上 下
34 / 36
3 マルヤマ百貨店へようこそ

34

しおりを挟む
 そして17日。成海とは東京で合流して、新幹線で新潟に向かった。もともと、先に祖父母に会いに行こうと思っていたけど、祖父母に予定があるというので先に佐渡で一泊の予定だ。
 新潟までが2時間、佐渡へはそこからフェリーで2時間だ。ジェットフォイルだと半分の時間になるらしいけど、急ぐ旅でもない。新潟駅で買ったお弁当をフェリーの中で食べることにした。

「チョイスが渋いって言われたよ、遠藤に」
「佐渡?」
「うん。でも、お前ららしいなって」

 お弁当を食べながらそんな話をして笑う。長らく友達だった恋人は、相変わらず気が置けない。ドキドキするけどほっとする。今までの彼氏と成海は全然違った。

「外、行こうよ。海、海」

 船内で昼食を食べ終えると、成海の腕を引っ張った。成海も笑いながらついて来る。
 ドアを押し開けてフェリーの甲板に出ると、潮風が頬を撫でていく。10月とはいえなかなかの肌寒さだ。ウィンドブレーカーを持ってきて正解だった。
 船底を覗き込み、ぼぼぼぼぼ、と船体が水を掻き分けて進む様子を見ている私に、「そんなことしてると酔うよ」と成海が苦笑した。
 私は顔を上げた。

「そういえば、成海、日本酒飲まないのに、よかったの? 新潟で」

 考えてみれば、成海がワイン以外のものを飲んでいる姿を見たことがない。新人時代に何度か、ビールを飲んでいるのは見た記憶があるけれど。
 問うと、成海が笑った。

「それ、優麻が言う?」
「え?」

 私がまばたきすると、成海は私の額をちょんと突いた。私は戸惑いながら突かれたそこを手で押さえる。

「優麻が言ったんじゃん。成海にビールと和酒は似合わないって」
「……あ」

 私は思わず、大口を開けて動きを止めた。

 え、うそ、うそ。
 もしかして、あんなくだらない、冗談みたいなノリで言った一言が、ずぅっと成海を縛り付けてたっていうの?

 私が最悪感に凍りついていると、成海はくつくつ笑いながら言った。

「冗談だっていうのはわかってたけど、優麻の前で飲む気にはならなくてーーでも、百貨店の人と飲んでたら伝わりそうだから、ついついワインばっかり飲んでた。ブランデーとかウィスキーは苦手だから」
「ご……ごめん……」

 私は困惑しながら、うつむきがちに成海を見上げる。「別にいいよ」と成海は笑った。

「俺が勝手にやってたことだから。遠藤の前では飲んでたし」
「そ、そうなの?」
「うん。て言っても、遠藤もあんまり和酒飲まないからちょっとだけどね」

 私は「はぁ」とため息のような相槌のような声をあげた。成海は笑って、私の頭をぽんぽんと叩いた。

「でも、もういいでしょ。解禁しても」
「も、もちろん。一人で飲んでも楽しくないし」
「よかった」

 成海は嬉しそうに目を細めた。謝罪の気持ちを込めてその手を握ったら、黙って優しく握り返してくれた。

 ***

 長時間船に乗っていたからか、佐渡に着いて地上に降りても、なんだか足元がふわふわして感じて、まだ船に乗っているみたいだった。

「不思議ー。慣性の法則?」
「いや、違うよ。それは違う」

 ふらつかないように慎重に歩きながら面白がる私に、成海のツッコミが入る。
 フェリーから降りると、そこはもう本土ではない島なのだ。なんだかそれだけでわくわくする。

「優麻、こっち」
「うん」

 成海に手を引かれてついていく。宿へはバスで移動するらしい。
 窓から風景を見てみたが、稲穂はすでに刈り取られた後だった。ちょっと期待していた私はがっかりする。

「ちょうど収穫が終わったところかもね」
「そうみたい。残念」

 私は肩をすくめて、隣に座る成海を見やる。

「でも、ほんとに一面、田んぼだね。もう少し早かったら、稲穂が一面に金色の絨毯みたいで綺麗だろうなぁ」
「そうだね」

 成海も微笑みを返す。その笑顔はいつもにまして穏やかだ。
 知り合いと会うことはまずないだろうから、互いにリラックスしきっている。

「今回よかったら、またそのうち来ようよ。今度は早めに休みもらって」
「ふふ。いいね。そうしよう」

 答えながら照れ臭くなる。
 そんな将来の約束も、今は繕うことなく自然とできる。
 きっと成海は、これからも私の側にいる。願うのではなくて、当然のようにそう思えるのだ。それが不思議だった。
 成海と視線を合わせて笑うと、手をつなぎ、彼の肩にそっと頭を乗せた。

 ***

 ついた旅館は見るからに高級そうだった。いつもビジネスホテルばかりだから、ドキドキしながら仲居さんに館内を案内してもらう。
 どうも近辺では温泉が出るらしいとは、バスに乗っている間にも察しがついていた。通された部屋に露天風呂がついていると見るや、私は思わず子どものように感嘆の声を挙げてしまった。

「喜んでくれた?」
「うん! すごいね。こんなとこ初めて!」
「よかった」

 成海は嬉しそうに微笑む。

「ご飯まで、少し時間あるよ。入ってみる?」
「うん、入る!」

 私が頷くと、成海は笑ってどうぞと示した。

「成海は入らないの?」
「ん……まずは、一人で入ってきたら?」
「えー、でも」

 私は首を傾げたけど、成海は穏やかに微笑むだけだ。そう言うならと頷いて、先にお湯をいただくことにした。

 身体を流してお湯につかると、ちょうど空が夕陽に染まってくる時間だった。熱めのお湯とひんやりした風。ビル一つない開放感ある風景に、ふわぁ、と声が出る。

「成海~。気持ちいいよ~。夕陽も綺麗だし、一緒に入ろ~」

 呼びかけると、成海がひょこりと部屋から顔を出した。

「いいの? 一人でゆっくりが良くない?」
「だって、ほらー」

 湯舟に身体を隠しながら空を指差すと、そちらを見た成海が微笑んだ。

「ほんとだ。綺麗な夕陽」
「ね。入ろ、入ろ」

 手招きすると、分かったからと苦笑が返ってきた。
 少しすると、ドアの開く音に続いて、身体を洗う音がする。ちらりと振り向いたけど、そんなにジロジロ見られるのも嫌だろうとまた外を見た。
 風が火照った肌を撫でていくのが気持ちいい。両手を伸ばして伸びをしていたら、成海が湯舟に入ってきた。
 ざばざばとお湯が流れる。私の隣に座った成海が「はぁ」と息をついた。
 髪からお湯のしずくが垂れて、目に入ったらしい。ぱちぱちまばたきする姿に笑い、前髪を掻き上げてやると、成海の目が私をとらえた。
 微笑まれ、微笑み返す。私の手が成海の頬に降り、成海の手が私の肩を引き寄せる。
 軽く唇を重ねて、至近距離にある互いの目を見つめる。どちらからともなく微笑んで、また重ねることを繰り返すうち、重なりは自然と濃密になっていく。
 少し長めのキスの後、私は成海の首に腕を回し、頬に頬を擦り寄せた。

「……のぼせちゃう」
「……でしょ?」

 だから言ったんだよ、と成海は笑った。私も照れながら笑い返して、軽いキスをしてお湯から上がった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

誘惑の延長線上、君を囲う。

桜井 響華
恋愛
私と貴方の間には "恋"も"愛"も存在しない。 高校の同級生が上司となって 私の前に現れただけの話。 .。.:✽・゚+.。.:✽・゚+.。.:✽・゚+.。.:✽・゚ Иatural+ 企画開発部部長 日下部 郁弥(30) × 転職したてのエリアマネージャー 佐藤 琴葉(30) .。.:✽・゚+.。.:✽・゚+.。.:✽・゚+.。.:✽・゚ 偶然にもバーカウンターで泥酔寸前の 貴方を見つけて… 高校時代の面影がない私は… 弱っていそうな貴方を誘惑した。 : : ♡o。+..:* : 「本当は大好きだった……」 ───そんな気持ちを隠したままに 欲に溺れ、お互いの隙間を埋める。 【誘惑の延長線上、君を囲う。】

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

○と□~丸い課長と四角い私~

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
佐々鳴海。 会社員。 職場の上司、蔵田課長とは犬猿の仲。 水と油。 まあ、そんな感じ。 けれどそんな私たちには秘密があるのです……。 ****** 6話完結。 毎日21時更新。

私の赤点恋愛~スパダリ部長は恋愛ベタでした~

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「キ、キスなんてしくさってー!! セ、セクハラで訴えてやるー!!」 残業中。 なぜか突然、上司にキスされた。 「おかしいな。 これでだいたい、女は落ちるはずなのに。 ……お前、もしかして女じゃない?」 怒り狂っている私と違い、上司は盛んに首を捻っているが……。 いったい、なにを言っているんだ、こいつは? がしかし。 上司が、隣の家で飼っていた犬そっくりの顔をするもんでついつい情にほだされて。 付き合うことになりました……。 八木原千重 23歳 チルド洋菓子メーカー MonChoupinet 営業部勤務 褒められるほどきれいな資料を作る、仕事できる子 ただし、つい感情的になりすぎ さらには男女間のことに鈍い……? × 京屋佑司 32歳 チルド洋菓子メーカー MonChoupinet 営業部長 俺様京屋様 上層部にすら我が儘通しちゃう人 TLヒーローを地でいくスパダリ様 ただし、そこから外れると対応できない……? TLヒロインからほど遠い、恋愛赤点の私と、 スパダリ恋愛ベタ上司の付き合いは、うまくいくのか……!? ***** 2019/09/11 連載開始

ズボラ上司の甘い罠

松丹子
恋愛
小松春菜の上司、小野田は、無精髭に瓶底眼鏡、乱れた髪にゆるいネクタイ。 仕事はできる人なのに、あまりにももったいない! かと思えば、イメチェンして来た課長はタイプど真ん中。 やばい。見惚れる。一体これで仕事になるのか? 上司の魅力から逃れようとしながら逃れきれず溺愛される、自分に自信のないフツーの女子の話。になる予定。

元カノと復縁する方法

なとみ
恋愛
「別れよっか」 同棲して1年ちょっとの榛名旭(はるな あさひ)に、ある日別れを告げられた無自覚男の瀬戸口颯(せとぐち そう)。 会社の同僚でもある二人の付き合いは、突然終わりを迎える。 自分の気持ちを振り返りながら、復縁に向けて頑張るお話。 表紙はまるぶち銀河様からの頂き物です。素敵です!

社内恋愛~○と□~

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
一年越しの片想いが実り、俺は彼女と付き合い始めたのだけれど。 彼女はなぜか、付き合っていることを秘密にしたがる。 別に社内恋愛は禁止じゃないし、話していいと思うんだが。 それに最近、可愛くなった彼女を狙っている奴もいて苛つく。 そんな中、迎えた慰安旅行で……。 『○と□~丸課長と四角い私~』蔵田課長目線の続編!

隣人はクールな同期でした。

氷萌
恋愛
それなりに有名な出版会社に入社して早6年。 30歳を前にして 未婚で恋人もいないけれど。 マンションの隣に住む同期の男と 酒を酌み交わす日々。 心許すアイツとは ”同期以上、恋人未満―――” 1度は愛した元カレと再会し心を搔き乱され 恋敵の幼馴染には刃を向けられる。 広報部所属 ●七星 セツナ●-Setuna Nanase-(29歳) 編集部所属 副編集長 ●煌月 ジン●-Jin Kouduki-(29歳) 本当に好きな人は…誰? 己の気持ちに向き合う最後の恋。 “ただの恋愛物語”ってだけじゃない 命と、人との 向き合うという事。 現実に、なさそうな だけどちょっとあり得るかもしれない 複雑に絡み合う人間模様を描いた 等身大のラブストーリー。

処理中です...