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第一章 最低な男
03 純真無垢
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出張から帰ってきたら、昼休みに入る直前だった。
「今ならどこでも入れるぞ」
マーシーは嬉しそうに言って、男同士のランチにしてはしゃれた店を選ぶ。
まあ、あんまりチェーン店が似合う人じゃないしね。入らない訳じゃないけどなんとなく浮くような気がする。
店に入って少し経つと、ガラス張りの壁の外が賑わった。腕時計を見やり、ああ昼休みになったのかと気づく。
店の正面はコンビニだった。小さなビニール袋を下げて店を出てくる人の中に、ヨーコさんを見つける。
顔立ちも体型も、どう見たって女でしかない彼女だけど、髪だけは短かった。女にしてみたら、ベリーショートと言ってもいいだろう。
その髪質が硬そうなことは、一見して分かった。
俺の兄も硬い髪質で、ときどき冗談でなく指先に刺さったのを思い出す。
彼女の髪だったら、刺さってもいいな。
それもきっと快感になるだろう。
ベッドの上に組み敷いて。首筋をさらい、髪を掻き分けたその指先に、ちくり、と痛みが走ったなら。
ただの妄想に、ぞくぞくと背筋が痺れた。
あー、想像だけで勃ちそう。
外を見てにやついている俺の視線を追い、マーシーが嘆息する。
「ジョー。あんまりあっちこっち手ェ出すなよ」
呆れたようなその目は、きっと俺をチャラい男と見ているからだろう。
「あれ? 取引先の女に手を出すなとは言われましたけど、社内の女に手を出すなとは聞いてませんよ」
マーシーがまた呆れた顔をして、やれやれとでも言うように嘆息した。
+ + +
ヨーコさんは、多分俺のことを嫌っている。
結構、露骨に嫌っている。
それでも、俺はいつも笑顔で、大きな声で、彼女に挨拶をする。
めげない奴だと思っているだろうか。それとも、他人の気持ちに鈍感な奴だと思っているだろうか。
分からないけど、まあどっちも正解だと思う。
あえて人の気持ちを考えて、自分をおさえたところで、一体どんな得があるっていうんだろう。
人間なんて所詮、個体で生きて、個体で死ぬんだ。
だったら、好きなことを好きなようにして死ぬのが、最善の生き方だと思うんだけど……これまた、なかなか同意してくれる人はいない。
そしてヨーコさんは、多分気づいていないんだろう。
彼女が俺を嫌って表情を歪める、そのわずかに寄ったみけんのしわに、彼女なりに睨みつけるような視線に、俺が欲情していることに。
そう、欲情しているのだ。
俺は馬鹿なことに、彼女のいちいちに性的な魅力を感じて、向き合って立てば痺れすら感じて、触れてもいないのに勃起しそうになる。彼女が俺を突き放そうとすればするほど、俺の何かが反応し、悶え、彼女を犯したがる。
だから思っているのだ。
今は、まだ抱かない。
けど。
あくまでそれは、今、の話だと。
+ + +
梅雨に入る頃になると、俺はヨーコさんが乗っている電車にだいたい検討をつけた。
俺はそのちょっと前の電車に乗っていき、駅前のコンビニで様子をうかがい、そろそろかな、と思ったタイミングで出ていく。
たまに失敗することもあるけど、大概、ヨーコさんと会えた。
「おはよーございまぁす! ヨーコさんっ」
今日も極力明るい笑顔と明るい声で、ヨーコさんに声をかける。
ヨーコさんは相変わらず、心底嫌そうな目を俺に向けつつ、無表情な笑顔を口元に浮かべている。
「……おはようさん」
ヨーコさんの声に、ぞくりと腰に甘い痺れを感じる。
欲望を隠すように、俺はにっこりと笑った。
でもまだ、彼女のハスキィな声の名残りは腰回りをさまよっている。
同じエレベーターに乗り込むと、さりげなくヨーコさんのななめ後ろに立った。
彼女の香りが、ふわりと鼻腔に届く。
何の香りなんだろうと、これを嗅ぐ度にいつも思う。
香水の匂いじゃない。そんなに人工的な感じはしない。
でも、いい匂いだ。
だからつい、下腹部がぴくりと反応する。
これがフェロモンってやつ? じゃあ、他のオスも引き寄せるわけ?
まあ、そうなのかもしれない。ヨーコさんに目をやるのは俺だけじゃない。いろんな男が、いろんな視線を投げる。ときに卑猥な想いを抱き、ときに純粋な憧れを抱いて、ヨーコさんを見る。
そんな中で、俺は小さな優越感を覚えるのだ。
会う度に彼女に睨まれているのは、まあ俺くらいなもんだろうと。
「ジョー。事業部には慣れた?」
ぼんやりしていた俺に、珍しく、彼女から話しかけてきた。
ゾワゾワと皮膚が粟立つ。
同時に、自分の頬が紅潮したのが分かった。
「はい。マーシー……あ、隣のデスクの先輩なんすけど……面倒見いい人で。いろいろ教えてくれるんで、ありがたいっす」
明るい声で答えつつ、思考はぐるぐると狂った歯車を噛み合わせながら動き出す。
ああ、犯したい。
俺の腕の中で啼かせて、懇願させて、その白い肌に赤い跡を残して、悔しげに歪む口元に噛み付いてーー
思っているだけで、ほら、俺自身が元気になっていく。
朝っぱらから制御不能な己の分身に心中笑うと、ヨーコさんが微笑んだ。
彼女の匂いは、もう鼻が慣れてしまったのか感じない。
それでも、媚薬のように俺をかどわかす。
やっぱり彼女のフェロモンなのかもしれない。
「さよか」
俺は瞬間、我が目を疑った。
初めて見るその姿に。
青白い頬に、わずかにさした朱。一瞬伏せられた目。震えたまつげ。
見て、一瞬すべてを奪われた。
ーー綺麗だ。
そこに、今まで見た誰よりも、無垢で純真な女を見た。
「今ならどこでも入れるぞ」
マーシーは嬉しそうに言って、男同士のランチにしてはしゃれた店を選ぶ。
まあ、あんまりチェーン店が似合う人じゃないしね。入らない訳じゃないけどなんとなく浮くような気がする。
店に入って少し経つと、ガラス張りの壁の外が賑わった。腕時計を見やり、ああ昼休みになったのかと気づく。
店の正面はコンビニだった。小さなビニール袋を下げて店を出てくる人の中に、ヨーコさんを見つける。
顔立ちも体型も、どう見たって女でしかない彼女だけど、髪だけは短かった。女にしてみたら、ベリーショートと言ってもいいだろう。
その髪質が硬そうなことは、一見して分かった。
俺の兄も硬い髪質で、ときどき冗談でなく指先に刺さったのを思い出す。
彼女の髪だったら、刺さってもいいな。
それもきっと快感になるだろう。
ベッドの上に組み敷いて。首筋をさらい、髪を掻き分けたその指先に、ちくり、と痛みが走ったなら。
ただの妄想に、ぞくぞくと背筋が痺れた。
あー、想像だけで勃ちそう。
外を見てにやついている俺の視線を追い、マーシーが嘆息する。
「ジョー。あんまりあっちこっち手ェ出すなよ」
呆れたようなその目は、きっと俺をチャラい男と見ているからだろう。
「あれ? 取引先の女に手を出すなとは言われましたけど、社内の女に手を出すなとは聞いてませんよ」
マーシーがまた呆れた顔をして、やれやれとでも言うように嘆息した。
+ + +
ヨーコさんは、多分俺のことを嫌っている。
結構、露骨に嫌っている。
それでも、俺はいつも笑顔で、大きな声で、彼女に挨拶をする。
めげない奴だと思っているだろうか。それとも、他人の気持ちに鈍感な奴だと思っているだろうか。
分からないけど、まあどっちも正解だと思う。
あえて人の気持ちを考えて、自分をおさえたところで、一体どんな得があるっていうんだろう。
人間なんて所詮、個体で生きて、個体で死ぬんだ。
だったら、好きなことを好きなようにして死ぬのが、最善の生き方だと思うんだけど……これまた、なかなか同意してくれる人はいない。
そしてヨーコさんは、多分気づいていないんだろう。
彼女が俺を嫌って表情を歪める、そのわずかに寄ったみけんのしわに、彼女なりに睨みつけるような視線に、俺が欲情していることに。
そう、欲情しているのだ。
俺は馬鹿なことに、彼女のいちいちに性的な魅力を感じて、向き合って立てば痺れすら感じて、触れてもいないのに勃起しそうになる。彼女が俺を突き放そうとすればするほど、俺の何かが反応し、悶え、彼女を犯したがる。
だから思っているのだ。
今は、まだ抱かない。
けど。
あくまでそれは、今、の話だと。
+ + +
梅雨に入る頃になると、俺はヨーコさんが乗っている電車にだいたい検討をつけた。
俺はそのちょっと前の電車に乗っていき、駅前のコンビニで様子をうかがい、そろそろかな、と思ったタイミングで出ていく。
たまに失敗することもあるけど、大概、ヨーコさんと会えた。
「おはよーございまぁす! ヨーコさんっ」
今日も極力明るい笑顔と明るい声で、ヨーコさんに声をかける。
ヨーコさんは相変わらず、心底嫌そうな目を俺に向けつつ、無表情な笑顔を口元に浮かべている。
「……おはようさん」
ヨーコさんの声に、ぞくりと腰に甘い痺れを感じる。
欲望を隠すように、俺はにっこりと笑った。
でもまだ、彼女のハスキィな声の名残りは腰回りをさまよっている。
同じエレベーターに乗り込むと、さりげなくヨーコさんのななめ後ろに立った。
彼女の香りが、ふわりと鼻腔に届く。
何の香りなんだろうと、これを嗅ぐ度にいつも思う。
香水の匂いじゃない。そんなに人工的な感じはしない。
でも、いい匂いだ。
だからつい、下腹部がぴくりと反応する。
これがフェロモンってやつ? じゃあ、他のオスも引き寄せるわけ?
まあ、そうなのかもしれない。ヨーコさんに目をやるのは俺だけじゃない。いろんな男が、いろんな視線を投げる。ときに卑猥な想いを抱き、ときに純粋な憧れを抱いて、ヨーコさんを見る。
そんな中で、俺は小さな優越感を覚えるのだ。
会う度に彼女に睨まれているのは、まあ俺くらいなもんだろうと。
「ジョー。事業部には慣れた?」
ぼんやりしていた俺に、珍しく、彼女から話しかけてきた。
ゾワゾワと皮膚が粟立つ。
同時に、自分の頬が紅潮したのが分かった。
「はい。マーシー……あ、隣のデスクの先輩なんすけど……面倒見いい人で。いろいろ教えてくれるんで、ありがたいっす」
明るい声で答えつつ、思考はぐるぐると狂った歯車を噛み合わせながら動き出す。
ああ、犯したい。
俺の腕の中で啼かせて、懇願させて、その白い肌に赤い跡を残して、悔しげに歪む口元に噛み付いてーー
思っているだけで、ほら、俺自身が元気になっていく。
朝っぱらから制御不能な己の分身に心中笑うと、ヨーコさんが微笑んだ。
彼女の匂いは、もう鼻が慣れてしまったのか感じない。
それでも、媚薬のように俺をかどわかす。
やっぱり彼女のフェロモンなのかもしれない。
「さよか」
俺は瞬間、我が目を疑った。
初めて見るその姿に。
青白い頬に、わずかにさした朱。一瞬伏せられた目。震えたまつげ。
見て、一瞬すべてを奪われた。
ーー綺麗だ。
そこに、今まで見た誰よりも、無垢で純真な女を見た。
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