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1 マルヤマ百貨店の王子
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昔から、人を笑顔にするのが好きだ。
自分の気遣いや思いやり、声かけで、相手が笑顔になってくれると、自分も嬉しくなれる。
人と触れ合いたいからって、いくつか接客のバイトはしたけど、ただのレジやウェイトレスでは物足りなくて。
お客様を笑顔にして、自分も楽しいと思える接客をしたい、と入社した百貨店。
気づけば就職して10年目。
そっか、もう32になるんだもんなぁ。
そう気づいたのは研修の通知を見てからだ。
* * *
入社10年目のみなさんへ
日々、お仕事お疲れさまです。
毎日は充実していますか。それとも、マンネリに感じているでしょうか。
入社して10年。長かったですか。あっという間でしたか。
我々百貨店のお仕事では、お客様を思いやり、生活や人生に寄り添う姿勢が大切です。
それにはまず、自分自身の仕事や生活と向き合うことから。
入社してから10年目の節目に、いままでのこと、これからことを考えてみましょう。
研修テーマ「キャリア・ライフプランを考える」ーー
* * *
研修は、年度初めのばたつきが落ち着いたゴールデンウィーク明けに開かれた。
参加したのは同期27人。
就職したときには30人だったけれど、辞めた理由はそ、「夢だった自分の店を持つから」、「結婚後の夫の転勤に付き合うことになって」等々、仕事が嫌だから辞めたという話は本音ベースでも聞かないあたり、そこそこ優良企業だと思っている。
入社した頃は度々飲み会も開いた。互いに近況を報告したり、慣れない仕事の愚痴を言ったり。
が、20代も後半になればそれも減ってくる。
半数いた女子はほとんどが結婚し、男子もぼぼちぼち婚約だとか結婚だとか、でなければ婚活とかで騒いでいる。
未婚で彼氏もいない私にとっては寂しいことだが、みんなが幸せならそれでよし。この歳になると、同期だけではなく友人も、届くハガキが知らせるのは結婚の報告や新しい家族の報告のオンパレードだ。いちいち寂しがっていては身がもたない。
……なんていうのは、冗談半分、本音半分。
まあ、そんなわけで、久々にみんなが揃う研修日。当然そのまま解散を許すわけもなく、5分でも10分でも付き合え! と号令をかけて、研修会場近くの居酒屋を予約した私だった。
* * *
「……そろそろ、お時間となりますが」
「えー、2時間はやーい」
「そうだねー」
店員さんから声をかけられ、私が唇を尖らせると、横で同期が苦笑した。
「でも、俺帰るよ」
「えっ、なんで。あんた未婚だろ!」
「明日早番」
「くっ……」
「じゃ、俺も」
「待て待てーい! エンドゥー! お前は許さん!」
「なんでだよ!」
「外商担当だろ! そんな早い勤務ないだろ!」
「そんなんお前が知る話じゃないだろ!」
私が遠藤勝弘(かつひろ)とわいわい騒いでいる横で、広瀬成海(なるみ)が淡々とスマホを撫でていたと思ったら、「一人5000円ね」と声をかける。みんなそれぞれ返事をし、財布を取り出した。
「成海は! 明日は!」
「明日……なに?」
「遅番!? 休み!?」
「待て、早番という選択肢を消すな」
横からのエンドゥーのツッコミは無視して、どうなのよと成海の整った顔を睨みつける。
9等身以上ありそうな小さい顔に、二重のくせに切れ長の瞳。長いまつげと柔らかそうな髪。
売り場で「マルヤマ百貨店の王子」なんて呼ばれているのを知ったときには「ぶはっ」と噴き出したものだが、まあ今そんなことはどうでもいい。
「……休みだけど」
「よしっ」
「広瀬……」
成海の答えにガッツポーズする私を見て、エンドゥーが額を押さえる。私は唇を尖らせた。
「なによう、なによう。エンドゥー、冷たいんじゃないの? 一緒に楽しく過ごした夜を忘れたの?」
「要らない。そういうの、ほんと要らない」
「じゃあこないだホテルから一緒に出てきた女の子」
「黙れ。なんだよお前。何見てんの。いや、何言ってんの」
「相変わらずお盛んでいらっしゃる」
「違っ……」
エンドゥーは私に食ってかかろうとして、奥歯を噛み締め目を反らした。成海の冷たい視線が刺さったのだろう。
「くっそ……」
「ほら、成海がヤキモチ妬いてるじゃないの」
「……」
成海の冷たい視線が私に向いた。私は黙って目を反らす。
「さーて、二軒目どこ行こうかなー」
「いけにえはエンドゥーと広瀬か」
「いってらー」
「いけにえとはなんだ!」
ぎゃーぎゃーやるのも恒例のじゃれあいだ。みんなが笑っている横で、成海が会計を済ませる。
「ちなみにお釣りは二次会で使います」
「マジか! ちゃっかりしてんな!」
「さっすが成海! でかした!」
騒がしく店内を出ると、爽やかな夜風がほてった頬を撫でていく。
「ナギちゃん、いっつも幹事ありがとー。久々に飲めて楽しかったぁ」
ナギちゃん、とは私の苗字から来た呼び名だ。那岐山、でナギ。下の名前は優麻(ゆうま)だから、よく男と間違われる。
「ん、それはよかったー」
「子どもできるとほんと、飲み会とか行けないからさー」
「そうだよね。子どもたちと旦那さんによろしくねー」
子どものいる同期に笑顔で手を振り返す。
家庭のある人早番の人、そうじゃないけど帰る人、みんな楽しそうに話しながら駅に向かう。
私は長身の男二人を両腕に引っ掛けてそれを見送ると、
「うっし、行くぞ、ものども!」
「マジか……」
エンドゥーの呻きは無視して、成海とエンドゥーを道連れに夜の町へ繰り出した。
自分の気遣いや思いやり、声かけで、相手が笑顔になってくれると、自分も嬉しくなれる。
人と触れ合いたいからって、いくつか接客のバイトはしたけど、ただのレジやウェイトレスでは物足りなくて。
お客様を笑顔にして、自分も楽しいと思える接客をしたい、と入社した百貨店。
気づけば就職して10年目。
そっか、もう32になるんだもんなぁ。
そう気づいたのは研修の通知を見てからだ。
* * *
入社10年目のみなさんへ
日々、お仕事お疲れさまです。
毎日は充実していますか。それとも、マンネリに感じているでしょうか。
入社して10年。長かったですか。あっという間でしたか。
我々百貨店のお仕事では、お客様を思いやり、生活や人生に寄り添う姿勢が大切です。
それにはまず、自分自身の仕事や生活と向き合うことから。
入社してから10年目の節目に、いままでのこと、これからことを考えてみましょう。
研修テーマ「キャリア・ライフプランを考える」ーー
* * *
研修は、年度初めのばたつきが落ち着いたゴールデンウィーク明けに開かれた。
参加したのは同期27人。
就職したときには30人だったけれど、辞めた理由はそ、「夢だった自分の店を持つから」、「結婚後の夫の転勤に付き合うことになって」等々、仕事が嫌だから辞めたという話は本音ベースでも聞かないあたり、そこそこ優良企業だと思っている。
入社した頃は度々飲み会も開いた。互いに近況を報告したり、慣れない仕事の愚痴を言ったり。
が、20代も後半になればそれも減ってくる。
半数いた女子はほとんどが結婚し、男子もぼぼちぼち婚約だとか結婚だとか、でなければ婚活とかで騒いでいる。
未婚で彼氏もいない私にとっては寂しいことだが、みんなが幸せならそれでよし。この歳になると、同期だけではなく友人も、届くハガキが知らせるのは結婚の報告や新しい家族の報告のオンパレードだ。いちいち寂しがっていては身がもたない。
……なんていうのは、冗談半分、本音半分。
まあ、そんなわけで、久々にみんなが揃う研修日。当然そのまま解散を許すわけもなく、5分でも10分でも付き合え! と号令をかけて、研修会場近くの居酒屋を予約した私だった。
* * *
「……そろそろ、お時間となりますが」
「えー、2時間はやーい」
「そうだねー」
店員さんから声をかけられ、私が唇を尖らせると、横で同期が苦笑した。
「でも、俺帰るよ」
「えっ、なんで。あんた未婚だろ!」
「明日早番」
「くっ……」
「じゃ、俺も」
「待て待てーい! エンドゥー! お前は許さん!」
「なんでだよ!」
「外商担当だろ! そんな早い勤務ないだろ!」
「そんなんお前が知る話じゃないだろ!」
私が遠藤勝弘(かつひろ)とわいわい騒いでいる横で、広瀬成海(なるみ)が淡々とスマホを撫でていたと思ったら、「一人5000円ね」と声をかける。みんなそれぞれ返事をし、財布を取り出した。
「成海は! 明日は!」
「明日……なに?」
「遅番!? 休み!?」
「待て、早番という選択肢を消すな」
横からのエンドゥーのツッコミは無視して、どうなのよと成海の整った顔を睨みつける。
9等身以上ありそうな小さい顔に、二重のくせに切れ長の瞳。長いまつげと柔らかそうな髪。
売り場で「マルヤマ百貨店の王子」なんて呼ばれているのを知ったときには「ぶはっ」と噴き出したものだが、まあ今そんなことはどうでもいい。
「……休みだけど」
「よしっ」
「広瀬……」
成海の答えにガッツポーズする私を見て、エンドゥーが額を押さえる。私は唇を尖らせた。
「なによう、なによう。エンドゥー、冷たいんじゃないの? 一緒に楽しく過ごした夜を忘れたの?」
「要らない。そういうの、ほんと要らない」
「じゃあこないだホテルから一緒に出てきた女の子」
「黙れ。なんだよお前。何見てんの。いや、何言ってんの」
「相変わらずお盛んでいらっしゃる」
「違っ……」
エンドゥーは私に食ってかかろうとして、奥歯を噛み締め目を反らした。成海の冷たい視線が刺さったのだろう。
「くっそ……」
「ほら、成海がヤキモチ妬いてるじゃないの」
「……」
成海の冷たい視線が私に向いた。私は黙って目を反らす。
「さーて、二軒目どこ行こうかなー」
「いけにえはエンドゥーと広瀬か」
「いってらー」
「いけにえとはなんだ!」
ぎゃーぎゃーやるのも恒例のじゃれあいだ。みんなが笑っている横で、成海が会計を済ませる。
「ちなみにお釣りは二次会で使います」
「マジか! ちゃっかりしてんな!」
「さっすが成海! でかした!」
騒がしく店内を出ると、爽やかな夜風がほてった頬を撫でていく。
「ナギちゃん、いっつも幹事ありがとー。久々に飲めて楽しかったぁ」
ナギちゃん、とは私の苗字から来た呼び名だ。那岐山、でナギ。下の名前は優麻(ゆうま)だから、よく男と間違われる。
「ん、それはよかったー」
「子どもできるとほんと、飲み会とか行けないからさー」
「そうだよね。子どもたちと旦那さんによろしくねー」
子どものいる同期に笑顔で手を振り返す。
家庭のある人早番の人、そうじゃないけど帰る人、みんな楽しそうに話しながら駅に向かう。
私は長身の男二人を両腕に引っ掛けてそれを見送ると、
「うっし、行くぞ、ものども!」
「マジか……」
エンドゥーの呻きは無視して、成海とエンドゥーを道連れに夜の町へ繰り出した。
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