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第弐章 安田丈の振る舞い
04 恋愛ごっこ
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「ほな」
「ええ、また」
食事を堪能した後、四人で連れだって外へ出た。
すっかり焼肉の臭いが服や髪についてしまったが、爽やかな美男子を前にしての夕飯の機会などめったにない。
しっかり堪能させてもらった。
わたしが手を上げると、マーシーも手を挙げて応えた。その隣には当然のようにアーヤが立っている。
「ええなぁ。これから二人でしっぽりか」
ついつい本音が漏れると、アーヤが赤面して慌てた。
「よ、ヨーコちゃんっ」
その隣でマーシーは笑って、アーヤの頭にぽんと手を置いた。
「そういや、名取さん。社内に噂、振り撒いてくれてありがとうございました」
表面上は爽やかな微笑みだが、目がいたずらっぽく輝いている。
「何のことや?」
わたしは首を傾げてすっとぼけて見せた。
九州に発つ直前に二人の想いが通じ合ったことは、わたししか知らなかった。
しかし、彼が九州へ発ってから雰囲気が一変したアーヤに、何かあったと他の職員が感づかない訳もない。その中の一人である山崎部長ーーマーシーを忘年会に無理矢理誘った張本人ーーに問われて、知っていることを素直に答えたまでだ。
もちろん、その後の展開がおおかた予想できたのは確かだが。
今や噂は、財務部のみならず、同じフロアの事業部、そして他フロアへとも広がりつつある。
「なんや。今日はそのお礼ってこと。ーーそんな気ィ使わんでよかったのに」
もちろん厭味だが、あくまでおっとりと返す。マーシーは笑った。
「いやぁ。俺もかわいい後輩を置いていくのが心配だったんで。手綱を握ってくれる人がいるなら安心できます」
「手綱って。俺マーシーの飼い犬っすか」
「違うんか」
「え。よ、ヨーコさんの飼い犬になら喜んでーー」
「ほな、元気でな」
わたしがジョーの言葉を遮って去ろうとすると、マーシーは大ウケしている。
「ま、悪い奴じゃないですから。めんどくさい奴かもしれないですけど」
「余計たちが悪いわ。勧めんといてくれる?」
わたしはジョーに目もやらず嘆息する。
「アーヤとうまくいく前に、一度迫っとくべきやったわ」
あえて色気を混ぜた吐息とともに呟くと、マーシーが苦笑して口を開きかけた。が、
「えっっ」
先に聞こえたのは、アーヤの驚愕したような声だった。
わたしとマーシーはアーヤに目をやる。硬直したアーヤの見開いた目が、だんだんと潤んできた。
「何だよ、橘」
マーシーが低い声で問う。その声は聞いたこともないほどに優しい。
自分にかけられたわけでもないその声に、わたしの女の部分が甘く疼いた。
「か、勝てる気がしない……」
ふるふると小さく震えるアーヤを目に、マーシーはまたぷぷっと噴き出した。
「だからお前に色気とか誰も」
「うるさーい!うるさいうるさいー!」
アーヤはまたしてもマーシーの肩に、ぽかすかと力無いパンチを食らわす。
(ほんに、三十路過ぎのカップルとも思えん初心さやな)
思うと同時に、やるせなさが胸に広がる。そうではなく、ただ自分が穢れすぎているだけかもしれない。
わたしは苦笑して見せた。
「惚気は勘弁してや。まあ楽しい夜を」
「どうも」
アーヤのぽかすか攻撃を両手首を掴んで止めたマーシーは、わたしに目をやり答えた。
「そうさせてもらいます」
その目は、アーヤを見ていた目のまま優しく蕩けている。
その甘やかな視線が、ぞわり、と腰に響いた。
(その目ーー他の女に見せたらあかんで)
わたしはかろうじて、浮かべた笑みを保持した。
「ちょ、ちょっとぉ」
羞恥に赤くなったアーヤは、なにやらじたばたしている。
「ほら、行くぞ」
マーシーはそれをなだめながら、引っ張るように連行した。
二人の背中を見送る。
マーシーの視線に覚えた下半身の疼きはまだ持続していた。
その疼きを唇に載せ、歪んだ笑みを形作る。
「あ、あの、ヨーコさん。またよさそうな店、見つけたんですけどーー」
二人の背中が小さくなったころ、ジョーが頬を紅潮させてわたしに言った。
「もしよければ、一緒にどうですか。この前のとこよりも少し広めの店なんですけどーー」
「ジョー」
ペラペラと話しつづけるジョーを、静かな呼びかけで止め、横目でジョーを見やる。
「うちが抱きたいなら、はっきりそう言いや」
マーシーからわたしに残された下半身の疼きとは別に、小さな苛立ちを感じつつジョーを見る。
「あんたが遊んでる若い子とうちを一緒にせんといて。うちに恋愛ごっこしてるエネルギーなんてあらへんわ」
「えーーあのーーそれって」
困惑したジョーの目を見上げ、わたしは笑った。なおも何か言おうとするジョーの唇に人差し指を押し付け、言葉が紡ぎ出されるのを止める。
「満たしてくれるならそれでええわ。ーー行くで」
わたしはジョーの返事も待たずに歩き出した。
マーシーたちが向かった駅とは反対側の、夜の街へ。
「ええ、また」
食事を堪能した後、四人で連れだって外へ出た。
すっかり焼肉の臭いが服や髪についてしまったが、爽やかな美男子を前にしての夕飯の機会などめったにない。
しっかり堪能させてもらった。
わたしが手を上げると、マーシーも手を挙げて応えた。その隣には当然のようにアーヤが立っている。
「ええなぁ。これから二人でしっぽりか」
ついつい本音が漏れると、アーヤが赤面して慌てた。
「よ、ヨーコちゃんっ」
その隣でマーシーは笑って、アーヤの頭にぽんと手を置いた。
「そういや、名取さん。社内に噂、振り撒いてくれてありがとうございました」
表面上は爽やかな微笑みだが、目がいたずらっぽく輝いている。
「何のことや?」
わたしは首を傾げてすっとぼけて見せた。
九州に発つ直前に二人の想いが通じ合ったことは、わたししか知らなかった。
しかし、彼が九州へ発ってから雰囲気が一変したアーヤに、何かあったと他の職員が感づかない訳もない。その中の一人である山崎部長ーーマーシーを忘年会に無理矢理誘った張本人ーーに問われて、知っていることを素直に答えたまでだ。
もちろん、その後の展開がおおかた予想できたのは確かだが。
今や噂は、財務部のみならず、同じフロアの事業部、そして他フロアへとも広がりつつある。
「なんや。今日はそのお礼ってこと。ーーそんな気ィ使わんでよかったのに」
もちろん厭味だが、あくまでおっとりと返す。マーシーは笑った。
「いやぁ。俺もかわいい後輩を置いていくのが心配だったんで。手綱を握ってくれる人がいるなら安心できます」
「手綱って。俺マーシーの飼い犬っすか」
「違うんか」
「え。よ、ヨーコさんの飼い犬になら喜んでーー」
「ほな、元気でな」
わたしがジョーの言葉を遮って去ろうとすると、マーシーは大ウケしている。
「ま、悪い奴じゃないですから。めんどくさい奴かもしれないですけど」
「余計たちが悪いわ。勧めんといてくれる?」
わたしはジョーに目もやらず嘆息する。
「アーヤとうまくいく前に、一度迫っとくべきやったわ」
あえて色気を混ぜた吐息とともに呟くと、マーシーが苦笑して口を開きかけた。が、
「えっっ」
先に聞こえたのは、アーヤの驚愕したような声だった。
わたしとマーシーはアーヤに目をやる。硬直したアーヤの見開いた目が、だんだんと潤んできた。
「何だよ、橘」
マーシーが低い声で問う。その声は聞いたこともないほどに優しい。
自分にかけられたわけでもないその声に、わたしの女の部分が甘く疼いた。
「か、勝てる気がしない……」
ふるふると小さく震えるアーヤを目に、マーシーはまたぷぷっと噴き出した。
「だからお前に色気とか誰も」
「うるさーい!うるさいうるさいー!」
アーヤはまたしてもマーシーの肩に、ぽかすかと力無いパンチを食らわす。
(ほんに、三十路過ぎのカップルとも思えん初心さやな)
思うと同時に、やるせなさが胸に広がる。そうではなく、ただ自分が穢れすぎているだけかもしれない。
わたしは苦笑して見せた。
「惚気は勘弁してや。まあ楽しい夜を」
「どうも」
アーヤのぽかすか攻撃を両手首を掴んで止めたマーシーは、わたしに目をやり答えた。
「そうさせてもらいます」
その目は、アーヤを見ていた目のまま優しく蕩けている。
その甘やかな視線が、ぞわり、と腰に響いた。
(その目ーー他の女に見せたらあかんで)
わたしはかろうじて、浮かべた笑みを保持した。
「ちょ、ちょっとぉ」
羞恥に赤くなったアーヤは、なにやらじたばたしている。
「ほら、行くぞ」
マーシーはそれをなだめながら、引っ張るように連行した。
二人の背中を見送る。
マーシーの視線に覚えた下半身の疼きはまだ持続していた。
その疼きを唇に載せ、歪んだ笑みを形作る。
「あ、あの、ヨーコさん。またよさそうな店、見つけたんですけどーー」
二人の背中が小さくなったころ、ジョーが頬を紅潮させてわたしに言った。
「もしよければ、一緒にどうですか。この前のとこよりも少し広めの店なんですけどーー」
「ジョー」
ペラペラと話しつづけるジョーを、静かな呼びかけで止め、横目でジョーを見やる。
「うちが抱きたいなら、はっきりそう言いや」
マーシーからわたしに残された下半身の疼きとは別に、小さな苛立ちを感じつつジョーを見る。
「あんたが遊んでる若い子とうちを一緒にせんといて。うちに恋愛ごっこしてるエネルギーなんてあらへんわ」
「えーーあのーーそれって」
困惑したジョーの目を見上げ、わたしは笑った。なおも何か言おうとするジョーの唇に人差し指を押し付け、言葉が紡ぎ出されるのを止める。
「満たしてくれるならそれでええわ。ーー行くで」
わたしはジョーの返事も待たずに歩き出した。
マーシーたちが向かった駅とは反対側の、夜の街へ。
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