「そうですか」
覚悟はしていた言葉だ。俺はできるだけ明るく頷いた。
「ヨーコさんの悔いがないようにしてください。俺はそれを応援するだけです」
ヨーコさんはふにゃりと微笑んだ。
「……おおきに」
囁くように言って、そろりと手を伸ばして来る。
引き終わった布団を間に挟み、指を絡めて手を繋いだ。
「……年末年始、またこっちに来ましょうか」
俺が問うと、ヨーコさんが首を振った。
「その頃は、うちが一度関東に帰るわ。……あんたの誕生日もあるしな」
意外なことを言われて、俺は黙る。ヨーコさんが笑った。
「昨年は祝えへんかったけど、忘れてへんねんで。大晦日産まれやなんて、あんたらしいというかなんというか、一度聞いたら忘れられへんわ」
ヨーコさんは、ふぅと息を吐く。あるはずもないその吐息の甘さを感じて身体が疼く。
「どうせ喪中で新年は祝えへんし、じっくりあんたの誕生日を祝おうな」
俺は照れ臭い上に反応に困って、はい、とだけ、答えた。
電気を消して布団に入ると、俺はおずおずと手を伸ばした。
ヨーコさんはふと笑って、手を握り返してくれる。
その温もりを感じて。俺はほっと息をついた。
薄暗い室内で隣を見る。
愛妻の白い肌が、カーテン越しの月明かりにぼんわりと浮き出している。
まるでかぐや姫みたいだ。
じゃあ、いずれ月に帰ってしまうのだろうか。
「……ジョー?」
かすれた囁き声が、俺の名を呼ぶ。
「あ、すみません」
つい、手に力が入っていたことに気づいた。
はかなげで綺麗なこのひとのことを、ずっと手元に繋ぎとめていたくて。
ヨーコさんは、ふふ、と笑った。もぞもぞと寝返りを打ち、俺の方へ手を伸ばす。
「な、ジョー」
「なんですか」
「こっち、来て」
俺は息を止めた。ずっと側にいるのに、いまだに俺は、ヨーコさんが甘えてくる姿にどうしようもなくときめく。それが自分だけに見せる姿だと分かっているからかもしれないし、段々と、柔らかさが増しているからかもしれない。
「でも……狭いですよ」
「ええねん、狭くても」
ヨーコさんは握った俺の片手を指先でさする。
「また、しばらく会えへんようなるやろ」
俺は少し迷った後で、ヨーコさんの布団の中に招かれた。
もしかしたら、ヨーコさんも、俺と同じだったのかな。
久しぶりに繋がって、満たされて……満たされたからこそ、また欲しくなって、寂しくなって。
布団に入ってきた俺に、ヨーコさんが腕と脚を絡める。
柔らかいところは柔らかく、華奢なところは華奢な肢体。
目をつぶっても思い出せるほど、俺の内外に染み付いた彼女の身体。
「おおきに」
俺の胸に額を押し付けながら、ヨーコさんは囁く。
「何がですか」
俺はヨーコさんを抱きしめながら応じた。
「……何度も行き来するの、大変やろ」
ヨーコさんが黒目がちな目で見上げて来る。俺は微笑んで首を振ると、唇を軽く合わせた。
ちゅ、と小さな水音がたつ。
「……リップ、塗ってるんですか」
「あ」
ヨーコさんは珍しく恥ずかしそうに頬を染めた。
「こないだ……手も唇も、ガサガサやったやろ……すっかり手入れしてへんかったの、忘れててん」
言いながら、自分の胸元で両手を合わせる。俺はその指をなぞり、俺の指と絡めた。
「気にしませんよ、そんなの」
「嫌や」
ヨーコさんはぽってりした唇を尖らせた。
「あんたが気にせぇへんでも、うちが気にする」
俺はくつくつ笑いながら、ヨーコさんの指先を口に含んだ。
「ハンドクリーム塗ったとこやで」
「うん、なんか味がする」
「身体に悪いんちゃう」
「そうかも」
言いながら、一本一本丁寧に、唇と舌で愛撫していく。
「……ガサガサしてたら、俺の役目ができたのに」
愛妻の指先に唇を寄せる合間にそう言うと、ヨーコさんがまばたきした。
俺は微笑む。
「ヨーコさんの身体中、保湿して、マッサージして……」
手を握り、頬にキスをする。
「……ヨーコさんの身体を堪能する」
「もう、阿呆」
ヨーコさんは笑った。
「あんた、ほんと阿呆やね」
俺も笑い返して、ヨーコさんの唇にキスをする。
ヨーコさんは黙ってそれを受けてから、眉間に小さなしわを寄せた。
「……ハンドクリームの味がするわ」
「あ、すみません」
言い合って、二人で笑った。
ホテルに宿泊するつもりだったが、義母が「泊まりなさい」と言ってくれたので、お言葉に甘えることにした。
ヨーコさんがいそいそと、自分の部屋に二人分の布団を並べる。
手伝おうと手を伸ばすと、目が合って嬉しそうに微笑まれた。
あー、可愛い。
キスしたい。抱きしめたい。
膨れ上がる欲望をかろうじて押さえ込み、布団を引く。
「ホームの入所の件な、二人待ちらしいねん」
手を動かしながら、ヨーコさんが話しはじめた。
「もう少しで冬やし、入所まで一緒に待つか……せめて春まではと思てな」
「そうですか」
覚悟はしていた言葉だ。俺はできるだけ明るく頷いた。
「ヨーコさんの悔いがないようにしてください。俺はそれを応援するだけです」
ヨーコさんはふにゃりと微笑んだ。
「……おおきに」
囁くように言って、そろりと手を伸ばして来る。
引き終わった布団を間に挟み、指を絡めて手を繋いだ。
「……年末年始、またこっちに来ましょうか」
俺が問うと、ヨーコさんが首を振った。
「その頃は、うちが一度関東に帰るわ。……あんたの誕生日もあるしな」
意外なことを言われて、俺は黙る。ヨーコさんが笑った。
「昨年は祝えへんかったけど、忘れてへんねんで。大晦日産まれやなんて、あんたらしいというかなんというか、一度聞いたら忘れられへんわ」
ヨーコさんは、ふぅと息を吐く。あるはずもないその吐息の甘さを感じて身体が疼く。
「どうせ喪中で新年は祝えへんし、じっくりあんたの誕生日を祝おうな」
俺は照れ臭い上に反応に困って、はい、とだけ、答えた。
電気を消して布団に入ると、俺はおずおずと手を伸ばした。
ヨーコさんはふと笑って、手を握り返してくれる。
その温もりを感じて。俺はほっと息をついた。
薄暗い室内で隣を見る。
愛妻の白い肌が、カーテン越しの月明かりにぼんわりと浮き出している。
まるでかぐや姫みたいだ。
じゃあ、いずれ月に帰ってしまうのだろうか。
「……ジョー?」
かすれた囁き声が、俺の名を呼ぶ。
「あ、すみません」
つい、手に力が入っていたことに気づいた。
はかなげで綺麗なこのひとのことを、ずっと手元に繋ぎとめていたくて。
ヨーコさんは、ふふ、と笑った。もぞもぞと寝返りを打ち、俺の方へ手を伸ばす。
「な、ジョー」
「なんですか」
「こっち、来て」
俺は息を止めた。ずっと側にいるのに、いまだに俺は、ヨーコさんが甘えてくる姿にどうしようもなくときめく。それが自分だけに見せる姿だと分かっているからかもしれないし、段々と、柔らかさが増しているからかもしれない。
「でも……狭いですよ」
「ええねん、狭くても」
ヨーコさんは握った俺の片手を指先でさする。
「また、しばらく会えへんようなるやろ」
俺は少し迷った後で、ヨーコさんの布団の中に招かれた。
もしかしたら、ヨーコさんも、俺と同じだったのかな。
久しぶりに繋がって、満たされて……満たされたからこそ、また欲しくなって、寂しくなって。
布団に入ってきた俺に、ヨーコさんが腕と脚を絡める。
柔らかいところは柔らかく、華奢なところは華奢な肢体。
目をつぶっても思い出せるほど、俺の内外に染み付いた彼女の身体。
「おおきに」
俺の胸に額を押し付けながら、ヨーコさんは囁く。
「何がですか」
俺はヨーコさんを抱きしめながら応じた。
「……何度も行き来するの、大変やろ」
ヨーコさんが黒目がちな目で見上げて来る。俺は微笑んで首を振ると、唇を軽く合わせた。
ちゅ、と小さな水音がたつ。
「……リップ、塗ってるんですか」
「あ」
ヨーコさんは珍しく恥ずかしそうに頬を染めた。
「こないだ……手も唇も、ガサガサやったやろ……すっかり手入れしてへんかったの、忘れててん」
言いながら、自分の胸元で両手を合わせる。俺はその指をなぞり、俺の指と絡めた。
「気にしませんよ、そんなの」
「嫌や」
ヨーコさんはぽってりした唇を尖らせた。
「あんたが気にせぇへんでも、うちが気にする」
俺はくつくつ笑いながら、ヨーコさんの指先を口に含んだ。
「ハンドクリーム塗ったとこやで」
「うん、なんか味がする」
「身体に悪いんちゃう」
「そうかも」
言いながら、一本一本丁寧に、唇と舌で愛撫していく。
「……ガサガサしてたら、俺の役目ができたのに」
愛妻の指先に唇を寄せる合間にそう言うと、ヨーコさんがまばたきした。
俺は微笑む。
「ヨーコさんの身体中、保湿して、マッサージして……」
手を握り、頬にキスをする。
「……ヨーコさんの身体を堪能する」
「もう、阿呆」
ヨーコさんは笑った。
「あんた、ほんと阿呆やね」
俺も笑い返して、ヨーコさんの唇にキスをする。
ヨーコさんは黙ってそれを受けてから、眉間に小さなしわを寄せた。
「……ハンドクリームの味がするわ」
「あ、すみません」
言い合って、二人で笑った。
0
お気に入りに追加
81
あなたにおすすめの小説
腹黒御曹司の独占欲から逃げられません 極上の一夜は溺愛のはじまり
春宮ともみ
恋愛
旧題:極甘シンドローム〜敏腕社長は初恋を最後の恋にしたい〜
大手ゼネコン会社社長の一人娘だった明日香は、小学校入学と同時に不慮の事故で両親を亡くし、首都圏から離れた遠縁の親戚宅に預けられ慎ましやかに暮らすことに。質素な生活ながらも愛情をたっぷり受けて充実した学生時代を過ごしたのち、英文系の女子大を卒業後、上京してひとり暮らしをはじめ中堅の人材派遣会社で総務部の事務職として働きだす。そして、ひょんなことから幼いころに面識があったある女性の結婚式に出席したことで、運命の歯車が大きく動きだしてしまい――?
***
ドSで策士な腹黒御曹司×元令嬢OLが紡ぐ、甘酸っぱい初恋ロマンス
***
◎作中に出てくる企業名、施設・地域名、登場人物が持つ知識等は創作上のフィクションです
◆アルファポリス様のみの掲載(今後も他サイトへの転載は予定していません)
※著者既作「(エタニティブックス)俺様エリートは独占欲全開で愛と快楽に溺れさせる」のサブキャラクター、「【R18】音のない夜に」のヒーローがそれぞれ名前だけ登場しますが、もちろんこちら単体のみでもお楽しみいただけます。彼らをご存知の方はくすっとしていただけたら嬉しいです
※著者が読みたいだけの性癖を詰め込んだ三人称一元視点習作です
あの夜をもう一度~不器用なイケメンの重すぎる拗らせ愛~
sae
恋愛
イケメン、高学歴、愛想も良くてモテ人生まっしぐらに見える高宮駿(たかみやしゅん)は、過去のトラウマからろくな恋愛をしていない拗らせた男である。酔った勢いで同じ会社の美山燈子(みやまとうこ)と一夜の関係を持ってまう。普段なら絶対にしないような失態に動揺する高宮、一方燈子はひどく冷静に事態を受け止め自分とのことは忘れてくれと懇願してくる。それを無視できない高宮だが燈子との心の距離は開いていく一方で……。
☆双方向の視点で物語は進みます。
☆こちらは自作「ゆびさきから恋をする~」のスピンオフ作品になります。この作品からでも読めますが、出てくるキャラを知ってもらえているとより楽しめるかもです。もし良ければそちらも覗いてもらえたら嬉しいです。
⭐︎本編完結
⭐︎続編連載開始(R6.8.23〜)、燈子過去編→高宮家族編と続きます!お付き合いよろしくお願いします!!
孕むまでオマエを離さない~孤独な御曹司の執着愛~
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「絶対にキモチイイと言わせてやる」
私に多額の借金を背負わせ、彼氏がいなくなりました!?
ヤバい取り立て屋から告げられた返済期限は一週間後。
少しでもどうにかならないかとキャバクラに体験入店したものの、ナンバーワンキャバ嬢の恨みを買い、騒ぎを起こしてしまいました……。
それだけでも絶望的なのに、私を庇ってきたのは弊社の御曹司で。
副業がバレてクビかと怯えていたら、借金の肩代わりに妊娠を強要されたんですが!?
跡取り身籠もり条件の愛のない関係のはずなのに、御曹司があまあまなのはなぜでしょう……?
坂下花音 さかしたかのん
28歳
不動産会社『マグネイトエステート』一般社員
真面目が服を着て歩いているような子
見た目も真面目そのもの
恋に関しては夢を見がちで、そのせいで男に騙された
×
盛重海星 もりしげかいせい
32歳
不動産会社『マグネイトエステート』開発本部長で御曹司
長男だけどなにやら訳ありであまり跡取りとして望まれていない
人当たりがよくていい人
だけど本当は強引!?
【R-18】愛妻家の上司にキスしてみたら釣れてしまった件について
瑛瑠
恋愛
わたしの上司、藤沢係長は、39歳、既婚、子供は3人。
身長176㎝、休日はジムやランニングで鍛え、オーダースーツにピカピカの靴。
顔はあっさり癒し系。さらに気さくで頭も良くて話も面白くて頼りがいもあって、とにかく人気のある上司。
ただ、周りが引くほどの愛妻家。
そんな上司に、なんとなくキスをしてしまったら…
そしてそのキスの先は。
釣ったのは私なのか、釣られてしまったのは私なのか。
この後どうしようというもどかしい、ダメなオトナのお話です。
奥さんがいる人とのお話なので、嫌悪感を持つ方、苦手な方はUターンお願いします。
R-18に ※マークつけてますのでご注意ください。
ーーーーー
▫️11.10 第2章の1を分割しました
【R18】訳あり御曹司と秘密の契約【本編完結・番外編不定期更新中】
羽村美海
恋愛
✿2024/2/22要の弟・隼のお話『副社長、この執愛は契約違反です!(原作:鬼畜御曹司〜)』がKADOKAWAタテスクコミック様にてタテスクコミック化していただきました!各電子書店様にて配信中です✿
✿2023/8/18要の弟・隼と侑李の愛息がヒーローとなった作品が『極上御曹司と甘い一夜を過ごしたら、可愛い王子ごと溺愛されています』と改題され、エタニティブックス様より発売中です✿
野獣に捕らわれた檻の中で私は甘く淫らに溶かされる……。この恋はいつか叶いますか?
♪゜・*:.。. .。.:*・♪
老舗高級チョコレートブランド『YAMATO』に入社間もない美菜は、ある事がきっかけで副社長とすかしたインテリ銀縁メガネ秘書(♂️)の策略に嵌まってしまう。
そして、副社長のアレのせいで…とんでもない契約を交わすことになるのだが……。
美菜は自分が出した条件に苦しむことになる。
一方、副社長と秘書には、他にもなにやら事情があるらしく……。
そんなことを知る由もない美菜には、更なる試練が待ち構えているのだった。
♪゜・*:.。. .。.:*・♪
<綾瀬 美菜・アヤセ ミナ>♀23歳
お子ちゃまな恋愛しかしたことのない新入社員
<神宮寺 要・ジングウジ カナメ>♂33歳
老舗高級チョコレートブランド『YAMATO』の御曹司である副社長、超絶ハイスペックなイケメンだけど傍若無人で少々訳あり
♪゜・*:.。. .。.:*・♪
※大人表現満載で切なさありのドタバタ・ラブコメディです。
※ゲイ、バイ等出てきますが、BL的な過激表現はありません。
※傍若無人な野獣なので、多少は無理矢理な場面もありますが、激甘の溺愛になる予定です。
※モデルにした会社が存在しますが全てフィクションです。
⚠「Reproduction is prohibited.(転載禁止)」
♪゜・*:.。. .。.:*・♪
拠点であるエブリスタでは加筆修正しましたが、こちらは修正前のままとなっております。
感想、ありがとうございますm(_ _)m
様とさんの統一ができていなかったようです。すみませんm(_ _)m
20.6.18 エブリスタにて完結
19.3.4 急上昇ランキング1位獲得
19.2.3 エブリスタにて公開
【R18】嫌いな同期をおっぱい堕ちさせますっ!
なとみ
恋愛
山田夏生は同期の瀬崎恭悟が嫌いだ。逆恨みだと分かっている。でも、会社でもプライベートでも要領の良い所が気に入らない!ある日の同期会でベロベロに酔った夏生は、実は小さくはない自分の胸で瀬崎を堕としてやろうと目論む。隠れDカップのヒロインが、嫌いな同期をおっぱい堕ちさせる話。(全5話+番外小話)
・無欲様主催の、「秋のぱい祭り企画」参加作品です(こちらはムーンライトノベルズにも掲載しています。)
※全編背後注意
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる