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第二章 天使の翻弄
05 告白
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それからの俺は、それまでに増して必死になった。
あんなに何かに必死になったのは初めてだと思う。
俺は五人兄弟の末っ子で、しかも一人だけぽつんと年齢が離れていたから、それはもう、両親も兄姉も相当に可愛がってくれた。
いたずらをしてもテストで散々な点数を取っても、ほとんど怒られることもなく過ごした俺は、当然自分が誰にでも愛されるものなのだと思ってきたし、実際、今まではそうだった。
ヨーコさんを除いて。
こんなに人を想ったのは初めてだったし、手に入れたいと思ったものが手に入らない経験も初めてだった。
苦労せずに楽しく生きてきた自分が、本当に馬鹿みたいに思えるほど。
でも、マーシーに言われた通りだ。
俺は甘えん坊でわがままで、欲しいものはすべて手にしてきた。
女も仕事も金も家族からの愛も、さして努力せずに得て生きてきたんだ。
だから諦め方など分からない。どこで彼女を思い切ればいいのか、全くもって分からなかった。
それなら、進むしかない。殴られようと蹴られようとなじられようと、とにかく彼女を手にできる1パーセント以下の可能性にかけて、当たり続けるしかないのだ。
そう思うとだいぶ気が楽にもなったし、決意もできた。
朝も昼も夕も彼女に声をかけ、様子を伺い、話をするチャンスを求めた。
マーシーのおかしな噂を聞いたのは、そんなときだ。
取引先の孫を家に連れ込み行為に及んだ、というそんな噂は、誰の意図を経てか社内へひそやかに、しかし確実に広がっていた。
「聞きました? マーシーの噂。かわいそうになりますよね。マーシーじゃなくて、そんな噂作った男が」
朝、一階のロビーで行き当たったヨーコさんは、俺の言葉に足を止めた。
マーシーの話をすれば聞いてもらえるんじゃないか、と思った俺の目測が当たり、内心喜ぶ。
「あんないい男、逆立ちしたって敵わないもんなぁ」
「……あんたでも、そんなこと思うん」
ヨーコさんは小馬鹿にしたように笑った。
俺は微笑む。
「思いますよ」
頷いて、
「でも、俺は俺だから。当たって当たって当たりまくって、それで振り向いてもらうしかないって、そう思ってます」
ヨーコさんは動きを止め、目を見開いた。
ああ、聞いてくれている。
俺の言葉を。俺の想いを、聞いてくれている。
「代わりでもいいですよ」
約一年、隣で働いていた先輩。真似をすればできないこともない。それでヨーコさんが満たされるなら。癒されるなら。俺を側においてくれるなら。俺はいくらでも、役者になろう。
不意に、ヨーコさんはその場から逃げようとした。慌てて呼んだのは、彼女の苗字。
マーシーも、そう呼んでいた。
足を止めたヨーコさんの背中に、一気に想いの丈をぶつける。
「一生女を抱くなと言うなら抱きません。触れることもしません。隣にいるなと言うなら、隣にも行きません」
必死だった。どう言えば、彼女に伝わるだろう。
彼女を想うだけで心が震えるこの想いが。
男の陰を見るだけで怒りに我を忘れるこの想いが。
どうすれば、伝わるだろう。
彼女の笑顔が見たいと希う、この想いが。
ヨーコさんが逃げる気配はもうなかった。
俺は搾り出すように、祈りの言葉を口にする。
目の前の天使に。
「せめて守らせてください。他の男が、あなたの心を傷つけないように」
あなたが、自棄にならずに、自分を大切にできるように。
心からの笑顔で、日々を過ごせるように。
そのために一つでも、俺に何かできることがあるのなら。
俺は、そのために生きよう。
ーーそのために、生きたい。
ヨーコさんは何も言わず口を押さえると、何かに酔ったかのように、しゃがみこんだ。
あんなに何かに必死になったのは初めてだと思う。
俺は五人兄弟の末っ子で、しかも一人だけぽつんと年齢が離れていたから、それはもう、両親も兄姉も相当に可愛がってくれた。
いたずらをしてもテストで散々な点数を取っても、ほとんど怒られることもなく過ごした俺は、当然自分が誰にでも愛されるものなのだと思ってきたし、実際、今まではそうだった。
ヨーコさんを除いて。
こんなに人を想ったのは初めてだったし、手に入れたいと思ったものが手に入らない経験も初めてだった。
苦労せずに楽しく生きてきた自分が、本当に馬鹿みたいに思えるほど。
でも、マーシーに言われた通りだ。
俺は甘えん坊でわがままで、欲しいものはすべて手にしてきた。
女も仕事も金も家族からの愛も、さして努力せずに得て生きてきたんだ。
だから諦め方など分からない。どこで彼女を思い切ればいいのか、全くもって分からなかった。
それなら、進むしかない。殴られようと蹴られようとなじられようと、とにかく彼女を手にできる1パーセント以下の可能性にかけて、当たり続けるしかないのだ。
そう思うとだいぶ気が楽にもなったし、決意もできた。
朝も昼も夕も彼女に声をかけ、様子を伺い、話をするチャンスを求めた。
マーシーのおかしな噂を聞いたのは、そんなときだ。
取引先の孫を家に連れ込み行為に及んだ、というそんな噂は、誰の意図を経てか社内へひそやかに、しかし確実に広がっていた。
「聞きました? マーシーの噂。かわいそうになりますよね。マーシーじゃなくて、そんな噂作った男が」
朝、一階のロビーで行き当たったヨーコさんは、俺の言葉に足を止めた。
マーシーの話をすれば聞いてもらえるんじゃないか、と思った俺の目測が当たり、内心喜ぶ。
「あんないい男、逆立ちしたって敵わないもんなぁ」
「……あんたでも、そんなこと思うん」
ヨーコさんは小馬鹿にしたように笑った。
俺は微笑む。
「思いますよ」
頷いて、
「でも、俺は俺だから。当たって当たって当たりまくって、それで振り向いてもらうしかないって、そう思ってます」
ヨーコさんは動きを止め、目を見開いた。
ああ、聞いてくれている。
俺の言葉を。俺の想いを、聞いてくれている。
「代わりでもいいですよ」
約一年、隣で働いていた先輩。真似をすればできないこともない。それでヨーコさんが満たされるなら。癒されるなら。俺を側においてくれるなら。俺はいくらでも、役者になろう。
不意に、ヨーコさんはその場から逃げようとした。慌てて呼んだのは、彼女の苗字。
マーシーも、そう呼んでいた。
足を止めたヨーコさんの背中に、一気に想いの丈をぶつける。
「一生女を抱くなと言うなら抱きません。触れることもしません。隣にいるなと言うなら、隣にも行きません」
必死だった。どう言えば、彼女に伝わるだろう。
彼女を想うだけで心が震えるこの想いが。
男の陰を見るだけで怒りに我を忘れるこの想いが。
どうすれば、伝わるだろう。
彼女の笑顔が見たいと希う、この想いが。
ヨーコさんが逃げる気配はもうなかった。
俺は搾り出すように、祈りの言葉を口にする。
目の前の天使に。
「せめて守らせてください。他の男が、あなたの心を傷つけないように」
あなたが、自棄にならずに、自分を大切にできるように。
心からの笑顔で、日々を過ごせるように。
そのために一つでも、俺に何かできることがあるのなら。
俺は、そのために生きよう。
ーーそのために、生きたい。
ヨーコさんは何も言わず口を押さえると、何かに酔ったかのように、しゃがみこんだ。
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