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第弐章 安田丈の振る舞い
11 隣人
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「ヨーコさんっ、身体大丈夫ですか!?」
昼休みのチャイムが鳴るや否や財務部のドアを開けて入って来たワンコに、わたしは白い目を向ける。
「……あんた見て気分が悪くなったわ」
「あ、それはいつものことだから大丈夫ですねっ」
厭味にも笑顔で返され、わたしはつくづくと嘆息する。周りの社員がそのやり取りを耳にしてくすくす笑っていた。
「心配してるんでしょ、行ってあげたら? ヨーコちゃん」
言うのはチーフだ。
「……食欲ないので」
「でも、外の空気、吸っておいでよ。もしくは救護室で横になる?」
「あっ、俺運びます!」
目を輝かせて手を広げたジョーにまたちらりと目を向けた。
「賑やかやなぁ」
「それが俺の取り柄なんで!」
言われて思わず納得する。この後輩が黙っている様など逆に気味が悪くて見たくない。
わたしは吐息をつきながら立ち上がった。
「……お茶だけ飲んで来ます」
「行ってらっしゃいー」
「ジョー、ちゃんと見ててあげてね」
「はいっ、了解しました!」
口を開きかけたわたしよりも先に、ジョーがびしっと直立不動で返事をした。
わたしはまたやれやれと息を吐き出して、ジョーの横を通ってエレベーターホールへと向かう。
ジョーは黙ってついてきた。
外に出ても、ジョーは半歩斜め後ろを黙ってついて来る。しつけられた犬の散歩をしているような距離感だ。
「いつまでついて来るんや」
「だって、また倒れたらと思うと心配なんで。あ、気にしないでください。これ以上近づきませんから」
やりとりを交わして、また歩いていく。
ジョーは変わらず、半歩後ろをついて来る。ときどき通りの景色を眺め、ときどきわたしの横顔を見て、微笑む。
その気配に、わたしは耐えかねて立ち止まった。
「どうかしました?」
ジョーの丸い目がわたしをまっすぐに見つめる。
その目は少年のようにきらきらしていた。
(……どんな風に育てられたら、こんな目の男になるんやろ)
汚れなど、知らないような。
無垢で無邪気な。
(ドロドロに、汚れてるはずやのに)
何人もの女を、その手に抱き。
組み敷き。
犬のように貪ったはずだ。
その手で。
その身体で。
それなのに、彼のまとう空気には、わたしのようなーーそしてわたしの知る男たちのような、陰欝さはない。
(なんでやろ)
変な男だ。
今まで出会った男と、全く違う男だ。
黙って見上げるわたしを見て、ジョーが戸惑ったように首を傾げる。
「……あの、ヨーコさん?」
わたしは厚い唇を引き結び、視線を落とす。
「……なんで、あんたそこまで」
言いかけて、やめた。
ジョーがぱっと目を輝かせた気配を察したからだ。
「そりゃ、ヨーコさんのことがーー」
「要らん。もうええわ」
ふいと顔を反らし、歩き始める。
「えっ、何でですかっ。聞いてくれないんですか? ヨーコさんへの想い」
ジョーはまた半歩後ろをついて来る。
「要らんわ」
「えええそんなぁ」
がっかりと肩を落としながら、ジョーはわたしの斜め後ろでぽつりと続けた。
「まあ、でも確かに、俺も昼休みの間で語り尽くせる気はしないです」
そのひどく本心らしい声音に、わたしは少し眉を寄せる。
胸中がそわそわと落ち着かない。
「ジョー」
全く彼を見もせずに、わたしは呼びかけた。
「え、な、なんですか?」
ジョーが慌てて、わたしの声を聞き取ろうと半歩踏み出す。
わたしは横に並んだジョーをちらりと見上げ、また前を向いた。
「隣、歩き。そんな中途半端なとこ歩きはるんは、ひとさまの迷惑や」
言うと、ジョーが頬を赤く染めて目を輝かせた。
「い、いいんですかっ」
「二度は言わへん」
「は、はいっ」
頷いてわたしの隣を歩きながら、横顔を覗いて来る。
わたしがちらりと目線をやると、ジョーはくしゃりと破顔した。
その顔は、やはり少年のように幼い。
まっすぐにわたしを見つめて、ジョーは言った。
「ありがとうございます、ヨーコさん」
「何のことや」
「隣、歩けて嬉しいです」
わたしは黙った。唇を引き結ぶ。
わたしの隣で、ジョーは顔を見なくても分かるほどご機嫌な空気をまとわせていた。
***
しばらくの間、更新のメインは『色ハくれなゐ~』に移り、合間に幕間を公開します。
(『モテ男とデキ女の奥手な恋』の後日談を含みます)
昼休みのチャイムが鳴るや否や財務部のドアを開けて入って来たワンコに、わたしは白い目を向ける。
「……あんた見て気分が悪くなったわ」
「あ、それはいつものことだから大丈夫ですねっ」
厭味にも笑顔で返され、わたしはつくづくと嘆息する。周りの社員がそのやり取りを耳にしてくすくす笑っていた。
「心配してるんでしょ、行ってあげたら? ヨーコちゃん」
言うのはチーフだ。
「……食欲ないので」
「でも、外の空気、吸っておいでよ。もしくは救護室で横になる?」
「あっ、俺運びます!」
目を輝かせて手を広げたジョーにまたちらりと目を向けた。
「賑やかやなぁ」
「それが俺の取り柄なんで!」
言われて思わず納得する。この後輩が黙っている様など逆に気味が悪くて見たくない。
わたしは吐息をつきながら立ち上がった。
「……お茶だけ飲んで来ます」
「行ってらっしゃいー」
「ジョー、ちゃんと見ててあげてね」
「はいっ、了解しました!」
口を開きかけたわたしよりも先に、ジョーがびしっと直立不動で返事をした。
わたしはまたやれやれと息を吐き出して、ジョーの横を通ってエレベーターホールへと向かう。
ジョーは黙ってついてきた。
外に出ても、ジョーは半歩斜め後ろを黙ってついて来る。しつけられた犬の散歩をしているような距離感だ。
「いつまでついて来るんや」
「だって、また倒れたらと思うと心配なんで。あ、気にしないでください。これ以上近づきませんから」
やりとりを交わして、また歩いていく。
ジョーは変わらず、半歩後ろをついて来る。ときどき通りの景色を眺め、ときどきわたしの横顔を見て、微笑む。
その気配に、わたしは耐えかねて立ち止まった。
「どうかしました?」
ジョーの丸い目がわたしをまっすぐに見つめる。
その目は少年のようにきらきらしていた。
(……どんな風に育てられたら、こんな目の男になるんやろ)
汚れなど、知らないような。
無垢で無邪気な。
(ドロドロに、汚れてるはずやのに)
何人もの女を、その手に抱き。
組み敷き。
犬のように貪ったはずだ。
その手で。
その身体で。
それなのに、彼のまとう空気には、わたしのようなーーそしてわたしの知る男たちのような、陰欝さはない。
(なんでやろ)
変な男だ。
今まで出会った男と、全く違う男だ。
黙って見上げるわたしを見て、ジョーが戸惑ったように首を傾げる。
「……あの、ヨーコさん?」
わたしは厚い唇を引き結び、視線を落とす。
「……なんで、あんたそこまで」
言いかけて、やめた。
ジョーがぱっと目を輝かせた気配を察したからだ。
「そりゃ、ヨーコさんのことがーー」
「要らん。もうええわ」
ふいと顔を反らし、歩き始める。
「えっ、何でですかっ。聞いてくれないんですか? ヨーコさんへの想い」
ジョーはまた半歩後ろをついて来る。
「要らんわ」
「えええそんなぁ」
がっかりと肩を落としながら、ジョーはわたしの斜め後ろでぽつりと続けた。
「まあ、でも確かに、俺も昼休みの間で語り尽くせる気はしないです」
そのひどく本心らしい声音に、わたしは少し眉を寄せる。
胸中がそわそわと落ち着かない。
「ジョー」
全く彼を見もせずに、わたしは呼びかけた。
「え、な、なんですか?」
ジョーが慌てて、わたしの声を聞き取ろうと半歩踏み出す。
わたしは横に並んだジョーをちらりと見上げ、また前を向いた。
「隣、歩き。そんな中途半端なとこ歩きはるんは、ひとさまの迷惑や」
言うと、ジョーが頬を赤く染めて目を輝かせた。
「い、いいんですかっ」
「二度は言わへん」
「は、はいっ」
頷いてわたしの隣を歩きながら、横顔を覗いて来る。
わたしがちらりと目線をやると、ジョーはくしゃりと破顔した。
その顔は、やはり少年のように幼い。
まっすぐにわたしを見つめて、ジョーは言った。
「ありがとうございます、ヨーコさん」
「何のことや」
「隣、歩けて嬉しいです」
わたしは黙った。唇を引き結ぶ。
わたしの隣で、ジョーは顔を見なくても分かるほどご機嫌な空気をまとわせていた。
***
しばらくの間、更新のメインは『色ハくれなゐ~』に移り、合間に幕間を公開します。
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