上 下
57 / 59
第参章 想定外のプロポーズ

25 ことばと誠意

しおりを挟む
 落ち着くと、二人で何も言わず歩き始めた。時々、握ったジョーの手指が優しくわたしの手を撫でる。気遣うように。愛を伝えるように。
 そのくすぐったさに、少しずつ心が落ち着いてくる。
 わたしが自分の気持ちに鈍感になったのは、ある意味必要に迫られた結果だった。いちいち傷ついていては身動きが取れなくなるほど振り回されていたのだと、今ならわかる。
 男の視線と支配欲に。母の保身のための振る舞いに。
 そしてジョーは、失った感性の一つ一つを解き放ってくれる。気付かせてくれる。思い出させてくれる。
 当人にはそのつもりはないだろうが。
「この前、母に会うて、今日はアーヤの話聞いて、気づいたことが一つ、あってな」
 しばらく歩いたとき、わたしから沈黙を破った。ジョーは続きを促すような目でわたしを見る。
「母親は子どもを……お母さんは、うちを愛してくれて当然と思うてた。でも、そうやなかったのかも知れんな。娘の勝手な期待に、お母さんは疲れたのかも知れへん。お母さん自身も、葛藤してたんかも知れへん。うちにうまく向き合えへんくて」
「当然と思って、当然ですよ」
 ジョーはあっさり答えた。
「だって、親の愛があって、守ってくれる人がいなければ、人間の子どもは生き延びられない。そういう風に産まれるんですもん、庇護を求めて当然じゃないですか」
 わたしはその横顔を見上げてから、自分の足先に目を落とす。ジョーは気にした様子もなく、さも当然のように続ける。
「確かに……大人になって考えれば、親にも向き不向きはあるだろうし、相性だってあるだろうし……親には親の都合があるかもしれませんけど。でも、親に愛を求める子どもを、自分勝手だとは言えませんよ」
 言葉はすとんと胸に落ちた。
 それにしても、ずいぶんすらすらと言葉が出て来るものだ。自分の気持ちや考えを閉じ込めていたわたしには出来ない芸当だと、素直に感心する。
「少なくても俺はそう思います」
 締め括るように言って、ジョーは黙ったままのわたしの顔を覗き込んだ。
「……イマイチですか?俺の見解」
「ううん」
 首を振って笑みを返す。
「感心するわ」
「は?」
「よう次々言葉が浮かぶな、て」
 途端にジョーが苦笑する。
「おしゃべりですみません」
「いや、違うで。まあ確かにおしゃべりやし、時々うるさいけど」
 嘘をつけない彼へは、嘘偽りのない言葉を。
 わずかないたずら心に、微笑と共に言う。
「でも、だから、何度も言うてくれるやろ。うちが欲しいと思う言葉を、欲しいと思うときに」
 わたしは、愛情というものに疑心的な一方、飢えている。ジョーと過ごすようになって、ようやくそう自覚した。
 だからこそ求めるのだ。嘘偽りのない言葉を。何度でも。欲しいときに、欲しいだけ。
 それを、ジョーは与えてくれる。いつでも。出し惜しむことなく。彼の中にある言葉を尽くして。
 わたしはその言葉を、言葉としてではなく、彼の誠意として受け取っているのかもしれない。懸命に伝えようとしてくれる想いが嬉しい。時々うるさく思っても、面倒な気がしても、どこかで居心地のよさを感じるのは、それ故なのだろうーー
 と思ったが、うまく伝えられる気はしない。わたしは黙った。
「俺なんかの言葉を、貴女が欲しいと思うなら」
 わたしの沈黙を気にもせず、ジョーが微笑んだ。
「いくらでもあげます。貴女がうんざりするくらいーーもうお腹いっぱいだと思うくらいに」
 わたしは思わず笑う。彼の想いの丈をすべて聞けば、本当に窒息しかねない。そんな気がする。
 わたしの笑顔に、ジョーはほっとしたようだった。
 わたしは握った手に力をこめながら言う。
「いつまでも、飢えてるかも知れへんで」
 ジョーの顔を覗き込むと、
「むしろその方が都合がいいです」
 軽やかにジョーか答えた。彼は晴々と言い放つ。
「ヨーコさんへの愛を語るななんて、俺に息するなと言ってるようなもんですから」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

友情結婚してみたら溺愛されてる件

鳴宮鶉子
恋愛
幼馴染で元カレの彼と友情結婚したら、溺愛されてる?

こじらせ女子の恋愛事情

あさの紅茶
恋愛
過去の恋愛の失敗を未だに引きずるこじらせアラサー女子の私、仁科真知(26) そんな私のことをずっと好きだったと言う同期の宗田優くん(26) いやいや、宗田くんには私なんかより、若くて可愛い可憐ちゃん(女子力高め)の方がお似合いだよ。 なんて自らまたこじらせる残念な私。 「俺はずっと好きだけど?」 「仁科の返事を待ってるんだよね」 宗田くんのまっすぐな瞳に耐えきれなくて逃げ出してしまった。 これ以上こじらせたくないから、神様どうか私に勇気をください。 ******************* この作品は、他のサイトにも掲載しています。

副社長氏の一途な恋~執心が結んだ授かり婚~

真木
恋愛
相原麻衣子は、冷たく見えて情に厚い。彼女がいつも衝突ばかりしている、同期の「副社長氏」反田晃を想っているのは秘密だ。麻衣子はある日、晃と一夜を過ごした後、姿をくらます。数年後、晃はミス・アイハラという女性が小さな男の子の手を引いて暮らしているのを知って……。

元カノと復縁する方法

なとみ
恋愛
「別れよっか」 同棲して1年ちょっとの榛名旭(はるな あさひ)に、ある日別れを告げられた無自覚男の瀬戸口颯(せとぐち そう)。 会社の同僚でもある二人の付き合いは、突然終わりを迎える。 自分の気持ちを振り返りながら、復縁に向けて頑張るお話。 表紙はまるぶち銀河様からの頂き物です。素敵です!

隣人はクールな同期でした。

氷萌
恋愛
それなりに有名な出版会社に入社して早6年。 30歳を前にして 未婚で恋人もいないけれど。 マンションの隣に住む同期の男と 酒を酌み交わす日々。 心許すアイツとは ”同期以上、恋人未満―――” 1度は愛した元カレと再会し心を搔き乱され 恋敵の幼馴染には刃を向けられる。 広報部所属 ●七星 セツナ●-Setuna Nanase-(29歳) 編集部所属 副編集長 ●煌月 ジン●-Jin Kouduki-(29歳) 本当に好きな人は…誰? 己の気持ちに向き合う最後の恋。 “ただの恋愛物語”ってだけじゃない 命と、人との 向き合うという事。 現実に、なさそうな だけどちょっとあり得るかもしれない 複雑に絡み合う人間模様を描いた 等身大のラブストーリー。

腹黒上司が実は激甘だった件について。

あさの紅茶
恋愛
私の上司、坪内さん。 彼はヤバいです。 サラサラヘアに甘いマスクで笑った顔はまさに王子様。 まわりからキャーキャー言われてるけど、仕事中の彼は腹黒悪魔だよ。 本当に厳しいんだから。 ことごとく女子を振って泣かせてきたくせに、ここにきて何故か私のことを好きだと言う。 マジで? 意味不明なんだけど。 めっちゃ意地悪なのに、かいま見える優しさにいつしか胸がぎゅっとなってしまうようになった。 素直に甘えたいとさえ思った。 だけど、私はその想いに応えられないよ。 どうしたらいいかわからない…。 ********** この作品は、他のサイトにも掲載しています。

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

優しい微笑をください~上司の誤解をとく方法

栗原さとみ
恋愛
仕事のできる上司に、誤解され嫌われている私。どうやら会長の愛人でコネ入社だと思われているらしい…。その上浮気っぽいと思われているようで。上司はイケメンだし、仕事ぶりは素敵過ぎて、片想いを拗らせていくばかり。甘々オフィスラブ、王道のほっこり系恋愛話。

処理中です...