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.第3章 食べられ方のお作法

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 翠と菜摘が入ったのは、ジェラートショップだ。それぞれ一つずつ頼んで、店頭にあるテラス席に腰掛ける。

「はー。なんだかんだでよく歩いたね」
「そうですね」

 翠にうなずきを返して、冷たいジェラートを口に運ぶと、頬を押さえた。

「んっ――おいしい!」
「ほんとにおいしそうに食べるよねぇ」

 翠がまたしても「これ、食べていいよ」と自分の分を差し出す。「ありがとうございますっ」と目を輝かせて、菜摘はスプーンを持った手を伸ばした。
 菜摘が二種類、翠も二種類、計四種類食べられる。
 美人さんとランチにカフェ。初体験のエステまでして、なんて幸せな一日だろう。
 ほくほくしながらスプーンを咥えたところで、菜摘のスマホが震えた。

「? 誰だろ」

 カバンの中で軽く操作する。着信メッセージの名前を見て、えっとうろたえた。

「みみっ、みっ、みっ、翠さん!」
「な、なに? どうしたの?」
「か、かかかか、神南さん、から連絡が!」
「あら。よかったじゃない」

 翠はにこにこしながらジェラートを食べている。菜摘はあわあわしながら、ひとまずジェラートをコーンスタンドに慎重に置いて、スマホを両手で持ち直した。

「い、今、近くにいるから向かうって……」
「あら。さっきの写真に嫉妬しちゃったかな?」

 さっきの写真? と首をかしげかけ、あっと気づく。
 「送信」の先は嵐志だったのか。

「な、何か言ったんですか?」
「別にぃ? 菜摘ちゃんとデート中、って送っただけ」

 翠はくすくす笑いながら、ピースマークを作って見せた。

「でも、よかったじゃない。早速エステの効果を感じてもらえるチャーンス」
「こ、効果って……!」
「だーってこんなつやつやモチモチ、体感してもらわないともったいないでしょ」
「たっ、体感……!」

 思わず生々しい想像をしてしまう。
 落ち着かない気分になっていると、またスマホが震えた。

「ん? また何か来た?」

 聞かれて画面を見やり、そこに書いてある言葉に首を傾げた。
 ちらっと翠を見て、小声で読む。

「……翠さんと、早く離れろって」
「あっはははは、失礼なやつ。私のこと何だと思ってるんだろうねぇ、あの男は」

 翠は据わった目で笑うと、改めて菜摘ににっこりして見せた。

「私も、あいつが合流するまで一緒にいていい? 渡したいものがあるのよ」
「も、もちろん……」
「ありがと」

 にこっと笑う翠に、なんとなく腹の底の知れないものを感じつつ、嵐志に【待ってます】と返事をした。

 ***

 それから十分ほどしても、菜摘はまだジェラートと奮闘していた。
 とっくに食べ終えた翠はにこにこしながら菜摘が食べている姿を見ている。

「す、すみません、食べるの遅くて……」

 申し訳なさにそう言うと、翠は手を振った。

「いいよいいよ。ゆっくり食べて。……あ、でも、ここ溶けてる」
「えっ?」

 確認しようとひっくり返しかけたところで、ぽたんと滴がスカートに落ちた。「あっ」と二人の声が重なる。

「あらあらあら。急いで急いで」
「わわわ」

 翠が落ち着いてと笑って、カバンから出したウェットティッシュで服を拭いてくれる。
 手もベタベタだ。翠から差し出されたウェットティッシュを受け取ろうとしたとき、ジェラートを持った手を、温かいものが包んだ。

「あ」

 翠が目を丸くする。菜摘が顔を上げると、そこにはジェラートにかぶりつく嵐志の顔があった。

「か、かん……なみ、さん」
「うん」

 うなずいて応じた嵐志は、そのまま菜摘の手へと舌を伸ばす。
 ざらりとした舌の感触が触れ、ぞくっと甘い痺れを感じた。

「はわっ! あああああのっ」
「早く食べないと。どんどん溶けちゃうよ」

 ペロリと舌なめずりをして、嵐志は静かに目を細めた。
 泣きぼくろと合間って、色気の出力レベルが太陽の位置と合致していない。
 まだ、まだ時間が早すぎます!
 菜摘の頭が軽くパニックを起こしていると、ずずいと嵐志の顔が近づいてきた。

「それとも……俺に舐め取られる方がいい?」

 囁かれれば、耳が溶けそうに熱くなる。「あ、あの、えっと」と慌てていると、正面からため息が聞こえた。

「こらこら。人前でなーにイチャイチャしてんのよ」

 翠の声にはっと我に返る。うろたえて嵐志と翠を見比べると、嵐志は翠を睨みつけた。

「そっちこそ、なに人の彼女連れ回してるんだ」
「うわ、束縛系彼氏ってやつ? ウザー」
「お前に変なこと吹き込まれると困るんだ」
「変なことって、ああ、あれ? かわいすぎて……」

 嵐志の手に口を覆われ、翠がむぐっと言葉を止められた。
 嵐志の舌打ちが聞こえる。

「くっそ……人が仕事で忙しいってときにお前は……」
「あっ、す、すみません……」

 それもそうだ。嵐志は仕事で忙しいのに、こちらはすっかりまったり、休日を満喫していた。
 慌てて謝る菜摘に、今度は嵐志が慌てた。

「いや、違う、君のことじゃないよ。君は……うん? なんか、いつもよりいい匂いがするね?」
「そりゃそーよ。アロマエステでたーっぷり揉んでもらったんだから~」
「も、揉むって……」

 確かに、そうなのだけど。なんとなく、言い方が卑猥というか。故意的なものを感じるというか。
 案の定、嵐志の眉間にシワが寄る。

「エステ……? 揉む……?」
「嵐志くんが放置してる間に、健気に女を磨いてたのよ、菜摘ちゃんは」
「あっ、み、翠さん」

 それはナイショにすべきやつでは、と慌てた菜摘だったが、嵐志は違うところに反応したらしい。
 「翠さん……?」と菜摘の呼び方を繰り返して、にっこりと、珍しいくらいの笑顔を浮かべた。

「こいつと……ずいぶん仲良くなったみたいだね?」
「あっ、えっ?」

 仲良く、見えるんだろうか。翠と?
 そう言われると恐れ多いが、やっぱり嬉しい。はにかんで笑顔を返す。

「そう、でしょうか……仲良く……してもらいました」

 えへへ、と照れると、嵐志がくっ、とうめいた。「かわいすぎる……」と呟いた気がするが、菜摘にはよく分からない。
 けれど、気になっていたことをおずおずと訊ねた。

「あの……神南さん。今日もお仕事なのでは?」
「終わった。終わったことにした」

 終わった……ことにした、とは?
 首を傾げる菜摘に、翠が「あはははは」と笑う。

「たまにはいいんじゃない、そういうのも。ま、明日は休みだし、ゆっくり過ごしなさいな。はい、これ。私からのお土産」
「……なんだよこれ」
「さぁ? 久々に彼女ができた同僚にお祝いよ」

 翠は白い紙袋を嵐志に押し付けて立ち上がった。
 菜摘にヒラっと手を振り、ウインクを一つ。

「それじゃあ、菜摘ちゃん、またね。いい夜を」
「は、はいっ」

 思わず張り切って答えてから、菜摘ははっと顔を押さえた。
 い、いい夜をって……もしかして、そういう意味?
 おずおずと見上げた嵐志は、「ったく、あいつは……」と呆れたようなため息をついた。
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