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第参章 想定外のプロポーズ

11 誰がために

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 棺の中に横たわった祖母が見えた。ただ眠っているようにも見えるが、その肌は蝋人形のように血の気がない。
 血の気がない、というのはこういうことかと、その肌を見ながら思う。最後に会いに来たのは年末だ。横になったきりだった祖母は、目も開けず、会話もできず、わたしはただ手を握って帰った。それでも、生きている者の色をしていた。と思い出す。
(なんであのとき、ジョーを連れて行かへんかったんやろ)
 暖かい祖母の手に触れられる最後の機会だと分かっていたら。
 いや、それでも、きっとわたしはジョーを誘わなかったに違いない。
 彼はいつか、わたしの元を離れるだろうと思っていたのだから。
 だから、いつでもわたしの元を離れられるようにと。
 プロポーズを受けるそのときまで、ずっと。
 同じく、祖母の死とて、ずいぶん前から覚悟しているつもりだった。
 それなのに感じるこの空虚感。結局何をしていても、大切な人の別れに際しては後悔するものなのだろう。
 立ったままそんなことを考えているわたしをよそに、ジョーが棺の上に屈み込んだ。
 子どもに言い聞かせるような声で、祖母に語りかける。
「おばあちゃん。大事な大事な葉子さん、ちゃんと白無垢もドレスも着てもらいますから、楽しみにしててくださいね」
 ジョーは話しかけながら、かたくなったその手をさすった。
「僕ら、二人で幸せになりますよ。ーー見守っててください」
 穏やかで優しい声音とその表情はあまりに自然で、祖母がまだ生きていると錯覚するほどだった。
 死した人の身体。身内ですら、触れるに一瞬の躊躇を覚えるその手に、ジョーは当然のように触れている。
「……おおきに」
 わたしは呟くように言った。
(この男、考えようによっては、ずいぶんオオモノかもしれへんなぁ)
 口元には微笑が浮かぶ。わたしもジョーにならって棺に屈み込んだ。
「おばあちゃん。ーー見ててな」
 めいっぱい、着飾るさかい。
 自分には縁がないまま終わると思っていたドレスや白無垢。
 写真だけでも祖母に見てもらおうと、見てもらいたいと、思っていた姿。
 ーーきれいよ。葉子さん。
 そう言って笑う祖母の顔を思い出した。
 ほとんど皮と骨ばかりになった、暖かい手を思い出した。
 わたしは震える手を、そっと祖母の頬に伸ばす。しわだらけの顔。もう温もりのない皮膚。わたしの呼吸は震え、涙があふれた。
 震えるわたしの肩を、ジョーが何も言わずに抱く。静かで温かかったが、その手にはしっかりとーー掴まれた肩が痛いほどに、力が込もっていた。
 ここにいていいのだと、わたしに教えてくれる確かな力。
 ここからいなくなるなと、わたしを求める確かな想い。
 大切に想う人を亡くしたわたしが、これから大切にすべき人の手。
 わたしはどうにか、微笑みを浮かべた。
「おばあちゃん。ーー今まで、ありがとうな」
 祖母はわたしの支えだった。
 心身を、他に侵され、踏みにじられてもなお、ここまで生きて来たのは。
 祖母がいてくれたからだ。
(もう自分がいなくなっても大丈夫やて、分かったんかな)
 肩に添えられたジョーの手を、わたしの手で覆う。
 わたしよりも張りのある筋張った甲を、そっと撫でた。
 わたしは目を上げ、ジョーを見上げる。
 ジョーも優しい目をわたしに返した。

 もう一度祖母へと目線を落としたとき、動く筈のない祖母が、ふわりと微笑ったような気がした。
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