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玲子の家は駅から徒歩十分ほどだ。駅から数分歩くと住宅地になる様子を見て、椿希がへぇ、と感心した声をあげる。
「普通に住宅街なんですね。駅周辺、そんな感じしないのに」
「そうよ。だから便利」
話しながら歩いていくが、椿希の足元はときどきふらついている。玲子がそれを気にしてちらちらと見やりながら歩いていると、椿希が笑った。
「狩野さん、ちゃんと前向いて歩かないと転んじゃいますよぉ」
「あんたがフラフラしてるからでしょ」
「ええ。俺、フラフラしてます?」
首を傾げる様子を見るに、自覚はないらしい。玲子は呆れて強引に腕を掴んだ。
「倒れられたら困る」
「うわ、出たツンデレ」
嬉しそうに言う椿希に、一瞬手を離そうか迷ったがやめた。酔っ払いの相手をマトモにしても意味が無い。
「そういうとこ、好きだなぁ」
(どういうとこよ)
少なくとも、こういう世話焼きな自分を、玲子はあまり好きではない。自分の個性だと承知はしているが。
「狩野さん、好きー」
「やめてよ酔っ払い」
抱擁しようとする椿希をぐいと押し離し、睨みつけた。椿希は笑う。
「嫌いですか? 酔っ払い」
「好きではないわ」
「じゃ、いつもの俺とどっちが好き?」
問われてうろたえる。その様を見た椿希は、ふふ、と満足げに笑った。
「なかなかいい質問だった?」
「勝手に言ってなさい」
椿希を支えながら、二人は玲子の家にたどり着いた。電気をつけたまま行ったので、そのまま家に上がった。
玲子の家は、玄関を入るとすぐにダイニングキッチンがあり、そこから洗面所兼脱衣所と浴場、そして寝室へと繋がっている。
「私、夕飯これからなの。あなたはもう食べたんでしょ?」
「食べましたぁ。昼だか夜だかわかんないけど」
椿希にハンガーを渡すと、ゆるゆるとジャケットを脱いでそれにかけた。壁際のハンガー掛けを示すとそこに掛けて、ネクタイを緩める。
しゅる、と衣擦れの音がしてネクタイが外され、椿希の長い指がそのまま自分のシャツのボタンを外す。一つ、二つ。
指先の自然な流れをついつい目で追っていることに気づいて、玲子は目を反らした。
「お茶、煎れるわね」
「はぁい。手、洗ってもいいですかぁ」
「流し、そっち使って」
バスルームの前の洗面台に向かう椿希を見届けて、玲子はお湯を沸かしはじめた。そのとき、
「ーーうわっ」
ぶしゅ、という水の音と共に、椿希の悲鳴が聞こえる。玲子が慌てて駆け寄ると、上半身をずぶ濡れにした椿希が、髪から雫を垂らしながら呆然としていた。
「ーー何してるの?」
「ーー何、してるんでしょう」
呆然としたまま二人は言い合い、どちらからともなく笑い始めた。
しばらく声をあげて笑った後、玲子は目元ににじんだ涙を拭きながら、近くの収納に手を伸ばした。
「びっちゃびちゃじゃないの。今タオル出すから」
「いや、ハンカチがポケットにーー」
「そういうレベルじゃないでしょ、どう見ても」
「そうかも」
言ってまた揃って笑う。椿希を家に招いた中途半端な罪悪感が払拭されて、玲子は内心ほっとした。
「スラックスはセーフだったみたいでよかったわね。ーーシャツ脱げば? スラックスまで濡れるよ」
「え、でもーー」
椿希は言いかけて思い直した。
「じゃ、そうします」
言って遠慮なくシャツを脱ぐ。
(しまった)
現れた身体に玲子は動揺した。一度見た裸とはいえ、あのときは玲子も酔っていた。素面で見るのは初めてだ。
「うっわ、絞れそう」
「シャツが傷むからやめなさい」
「あ、そっか」
面白がってシャツを絞ろうとする椿希に、内心の動揺を悟られないように言った玲子は、目のやり場に困った。
「し、シャワーでも浴びたら。その間に部屋着かなんか、買って来るから」
椿希は玲子の顔を見て、数度まばたきをした後で微笑んだ。
「なら、お願いします」
スラックスのポケットから財布を取り出し、札を一枚引き抜く。
「メーカーとか、指定してもいいですか」
「希望があるなら。駅前にあるのにしてね」
「もちろん」
椿希はテキパキと希望を述べて、玲子に札を渡した。玲子は頷くと、コンロの火を止め、鞄を手にする。
「すみません、暗いのに。何かあったらすぐ行きますから、スマホ握りしめて行ってくださいね」
椿希は上半身を隠そうともせず言って、微笑んだ。
(アルコール、水浴びて飛んじゃったかしら)
思いながら、玲子はタオルを数枚取り出し、好きに使ってと声をかけて家を出た。
「普通に住宅街なんですね。駅周辺、そんな感じしないのに」
「そうよ。だから便利」
話しながら歩いていくが、椿希の足元はときどきふらついている。玲子がそれを気にしてちらちらと見やりながら歩いていると、椿希が笑った。
「狩野さん、ちゃんと前向いて歩かないと転んじゃいますよぉ」
「あんたがフラフラしてるからでしょ」
「ええ。俺、フラフラしてます?」
首を傾げる様子を見るに、自覚はないらしい。玲子は呆れて強引に腕を掴んだ。
「倒れられたら困る」
「うわ、出たツンデレ」
嬉しそうに言う椿希に、一瞬手を離そうか迷ったがやめた。酔っ払いの相手をマトモにしても意味が無い。
「そういうとこ、好きだなぁ」
(どういうとこよ)
少なくとも、こういう世話焼きな自分を、玲子はあまり好きではない。自分の個性だと承知はしているが。
「狩野さん、好きー」
「やめてよ酔っ払い」
抱擁しようとする椿希をぐいと押し離し、睨みつけた。椿希は笑う。
「嫌いですか? 酔っ払い」
「好きではないわ」
「じゃ、いつもの俺とどっちが好き?」
問われてうろたえる。その様を見た椿希は、ふふ、と満足げに笑った。
「なかなかいい質問だった?」
「勝手に言ってなさい」
椿希を支えながら、二人は玲子の家にたどり着いた。電気をつけたまま行ったので、そのまま家に上がった。
玲子の家は、玄関を入るとすぐにダイニングキッチンがあり、そこから洗面所兼脱衣所と浴場、そして寝室へと繋がっている。
「私、夕飯これからなの。あなたはもう食べたんでしょ?」
「食べましたぁ。昼だか夜だかわかんないけど」
椿希にハンガーを渡すと、ゆるゆるとジャケットを脱いでそれにかけた。壁際のハンガー掛けを示すとそこに掛けて、ネクタイを緩める。
しゅる、と衣擦れの音がしてネクタイが外され、椿希の長い指がそのまま自分のシャツのボタンを外す。一つ、二つ。
指先の自然な流れをついつい目で追っていることに気づいて、玲子は目を反らした。
「お茶、煎れるわね」
「はぁい。手、洗ってもいいですかぁ」
「流し、そっち使って」
バスルームの前の洗面台に向かう椿希を見届けて、玲子はお湯を沸かしはじめた。そのとき、
「ーーうわっ」
ぶしゅ、という水の音と共に、椿希の悲鳴が聞こえる。玲子が慌てて駆け寄ると、上半身をずぶ濡れにした椿希が、髪から雫を垂らしながら呆然としていた。
「ーー何してるの?」
「ーー何、してるんでしょう」
呆然としたまま二人は言い合い、どちらからともなく笑い始めた。
しばらく声をあげて笑った後、玲子は目元ににじんだ涙を拭きながら、近くの収納に手を伸ばした。
「びっちゃびちゃじゃないの。今タオル出すから」
「いや、ハンカチがポケットにーー」
「そういうレベルじゃないでしょ、どう見ても」
「そうかも」
言ってまた揃って笑う。椿希を家に招いた中途半端な罪悪感が払拭されて、玲子は内心ほっとした。
「スラックスはセーフだったみたいでよかったわね。ーーシャツ脱げば? スラックスまで濡れるよ」
「え、でもーー」
椿希は言いかけて思い直した。
「じゃ、そうします」
言って遠慮なくシャツを脱ぐ。
(しまった)
現れた身体に玲子は動揺した。一度見た裸とはいえ、あのときは玲子も酔っていた。素面で見るのは初めてだ。
「うっわ、絞れそう」
「シャツが傷むからやめなさい」
「あ、そっか」
面白がってシャツを絞ろうとする椿希に、内心の動揺を悟られないように言った玲子は、目のやり場に困った。
「し、シャワーでも浴びたら。その間に部屋着かなんか、買って来るから」
椿希は玲子の顔を見て、数度まばたきをした後で微笑んだ。
「なら、お願いします」
スラックスのポケットから財布を取り出し、札を一枚引き抜く。
「メーカーとか、指定してもいいですか」
「希望があるなら。駅前にあるのにしてね」
「もちろん」
椿希はテキパキと希望を述べて、玲子に札を渡した。玲子は頷くと、コンロの火を止め、鞄を手にする。
「すみません、暗いのに。何かあったらすぐ行きますから、スマホ握りしめて行ってくださいね」
椿希は上半身を隠そうともせず言って、微笑んだ。
(アルコール、水浴びて飛んじゃったかしら)
思いながら、玲子はタオルを数枚取り出し、好きに使ってと声をかけて家を出た。
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