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後日談2 ずっと近くにいたいから(梢視点)
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バスタブ横で身体と頭を洗って、タオルで簡単に髪をくるんでまとめて、足先からゆっくり湯舟に入っていく。
湯気でモヤる浴室内は暖房が効いた部屋よりも数度温度が上がっていて、私の頬も上気しているのが分かった。
膝を抱えた手を湯舟から引き上げると、ちゃぷ、と音がする。
湯気の間にキラリと輝く小さな三連ダイヤを見つめて、はぁ、と自信ない吐息が漏れた。
……もう少し、大人の余裕、みたいなの、身につけたいなぁ。
むしろ、思春期か! と思うくらいにウブな誘い方になった自覚はある。あの後も「分かった」と頷いた勝くんの顔を見ることができなくて、「お風呂、狭いから先に身体洗ってて」と言われるがままに一人浴室に飛びこんでしまった。
勝くんに「絶対に肌身離さず着けていて」と言われた指輪だけど、男――しかもオジサンばかりの職場で気づく人なんていないだろうと思ってた。
それが意外にも、今夜あった新年会で上司に指摘されて、うろたえているうちに質問責めになって、ついつい馬鹿正直に答えた結果、冗談めかして言われた痛恨の一言。
――そんなに若くてカッコいい子なら、がんばって繋ぎとめておかないと捨てられちゃうよ。
……いや、まあ、ほんとそう思う。思うよ。思うけどね。
「梢ちゃん、俺も入るよ?」
「ふぇっ」
想いにふけっていたところに声をかけられて、つるんと滑りそうになった。じゃぶ、という水音が聞こえたのだろう、勝くんが脱衣場から顔をのぞかせる。
「だ、大丈夫? 転んだ?」
「だ、だだだいじょ、ぶです」
浴槽の淵につかまって答えると、勝くんは困ったような顔をして、笑った。
「……やめとく? 疲れてるんでしょう。俺、あとで入るから――」
「や、いや、そんなことない! ないから! 勝くんも、どうぞ!」
せっかく誘ったのに、このままじゃ勝くんの気遣いでせっかく振り絞った勇気が無駄になってしまう。慌てて促す私に、勝くんは苦笑して「分かった」と答え――
当然のようにそのまま、トップスを脱いだ。
「うぇっ」
いきなり目の前に現れた肌色に、思わずうろたえる。勝くんは今さら気づいたように「あ、ごめん」と浴室につながるドアを閉めた。
……はぁ。
ため息をついた後、ぶくぶくと湯舟に口元を沈めて、ついでに瞬時に沸騰しそうになった心も沈める。
いや、うぇっ、て何よ。自分から誘ったんじゃない。
ていうか、は、裸だって、み、見てる、し、見られてる、し、何を、今さら――
がらっ
「はわっ!」
ドアの開く音にびっくーん、と身体が反応して、浴槽のお湯がたっぷんと揺れる。
そんな私の動揺もいつも通りだと思っているのか、腰にタオルを巻いた勝くんはさわやかな笑顔で浴室に入ってきた。
「あ、入浴剤入れたんだ。柚子? いい匂い」
「う、うん。さ、最近、お気に入りで」
「そっか」
入れた入浴剤はお湯に入れると白く濁る。ので、湯舟から出なければ私の身体が彼に見えることはない。
……ベッドの上でさんざん見られているのを分かっているくせに、こうでもしなければ落ち着かないんだから、仕方ない。
「俺も身体、洗っちゃうね。梢ちゃん、のぼせないうちに上がるんだよ。お酒、飲んだだろうし」
「……そんなに飲んでないよ」
「あ、そっか。”あの日”以来抑えてるんだっけ」
「そ、それ言わないで」
私が批難の視線を向けると、勝くんは「はは」と笑った。優しくて、柔らかい笑い声。その声を聴くだけでも胸がぎゅぅっと苦しくて、嬉しくなる。
――”あの日”。
彼の姉のみっちーと二人、「成人祝いだ」と彼を連れ歩いた挙句飲みつぶれて、おんぶで運ばれて、みっちーに呆れられて。勝くんが、私を女として意識し始めた”あの日”。
「……もったいない、ことしちゃったなぁ」
「は? 何が?」
髪に泡をつけた勝くんが、片目を閉じたまま私の方を薄目で見てくる。私は「あ、いや、なんでもないっ」と手を振って、慌てて視線を逸らした。
勝くんは不思議そうにしながらも、シャワーで泡を洗い流す。白い泡は彼の身体を這いながら、排水溝へと流れていく。
目をつぶっている今がチャンスとばかりに、私はその身体をぼんやり眺めた。
重い荷物も軽々運べそうなほど厚い肩回り。くっきり浮き出た肩甲骨。二の腕から手首まで、筋肉の形に添ってくぼんだ筋。
……きれいな身体。
浴槽の淵に頬杖をついて見ていたら、勝くんはシャワーを止めて髪をかき上げた。
髪から滴るお湯の粒が肩をつたって流れ落ちていく。それを目で追っていたら、ふ、と笑う声がした。
「梢ちゃん、見すぎ」
言われて初めて我に返る。
「ご、ごめん」
「いや、いいんだけど」
クスクス笑う勝くんから、なんだかちょっと意地悪な気配を感じる。この6つも年下の婚約者は、ときどき私をいじって遊ぶのだ。
何を言われるかと身構える私の手をそっと取り、勝くんは自分の裸の胸に押し当てた。
「俺はもう、梢ちゃんのものだし。いくらでも見て、触っていいよ」
濡れた髪と、濡れた身体と、てのひらに触れた筋肉の硬さ。
ふわふわ漂う白い湯気と、目の前にせまる大好きな人の顔と、身体を包む湯の温度に――
「こ、梢ちゃん!?」
真っ白になっていく視界の中いっぱいに、慌てる勝くんの顔が見えていた。
湯気でモヤる浴室内は暖房が効いた部屋よりも数度温度が上がっていて、私の頬も上気しているのが分かった。
膝を抱えた手を湯舟から引き上げると、ちゃぷ、と音がする。
湯気の間にキラリと輝く小さな三連ダイヤを見つめて、はぁ、と自信ない吐息が漏れた。
……もう少し、大人の余裕、みたいなの、身につけたいなぁ。
むしろ、思春期か! と思うくらいにウブな誘い方になった自覚はある。あの後も「分かった」と頷いた勝くんの顔を見ることができなくて、「お風呂、狭いから先に身体洗ってて」と言われるがままに一人浴室に飛びこんでしまった。
勝くんに「絶対に肌身離さず着けていて」と言われた指輪だけど、男――しかもオジサンばかりの職場で気づく人なんていないだろうと思ってた。
それが意外にも、今夜あった新年会で上司に指摘されて、うろたえているうちに質問責めになって、ついつい馬鹿正直に答えた結果、冗談めかして言われた痛恨の一言。
――そんなに若くてカッコいい子なら、がんばって繋ぎとめておかないと捨てられちゃうよ。
……いや、まあ、ほんとそう思う。思うよ。思うけどね。
「梢ちゃん、俺も入るよ?」
「ふぇっ」
想いにふけっていたところに声をかけられて、つるんと滑りそうになった。じゃぶ、という水音が聞こえたのだろう、勝くんが脱衣場から顔をのぞかせる。
「だ、大丈夫? 転んだ?」
「だ、だだだいじょ、ぶです」
浴槽の淵につかまって答えると、勝くんは困ったような顔をして、笑った。
「……やめとく? 疲れてるんでしょう。俺、あとで入るから――」
「や、いや、そんなことない! ないから! 勝くんも、どうぞ!」
せっかく誘ったのに、このままじゃ勝くんの気遣いでせっかく振り絞った勇気が無駄になってしまう。慌てて促す私に、勝くんは苦笑して「分かった」と答え――
当然のようにそのまま、トップスを脱いだ。
「うぇっ」
いきなり目の前に現れた肌色に、思わずうろたえる。勝くんは今さら気づいたように「あ、ごめん」と浴室につながるドアを閉めた。
……はぁ。
ため息をついた後、ぶくぶくと湯舟に口元を沈めて、ついでに瞬時に沸騰しそうになった心も沈める。
いや、うぇっ、て何よ。自分から誘ったんじゃない。
ていうか、は、裸だって、み、見てる、し、見られてる、し、何を、今さら――
がらっ
「はわっ!」
ドアの開く音にびっくーん、と身体が反応して、浴槽のお湯がたっぷんと揺れる。
そんな私の動揺もいつも通りだと思っているのか、腰にタオルを巻いた勝くんはさわやかな笑顔で浴室に入ってきた。
「あ、入浴剤入れたんだ。柚子? いい匂い」
「う、うん。さ、最近、お気に入りで」
「そっか」
入れた入浴剤はお湯に入れると白く濁る。ので、湯舟から出なければ私の身体が彼に見えることはない。
……ベッドの上でさんざん見られているのを分かっているくせに、こうでもしなければ落ち着かないんだから、仕方ない。
「俺も身体、洗っちゃうね。梢ちゃん、のぼせないうちに上がるんだよ。お酒、飲んだだろうし」
「……そんなに飲んでないよ」
「あ、そっか。”あの日”以来抑えてるんだっけ」
「そ、それ言わないで」
私が批難の視線を向けると、勝くんは「はは」と笑った。優しくて、柔らかい笑い声。その声を聴くだけでも胸がぎゅぅっと苦しくて、嬉しくなる。
――”あの日”。
彼の姉のみっちーと二人、「成人祝いだ」と彼を連れ歩いた挙句飲みつぶれて、おんぶで運ばれて、みっちーに呆れられて。勝くんが、私を女として意識し始めた”あの日”。
「……もったいない、ことしちゃったなぁ」
「は? 何が?」
髪に泡をつけた勝くんが、片目を閉じたまま私の方を薄目で見てくる。私は「あ、いや、なんでもないっ」と手を振って、慌てて視線を逸らした。
勝くんは不思議そうにしながらも、シャワーで泡を洗い流す。白い泡は彼の身体を這いながら、排水溝へと流れていく。
目をつぶっている今がチャンスとばかりに、私はその身体をぼんやり眺めた。
重い荷物も軽々運べそうなほど厚い肩回り。くっきり浮き出た肩甲骨。二の腕から手首まで、筋肉の形に添ってくぼんだ筋。
……きれいな身体。
浴槽の淵に頬杖をついて見ていたら、勝くんはシャワーを止めて髪をかき上げた。
髪から滴るお湯の粒が肩をつたって流れ落ちていく。それを目で追っていたら、ふ、と笑う声がした。
「梢ちゃん、見すぎ」
言われて初めて我に返る。
「ご、ごめん」
「いや、いいんだけど」
クスクス笑う勝くんから、なんだかちょっと意地悪な気配を感じる。この6つも年下の婚約者は、ときどき私をいじって遊ぶのだ。
何を言われるかと身構える私の手をそっと取り、勝くんは自分の裸の胸に押し当てた。
「俺はもう、梢ちゃんのものだし。いくらでも見て、触っていいよ」
濡れた髪と、濡れた身体と、てのひらに触れた筋肉の硬さ。
ふわふわ漂う白い湯気と、目の前にせまる大好きな人の顔と、身体を包む湯の温度に――
「こ、梢ちゃん!?」
真っ白になっていく視界の中いっぱいに、慌てる勝くんの顔が見えていた。
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