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第参章 想定外のプロポーズ

04 家族

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 ジョーと話し合った結果、夏休みを利用して互いの実家に挨拶に行くことになった。
 母と向き合うのは憂鬱だったが、せめて一言は挨拶をしたいと言うジョーの気持ちも分かる。
「……うちはええよ、戸籍も入れず、事実婚でも」
 そうすれば、互いの親への挨拶も流せるのではないか。そう、狡い自分が囁く。
「いや、ヨーコさんが別々のままがいいって言うなら考えますけど」
 ジョーが苦笑した。
「俺は、なんかこう、家族になったっていう証明みたいなのが欲しいです」
 照れ臭そうに笑うのを、駄目とも言えない。
 すっかり彼にほだされているのを自覚したが、そうとなれば互いの親へ挨拶も無しにとは行かないだろう。
 わたしも渋々腹をくくった。

 実家から祖母がいなくなって以降、わたしと両親の関係は、ゲリラ的にかかってくる母からの電話だけで繋がっている。
そしてそこに、父の話は出て来ない。大体が祖母についての話で、担う介護の負担について半ば愚痴じみたそれである。
 毎日通うその負担は相当だろう。しかし祖母は姑ではなく母の実母である。
そして、家事に逃げて子どもと向き合わずに過ごした母の代わりに、わたしという子どもを育ててくれた祖母である。
 恩がすべてとは思わないが、もう少し前向きにとらえることはできないのか。
 もしかしたら、母の立場に立ってみれば、実母だからこそ苦しいのかもしれない。
 元気だったときの姿を知っているからこそ、血がつながっているからこそ、冷静になれないのかもしれない。その中にあっても、ほぼ毎日顔を出している母は、褒められて然るべきなのかもしれない。
 それがただ、義務感から生じた行動であっても。
 そして、それを娘に毎週のように愚痴っているとしても。
 もしかしたら。
 かもしれない。
 そう、いずれも可能性の問題だ。
 全て含めて、分からない。
 もうあまりにも、時間が経ちすぎてしまった。わたしが実家を出てから。母と折り合いがつかなくなってから。娘として母と向き合うことを、あきらめてしまってから。
 分からない。
 それでも、母のようになりたくない、という想いだけは確かだった。
 分からないことばかりの中で、その想いだけはわたしの中に根付いている。
 揺らぐことなく、確固として。

「……家族、か」
 わたしは小さく呟いた。
「家族、て何やろうな」
 ジョーが首を傾げる。
 わたしは彼の無邪気な視線を受け止め切れず、目を反らした。
 分からない。
 考えることを避け続けてきたことだから。
 分からない。
 家族であるとは。家族になるとは。
 一体、何なのだろう。
 人は何を望んで、家族になろうとするのだろう。
 知らず、呼吸が浅くなった。
 ジョーがいる。隣にいてくれる。その気配で自分を落ち着かせる。
 わたしのつぶやきにも、ジョーは変な勘繰りはしない。ただ言葉のまま受け止め、首を傾げる。
「そう言われれば、何でしょうね」
 ジョーはからっと笑った。何も気にしていないように。
 いや、事実、彼は気にしていないのだろう。いくらわたしが深刻な顔をしていても。
 だからこそ、救われるときがある。
 それが同時に、少しだけ悔しくもある。
「別に、何でもいいんじゃないですか。家族って言葉は便利だから使うけど、結局どういう在り方なのかはそれぞれだし」
 にこりと白い歯が覗く。
 わたしは苦笑した。否、本当は、微笑もうとして失敗した。
 くしゃりと崩れたわたしの表情に、ジョーは何かを察したのか、察していないのか。
 ただ黙って微笑んだまま、わたしの後頭部に手を添えた。
 引き寄せられて額と額を合わせる。
 わたしの眼前に、丸い目が見えた。
「でも、俺にとっての結婚は、貴女の近くにいます、という意思表明です。ーー貴女が近くにいる、ということでもあるけど」
 ジョーの目は真っすぐだ。
 いつでも。
 時として、見据えられた身体がすくむほどに。
 わたしの汚れた部分も、いびつな部分も、彼の目はすっかり見透かしているのだろう。
 それでも、側にいたいのだと言ってくれる。
 嘘偽りでなく、心から。
 わたしの全てを、受けとめようとしてくれる。
 母とは違って。
「……さよか」
 小さい声は掠れた。
 母に会う。会わなくてはならない。
(ーー怖い)
 真っ先に立つ感情は、恐怖だった。
(そうや、怖いんや)
 また、あの冷たい目に晒されるのが。存在を否定されるのが。
 家。
 消えてなくなりたいと思いながら生きてきた場所。
 できるだけ、小さくなって。
 できるだけ、音を立てずに。
 ただ呼吸を繰り返した、息詰まる場所。
 そこにまた、立たなくてはならない。
 自分の足で。自分の意思で。
 黙り込むわたしに、ジョーが口を開いた。
「ヨーコさん。一人じゃないですよ」
 ジョーの目が弓なりに細められる。
 わたしだけに向けられる彼の優しさに、気づかないふりをしていると気づいたのは、いつだったろう。
 彼を心の中に引き入れて、失うのを恐れていたのは、そんなに昔の話ではない。
「俺も一緒です。これからは、いつでも」
 わたしは笑った。
 気弱な笑みになったのを自覚しつつ、
「それはそれで心配やな」
「そんなぁ」
 精一杯の強がりに、ジョーは大仰に落胆して見せた。
 その目に穏やかな優しさをたたえたまま。
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