色ハくれなゐ 情ハ愛

松丹子

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第三章 凶悪な正義

13 ご機嫌な彼女

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 ワインボトルが二本空く頃になると、ヨーコさんもだんだん力が抜けてきた。
 ……ていうかね。これ。生殺しに近い。
 とろん、とした目で俺を見て、ワインに濡れた唇で微笑むヨーコさんの妖艶さたるや。
 これだけで一晩中抜けそうだ、と思う俺が本当に本能剥き出しのロクデナシ過ぎて、がっかりする。
 綺麗な綺麗なヨーコさんを、どうして欲情まみれにしたがるんだろう、俺は。
 思うけど、仕方ないとも思うのだ。だって、ヨーコさんの白い肌は、アルコールのせいかわずかにピンク色になっている。暑いと言ってカーディガンを脱いだその下に着ていたのはまさかのタンクトップで、その脇の隙間からはときどきブラジャーが見えた。
 いつもはインナーを着ているヨーコさんだけど、きっとそのタンクトップが黒だから、気を抜いたんだろう。
 肌の白さをタンクトップの黒が引き立て、ほんのり汗ばんで赤みがさしてーー
 これをエロいと思わずにいられるわけがない。
 ああ、抱きたい。とはいえ、俺からは誘わないと宣言した手前、抱かせてくださいとお願いすることも叶わない。まったく要らん宣言をしたものだと、過去の自分を咎める。
 抱けないならせめてこの姿を見ながら一人で。
 ……なんていうのももちろん無理だろう。ヨーコさんは男に性的対象として見られることに相当な嫌悪感を持っている。それは彼女の経験からすると当然の感情で、俺がどうこうできるはずもない。
 俺は無理矢理意識を引きはがすように、努めて笑顔で当たり障りのない会話を続けた。
 ちょっと話しすぎてるな、くらいに思っていたけど、ヨーコさんも俺の状態は分かっていたらしい。しばらくした後、くつくつ笑いながら立ち上がると、俺の方へと回り込んで来た。
「ジョー、椅子引いて」
「え、あ、はい」
 俺は戸惑い、内心期待にうち震えながら椅子を引く。
 机と椅子の間にできた隙間に、ヨーコさんがその身を滑り込ませた。
 かと思うと、俺の腿を跨ぐ形で向き合って座る。
 俺の目の前に、ヨーコさんの柔らかそうな胸。
 顔を埋めたい衝動をどうにか押さえて、困惑した視線で見上げた。
「……ヨーコさん?」
「ふふ」
 相も変わらずご機嫌なヨーコさんは、歌うように笑って俺の唇を指で押さえる。
 かと思うと、ちゅ、と軽く唇にキスをした。
 ヤバい、これだけでイキそう。
 必死で自分を律する。ヨーコさんは自分をオカズ扱いされることも嫌がっているのだから。
 でも……でもさ、
 これって結構な拷問なんだけど。
「ジョー?」
 問うように俺に呼びかけながら、ヨーコさんはまた俺の唇に唇を合わせる。俺の首に腕を絡め、ちゅ、ちぅ、とキスをしてくる。
「ん、ぅん、は……」
 俺はそれに応えながら、反応する自身を抑えかねて腰を引いた。
 ずる、と椅子が後ろに下がる。
 ヨーコさんは俺の葛藤を察しているのだろう。切れ長の目を弓なりに細めて俺の目を覗き込んで来る。
「ジョー」
 囁くように呼んで、また唇を合わせた。
 ちゅ、くちゅ、と水音が立つ合間をぬって、俺とヨーコさんの吐息が漏れる。
 だんだんと甘さを増していく吐息に、俺の半身が痺れはじめた。
「ぁ、あ、っ、ヨーコさ……ぅん」
「んー、ん」
 ちゅっ、と俺の唇を吸い上げて、ヨーコさんは顔を離した。
「うふふ」
 俺と目が合うや、笑って俺の首に抱き着く。
 いや、何なの? これ。
 ただご機嫌で酔ってるだけなの?
 ねえ抱いていいの? いいの? いいよね?
 思うが、踏ん切りがつかない。せっかく手にした信頼も、ここで失ってはゼロどころかマイナススタートだ。いや、スタートに立つことすら、最早叶わないかもしれない。
 仏だ。仏になるんだ。俺は無欲な男なんだ。そうだ、神の境地だ。神仏融合だ。
 支離滅裂なことを考えていると分かりつつも、必死過ぎてどうしようもない。
「ジョぉ」
 甘えた声が、俺の名を呼んだ。
「な、んでしょぉ?」
 ひっくり返った俺の声が、情けなく問う。
「キスして」
 かすれたアルトがそう言って、ヨーコさんが目を閉じた。
 や、やべぇ。
 超緊張する。
 丁寧に、丁寧に、味わおう、と思ったキスは、緊張しすぎて歯が当たった。ヨーコさんはけらけら笑う。
「下手やなぁ」
 言うや、俺の唇を深く犯し始めた。
 そして、俺の耳を両手で塞ぐ。
 口内にたつ水音が、耳奥にこもって反響した。俺自身はますます欲情し、いきり立って、ズボンの中が狭くてたまらない。
「ぅん、は……」
 彼女のくぐもった声が聞こえ、唇が離れた。
 ピントが合わないほどの至近距離で、彼女は俺の目を覗き込む。
「ジョー」
 囁くような声が呼んだとき、
「っぁ!」
 俺が爆ぜた。
「っ、く、ぅ。ふ……」
 びくんびくんと身体を収縮させる俺を、ヨーコさんはぽかんとして見ている。
 恥ずかしさに、俺は自分が真っ赤になっているのが分かった。
「……もしかして」
 ヨーコさんが伸ばしかけた手を、俺の手が止める。
「駄目っ」
「……触ってもないんやで」
 こてん、と不思議そうに首を傾げた。
「どうして?」
 し、知りませんよ!
 思うけれど口にはしない。生理的な涙で目が潤んだ。
 正直、気持ち良かった。すげぇ高ぶった。
 だって、ヨーコさんとのキスは、一年ぶりだったし。
 そもそも、甘えた声で呼ばれるのなんて、初めてだったし。
 こんな可愛い姿、初めて見たし。
 理由を考えようと思えばいくらでも出てきたけど、濡れた下着の気持ち悪さに、俺はヨーコさんをおずおずと見上げる。
「……シャワー、借りてもいいですか……?」
 ヨーコさんは噴き出した。
「ええよ。今、湯張ったる。すぐ湧くさかい、少し待っとき」
 言って俺の膝から立ち上がる。
 そのまま離れるかと思いきや、俺の額にキスをした。
「お利口に待っときや」
 微笑んで、風呂場へと去る。
 ま……待ってます……
 いくらでも、待ちます……
 またしても半身を襲う痺れに、俺はまた泣きそうになった。
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