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第二章 天使の翻弄
06 天使への祈り
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その場に倒れるように崩れたヨーコさんを、俺は慌てて救護室へ運んだ。白いベッドに彼女を寝かし、いつも以上に血の気の引いた顔を見ながら落ち着かずにそわそわする。
財務部長の山崎さんがやってきて、俺とヨーコさんを見ながらあれこれ口出しをした。口も態度も軽い人だが、ヨーコさんは信頼しているらしい。二言三言、会話を交わして、ヨーコさんが落ち着きを取り戻していることに安堵する。
部長とくだらない会話を交わしていたら、おもむろにヨーコさんが身体を起こした。
俺は慌てて声をかける。
「もう少し休んでた方が」
「妊婦でも体調不良でもないさかい」
ヨーコさんはブーツに足を通しながら言う。そういえば、気が動転していて、抱き上げて救護室に運ぶときにも、ブーツを脱がせるときにも、いつも感じる動物的な欲求は感じなかった。
少しは無欲な男になれたのかとほっとしたのもつかの間、ヨーコさんの黒いタイツを纏った脚が、ブーツに吸い込まれていくのに見とれる。
柔らかそうなふくらはぎ。
舐めてぇ。タイツ破きてぇ。
俺の煩悩がそんな通常運転を始めたとき、ちらりとヨーコさんの目が俺をとらえたのに気づいて我に返った。
「す、すみませんっ」
慌てて謝ると、意外にもヨーコさんは笑った。
「別にええよ。慣れとる」
さらりと言われた言葉が、胸に刺さる。
諦めて欲しくない。自分を大切にすることを。
誰かに、大切にされることを。
そう思っているはずの俺が、また一つ彼女を傷つけた。
そんな気がして、自分の情けなさに目が潤んだ。
ヨーコさんはきょとんとして俺のその目を見てくる。
黒目がちな目はライトを反射してきらきらしていた。
ああ、やっぱりこの人は綺麗だ。
天使みたいに。
なのに、どうして俺の本能は、それを汚そうとするのだろう。
「何、泣いてはるの」
ヨーコさんは優しく笑った。
俺はしゅんとうなだれた。
「まだまだ、修業が足りないみたいです……」
山崎部長が俺の言葉に首を傾げた。
わかんないんだろうな。いや、いいけど。俺だけ分かればいいんだけど。
思っていたとき、ヨーコさんが噴き出した。
はっと顔を上げると、今まで見たこともないような晴れやかな笑顔がそこにある。
それはとても40を過ぎた女性とは思えない。
頬を染めた無邪気な笑顔。
少女のように華やかで、どこか照れ臭そうなその笑い声に、俺の胸はきゅうと締め付けられた。
目はその笑顔に吸い寄せられ、耳に届くのはヨーコさんの笑い声だけ。
その世界は、とてつもない幸福感に満ちていた。
思わず、膝上に拳を握る。
感動のあまり、手が小さく震えていた。
好きだ。
俺、この人が好きだ。
一生のうち、何度この笑顔を見られるだろう。
この人の側にいたい。
側にいて、この笑顔を見たい。
そしていずれはーーもしそれが叶うならば、
この笑顔を、俺が作りたい。
俺の手で。俺の隣で。
無邪気な彼女の笑顔を。
守り続けたい。
どちらかが迎える最期のときまで、ずっと。
財務部長の山崎さんがやってきて、俺とヨーコさんを見ながらあれこれ口出しをした。口も態度も軽い人だが、ヨーコさんは信頼しているらしい。二言三言、会話を交わして、ヨーコさんが落ち着きを取り戻していることに安堵する。
部長とくだらない会話を交わしていたら、おもむろにヨーコさんが身体を起こした。
俺は慌てて声をかける。
「もう少し休んでた方が」
「妊婦でも体調不良でもないさかい」
ヨーコさんはブーツに足を通しながら言う。そういえば、気が動転していて、抱き上げて救護室に運ぶときにも、ブーツを脱がせるときにも、いつも感じる動物的な欲求は感じなかった。
少しは無欲な男になれたのかとほっとしたのもつかの間、ヨーコさんの黒いタイツを纏った脚が、ブーツに吸い込まれていくのに見とれる。
柔らかそうなふくらはぎ。
舐めてぇ。タイツ破きてぇ。
俺の煩悩がそんな通常運転を始めたとき、ちらりとヨーコさんの目が俺をとらえたのに気づいて我に返った。
「す、すみませんっ」
慌てて謝ると、意外にもヨーコさんは笑った。
「別にええよ。慣れとる」
さらりと言われた言葉が、胸に刺さる。
諦めて欲しくない。自分を大切にすることを。
誰かに、大切にされることを。
そう思っているはずの俺が、また一つ彼女を傷つけた。
そんな気がして、自分の情けなさに目が潤んだ。
ヨーコさんはきょとんとして俺のその目を見てくる。
黒目がちな目はライトを反射してきらきらしていた。
ああ、やっぱりこの人は綺麗だ。
天使みたいに。
なのに、どうして俺の本能は、それを汚そうとするのだろう。
「何、泣いてはるの」
ヨーコさんは優しく笑った。
俺はしゅんとうなだれた。
「まだまだ、修業が足りないみたいです……」
山崎部長が俺の言葉に首を傾げた。
わかんないんだろうな。いや、いいけど。俺だけ分かればいいんだけど。
思っていたとき、ヨーコさんが噴き出した。
はっと顔を上げると、今まで見たこともないような晴れやかな笑顔がそこにある。
それはとても40を過ぎた女性とは思えない。
頬を染めた無邪気な笑顔。
少女のように華やかで、どこか照れ臭そうなその笑い声に、俺の胸はきゅうと締め付けられた。
目はその笑顔に吸い寄せられ、耳に届くのはヨーコさんの笑い声だけ。
その世界は、とてつもない幸福感に満ちていた。
思わず、膝上に拳を握る。
感動のあまり、手が小さく震えていた。
好きだ。
俺、この人が好きだ。
一生のうち、何度この笑顔を見られるだろう。
この人の側にいたい。
側にいて、この笑顔を見たい。
そしていずれはーーもしそれが叶うならば、
この笑顔を、俺が作りたい。
俺の手で。俺の隣で。
無邪気な彼女の笑顔を。
守り続けたい。
どちらかが迎える最期のときまで、ずっと。
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