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第参章 想定外のプロポーズ
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千葉にあるジョーの実家は、そこそこの大きさだった。軽と大きめのもの、二台の車が置いてある。
さすが五人の子供がいただけある。二階建ての家を見上げていると、ジョーが苦笑した。
「ヨーコさんちほど広くないですけど」
「あれは田舎やからや」
「ここだって田舎っすよ」
言いながら、ジョーは玄関へと入っていく。呼び鈴を鳴らしてただいまと告げると、軽い足音が聞こえ、がちゃりとドアが開いた。
ジョーとよく似た丸い目。思いの外、小柄な身体がひょこりと覗く。
ジョーの身長は父親譲りかと思いつつ、お辞儀した。
「いらっしゃい、葉子さん。待ってたわ」
「リョウ兄は?」
「そりゃ、いるわよ。ジョーのいい人が来るなら俺が見定めてやる、なんて言ってるわ」
「うわぁ、いい迷惑。だいたい、一番見る目がないくせに」
「まあまあ。そう言わない」
軽やかな会話は驚くほど自然に流れていく。これが一般的な親子の会話なのだろう。が、自分が経験してきたそれとの差に、ついつい感心してしまう。
「ほら、早く入ってもらいなさいな。この暑いところお疲れさま」
言って、ジョーの母は身を引いた。ジョーが扉を引き受けてわたしを先へと促す。
お邪魔します、と声をかけつつ足を踏み入れると、二階から重みのある足音が下りてきた。
「いらっしゃい。はじめまして、丈の二番目の兄の良次です」
笑顔で挨拶したのは気さくな感じの男だった。ジョーとは違い、一見して格闘技の経験者だと分かる体躯だ。バツイチの兄、とジョーが言っていたのを思い出す。
「はじめまして。名取葉子と申します」
歳はわたしと変わらないくらいだ。傍から見ればこちらの方がお似合いな年齢だろう。
「リョウ兄は来なくてもいいのに」
ジョーは不服げに唇を尖らせる。良次さんは笑った。
「兄さんがいないなら、俺が父親代わりだからな」
「……だったら最初からコウ兄のとこ行く」
「またまたー、照れちゃって」
ジョーの父は十年前に他界したと聞いた。享年65歳だそうだ。自分に置き換えて後二十年かと思っていると、ジョーは指折りながら言っていた。
俺が65歳なら、ヨーコさん80歳でしょ。ヨーコさんのおばあちゃん並に長生きされちゃうとちょっと寂しい想いさせちゃうかもしれないけどーーあ、俺が75まで頑張ればいいのか。がんばるね。
わたしは何も言っていないのに、勝手に話して勝手に納得する。彼の発想はマイナスで終わることがないらしい。何であっても、たいがい最後は清々しい笑顔で終わる。ついついネガティブに考えがちなわたしは、それも才能だなと思わず感心してしまう。
ダイニングの横には、アップライトピアノが置いてあった。母がピアノの先生だった、と言っていたのを思い出す。あのピアノを、幼いジョーも弾いたのだろうか。
隣り合ったジョーの母と兄に向き合い、食卓に座る。持参した手土産を渡すと、温かい紅茶を出してくれた。
椅子は五脚ある。それを眺めるともなしに眺めていると、ジョーが説明した。
「俺と歳が一番近いのは姉ちゃんなんですけど、それでも十一離れてるんで。俺が大人用の椅子に座るようになる頃には、上の方は大学生で一人暮らしだったから……簡易椅子ならありますよ」
ほらと指し示すのはスツール代わりに置いてある丸椅子だ。人数が多くなったらあれを持ってくるのだと言われ、ついつい笑った。
「え?今の面白かったっすか?」
「うちは一人っ子やさかい。全員集まっても四人、子どもはうちだけやった」
その上、人付き合いの好きな両親ではなかったので、近所の人とも親戚とも、家を行き来するほどの交流はない。小学生のときに一度だけ友人の家で誕生日パーティーをしたのが、誰かの家に上がり込んで楽しんだ唯一の思い出だ。
「賑やかやったろうね」
「そりゃあもう」
ジョーの母は、息子とよく似た目を細めた。笑うと年相応のシワが目尻に寄る。とはいえ、ジョーから聞いた70という年齢には見えない若々しさは、その目の輝きにあるのかもしれない。
「男、男、男、女ですからね。もう毎日大変ですよ。お兄ちゃんが蹴った殴った、おもちゃ取られたおかず取られた、これは僕のだ私のだ、って。私ももう髪振り乱して叫びつづけて、毎日戦争状態」
説得力に思わず苦笑する。
「大変でしたね。……でも」
幸せそう。
子育ての経験もない人間がそう言うのは失礼な気がして黙り込むと、ジョーの母はにこにこしながらそうねと頷いた。
「当時は余裕もなかったけど、だからこそ今思えば一瞬よね。もう子育ても落ち着いたと思ったときに丈ができて、ああまた一からかと思ったけれど、チーママチーパパがいるからそうでもなかったわ」
「姉ちゃんほとんど親代わりだったもんね」
「弘一だってそうよ。可愛い可愛いって、おむつ替えは誰がやるって争奪戦」
少年少女が弟のおむつ替えのために繰り広げる争いを想像して、また噴き出す。
「だからなんですね」
よく似た六つの目がうちの顔に向いた。
「丈くんが、こんなに前向きなのは」
誰からも存在を脅かされることなく守られ、愛情を注がれ、すくすくと育った結果ーー
「ものは言いようだね」
笑ったのは良次さんだった。
「俺からすれば、御都合主義でワガママで強引な典型的末っ子。時々面倒くさい」
言われてまた噴き出す。すべて、最初に自分がジョーに抱いていた印象そのものだ。
「あ、やっぱり葉子さんもそう思ったんでしょ。その笑い」
「それは……ナイショです」
口元に指を押し当てて小さい声で言うと、ジョーがその手をぐいと下げさせた。
「駄目っ!それ良次兄さんにしちゃ駄目!ていうか俺以外の男の前でしちゃ駄目!!」
その目が涙ぐんでいて必死なので、訳が分からないまま頷く。良次さんが腹を抱えて笑い出した。
「そうだな、その方がよさそうだ」
さすが五人の子供がいただけある。二階建ての家を見上げていると、ジョーが苦笑した。
「ヨーコさんちほど広くないですけど」
「あれは田舎やからや」
「ここだって田舎っすよ」
言いながら、ジョーは玄関へと入っていく。呼び鈴を鳴らしてただいまと告げると、軽い足音が聞こえ、がちゃりとドアが開いた。
ジョーとよく似た丸い目。思いの外、小柄な身体がひょこりと覗く。
ジョーの身長は父親譲りかと思いつつ、お辞儀した。
「いらっしゃい、葉子さん。待ってたわ」
「リョウ兄は?」
「そりゃ、いるわよ。ジョーのいい人が来るなら俺が見定めてやる、なんて言ってるわ」
「うわぁ、いい迷惑。だいたい、一番見る目がないくせに」
「まあまあ。そう言わない」
軽やかな会話は驚くほど自然に流れていく。これが一般的な親子の会話なのだろう。が、自分が経験してきたそれとの差に、ついつい感心してしまう。
「ほら、早く入ってもらいなさいな。この暑いところお疲れさま」
言って、ジョーの母は身を引いた。ジョーが扉を引き受けてわたしを先へと促す。
お邪魔します、と声をかけつつ足を踏み入れると、二階から重みのある足音が下りてきた。
「いらっしゃい。はじめまして、丈の二番目の兄の良次です」
笑顔で挨拶したのは気さくな感じの男だった。ジョーとは違い、一見して格闘技の経験者だと分かる体躯だ。バツイチの兄、とジョーが言っていたのを思い出す。
「はじめまして。名取葉子と申します」
歳はわたしと変わらないくらいだ。傍から見ればこちらの方がお似合いな年齢だろう。
「リョウ兄は来なくてもいいのに」
ジョーは不服げに唇を尖らせる。良次さんは笑った。
「兄さんがいないなら、俺が父親代わりだからな」
「……だったら最初からコウ兄のとこ行く」
「またまたー、照れちゃって」
ジョーの父は十年前に他界したと聞いた。享年65歳だそうだ。自分に置き換えて後二十年かと思っていると、ジョーは指折りながら言っていた。
俺が65歳なら、ヨーコさん80歳でしょ。ヨーコさんのおばあちゃん並に長生きされちゃうとちょっと寂しい想いさせちゃうかもしれないけどーーあ、俺が75まで頑張ればいいのか。がんばるね。
わたしは何も言っていないのに、勝手に話して勝手に納得する。彼の発想はマイナスで終わることがないらしい。何であっても、たいがい最後は清々しい笑顔で終わる。ついついネガティブに考えがちなわたしは、それも才能だなと思わず感心してしまう。
ダイニングの横には、アップライトピアノが置いてあった。母がピアノの先生だった、と言っていたのを思い出す。あのピアノを、幼いジョーも弾いたのだろうか。
隣り合ったジョーの母と兄に向き合い、食卓に座る。持参した手土産を渡すと、温かい紅茶を出してくれた。
椅子は五脚ある。それを眺めるともなしに眺めていると、ジョーが説明した。
「俺と歳が一番近いのは姉ちゃんなんですけど、それでも十一離れてるんで。俺が大人用の椅子に座るようになる頃には、上の方は大学生で一人暮らしだったから……簡易椅子ならありますよ」
ほらと指し示すのはスツール代わりに置いてある丸椅子だ。人数が多くなったらあれを持ってくるのだと言われ、ついつい笑った。
「え?今の面白かったっすか?」
「うちは一人っ子やさかい。全員集まっても四人、子どもはうちだけやった」
その上、人付き合いの好きな両親ではなかったので、近所の人とも親戚とも、家を行き来するほどの交流はない。小学生のときに一度だけ友人の家で誕生日パーティーをしたのが、誰かの家に上がり込んで楽しんだ唯一の思い出だ。
「賑やかやったろうね」
「そりゃあもう」
ジョーの母は、息子とよく似た目を細めた。笑うと年相応のシワが目尻に寄る。とはいえ、ジョーから聞いた70という年齢には見えない若々しさは、その目の輝きにあるのかもしれない。
「男、男、男、女ですからね。もう毎日大変ですよ。お兄ちゃんが蹴った殴った、おもちゃ取られたおかず取られた、これは僕のだ私のだ、って。私ももう髪振り乱して叫びつづけて、毎日戦争状態」
説得力に思わず苦笑する。
「大変でしたね。……でも」
幸せそう。
子育ての経験もない人間がそう言うのは失礼な気がして黙り込むと、ジョーの母はにこにこしながらそうねと頷いた。
「当時は余裕もなかったけど、だからこそ今思えば一瞬よね。もう子育ても落ち着いたと思ったときに丈ができて、ああまた一からかと思ったけれど、チーママチーパパがいるからそうでもなかったわ」
「姉ちゃんほとんど親代わりだったもんね」
「弘一だってそうよ。可愛い可愛いって、おむつ替えは誰がやるって争奪戦」
少年少女が弟のおむつ替えのために繰り広げる争いを想像して、また噴き出す。
「だからなんですね」
よく似た六つの目がうちの顔に向いた。
「丈くんが、こんなに前向きなのは」
誰からも存在を脅かされることなく守られ、愛情を注がれ、すくすくと育った結果ーー
「ものは言いようだね」
笑ったのは良次さんだった。
「俺からすれば、御都合主義でワガママで強引な典型的末っ子。時々面倒くさい」
言われてまた噴き出す。すべて、最初に自分がジョーに抱いていた印象そのものだ。
「あ、やっぱり葉子さんもそう思ったんでしょ。その笑い」
「それは……ナイショです」
口元に指を押し当てて小さい声で言うと、ジョーがその手をぐいと下げさせた。
「駄目っ!それ良次兄さんにしちゃ駄目!ていうか俺以外の男の前でしちゃ駄目!!」
その目が涙ぐんでいて必死なので、訳が分からないまま頷く。良次さんが腹を抱えて笑い出した。
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