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.10 卒業まで
65 卒業
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「あれぇ? 慶次郎も一緒だったんだ」
カフェを出た俺たちと合流するや、礼奈が目を丸くして俺と彼を見比べた。
礼奈も礼奈で、もう一人、なんとなく見覚えがある(ような気がする)女子と一緒におる。
慶次郎。……慶次郎かぁ。
「……苗字は前田?」
「んなわけないでしょう。……親が好きなだけっす」
定番のボケをかましたつもりやったけど、本気で嫌そうな顔をするんで、「ええやん、カッコええやん」言うたらますます嫌そうな顔をした。
なんやろ、嫌われとるんやろか。まあそうかもしれんなぁ。
「栄太兄、撮って撮って!」
「おぅ、ええで」
いつもより数割増し弾んだ声の礼奈にうなずいて、差し出されたスマホを受け取る。
「慶次郎くん、私もいい?」
「ああ」
たぶんそれが慶次郎クンの彼女なんやろう、えんじ色の着物に濃緑の袴を身につけたもう一人の女子がそう言ってスマホを差し出した。
慶次郎クンと一緒に、結婚式のときに来とったような気がする――けど、話したわけでもないからはっきりとは覚えてへん。
「撮るでー。笑ってなー」
「そう言うなら一発笑わせてくださいよ」
「何言うてんの慶次郎クン、関西人がみんな笑い取れる人間ばっかやと思うたら大間違いやで!」
「そこ、胸張るとこっすか」
俺と慶次郎クンとのやりとりに、慶次郎クンの彼女が目を輝かせた。
「分かるぅ。ほんまそれ分かるぅ……関西に生まれたからって、みんなしゃべり得意なわけやないですよねー!」
「ハルはいいよ、別に笑わせなくても」
慶次郎クンのフォローに、「でもそう思われてるんやないかって気になるねん!」と拳を握ってはる。
「君も関西? 通りでイントネーションが」
「そうなんですー! 金田さん奈良でしたっけ?」
「うん。君は?」
「大阪で!」
「ああー、本場やん、て言われるやつやな」
「そうなんですよー! 私笑い取るなんて無理やのにー!」
ハルと呼ばれた女子と関西人アルアルで盛り上がる。隣の慶次郎クンがなんとも言えん顔をしとるんで、思わずニヤリと肘でつついた。
「なにヤキモチ妬いとんねん、青年」
「違います。別に。そんなじゃないです」
冗談のつもりが、冷たく言い返されたんで肩をすくめた。女子ふたりがくすくす笑う。
「いつの間にそんな仲良くなったの」
「別に仲良くなってねぇ」
礼奈の言葉に、慶次郎クンが嫌そうに答えた。
「そんな嫌がらんでもええやん。……ほな、気を取り直していくでー。はい、チーズ」
交わした会話で気持ちがほぐれたからか、二人ともいい笑顔でこちらを見る。
空の青さとキャンパスの木々。晴れやかな笑顔に色鮮やかな和装。仲よさげに寄り添う女子二人の姿は、絵に描いたような「大学の卒業式」のワンシーンや。
「……ええなぁ、女子は華やかで。男子のスーツなんて味気ないもんな」
「まあそうっすね」
画面を眺めながら漏れ出た俺のぼやきに、隣で同じようにスマホを構える慶次郎クンが答えた。
「でも、だからこそ、女子と並んだときに互いが映えるんじゃないですか」
すっと耳に入ってきた言葉に、思わず噴き出しそうになる。
何すか、と言われて、いや、と返したけど顔が半笑いのままやったらしい。嫌そうにしてはるんで「えらい上手い返ししてくるな、て感心しただけや」とフォローした。
ほんとは、政人が言いそうな台詞やな、て思うたんやけど、それは言わんでおいた。
その代わりのように、つい言葉が漏れる。
「君、モテるやろな」
とたん、慶次郎クンは「はぁ? 何すかそれ」と眉をひそめた。
「モテる、とか、不特定多数に好かれても嬉しくないっす」
また硬派なこと言わはるなぁ。
肩をすくめると、慶次郎クンがいらだたしげに俺の方を見やった。
「……撮らなくていいんスか」
「え? 撮っとるで?」
真顔でスマホを掲げれば、あきれた顔を向けられる。いや、あきれを通り越して、憐れまれてる感すらある。
え? え? なんで?
よう分からんでまばたきしとると、ため息混じりに「そうじゃなくて」と言いかけた彼は肩をすくめた。
「……ま、別にいいスけど。俺は関係ないし」
「……? ??」
首をかしげながら見た先に、礼奈がおった
目が合って自然と笑みを浮かべる。ほんのりと赤く染まった頬。照れくさそうな下がり眉毛の笑顔――うん、俺の嫁は今日も最強にかわいい。
「……花、飛んでますけど」
隣で低い呟きが聞こえてはっとした。
あかん、いい歳こいたオッサンが、女子大生見てにやついてたらキモいやん!
久々に「お巡りさんこっちです!」な案件が頭をよぎって表情を引き締めた。
慶次郎クンはため息混じりに口を開く。
「なんか、つられて和みそうになる感じ、そっくりっすね」
誰に? と思うたら彼の視線の先にはひっきりなしに友達に声をかけられる礼奈の姿があって、「なぁんか、負けたくねぇんだよなぁ」と小さな呟きが聞こえた。
その言葉が妙に懐かしくて、思わず笑う。
俺もそんな時期があったっけ。
誰かに負けたくないとか、誰かを上回りたいとか……
そう言えば、知らん間にそんなんどっかへ行ってもうた。
――俺は俺でいい。俺は俺にしかなれへんし、俺になれるのは俺だけや。長所も短所もどっちでもないところも、全部まるっとひっくるめて俺で、俺はもっと、好きな俺を増やしていきたい。――礼奈が好きやって言うてくれる俺を、増やしていきたい。
誰と比べるわけやない、それが、それだけが今の、俺の目標や。
「若いなぁ……」
「あ――それ、すげぇムカつくやつ」
慶次郎クンは本気で嫌そうにして、ひったくるように俺の手からスマホを取った。
「ほら、行って」
「は?」
「並べっつってんですよ。わざわざ見に来て、ただのカメラマンで終わるつもりっスか」
え? あ? うん?
もちろん、そのつもりやけど。
て思うたけど言えないままでおると、彼が「橘ぁ」と礼奈に声をかける。
「慶次郎、撮ってくれるの?」
「いいから早く並べよ」
「はーい」
礼奈は俺の横に立つと、はにかんだ笑顔で見上げてきた。
ひときわ近くで見た晴れ姿に、心臓がとくんと高鳴る。
同時に、ああほんまに礼奈ももう社会人になるんやなぁ、と思う。
幼い頃着たスカイブルーのドレスから、群青の振り袖へと衣装を変えて。
俺と肩を並べて立って――そして自分の足で、社会へと踏み出していく。
あまりの感慨深さに、ちょっと泣きそうになった。
「来てくれてありがと、栄太兄」
「え? あ、ああ……」
いや、どっちかっていうとお礼言わなあかんの俺やろ?
着物に負けないように少し濃いめの化粧をした礼奈は、ぐっと大人びて見える。それでも、当然やけど俺と同年代の女性とは違って、不完全さと洗練の微妙なバランス感がぐらぐらと俺の感情を揺さぶる。
抱きしめたい、のに近づくのがもったいない。
「スーツ姿、久々に見た」
「あー、えと。そうかもな」
礼奈もなんとなく照れてるなと思うたけど、そういうことかと納得したとき、
「いつまで見つめ合ってんだ、撮るぞ」
「み、見つめ合ってないもん!」
慶次郎クンの呆れた声に、礼奈が赤らめた頬をふくらませた。
軽く俺の肘に手を添えて、スマホを構えた慶次郎クンの方を向く。
慶次郎クンの横で、ハルちゃんが笑えというようにピースしている。
「はい、チーズ」
動きを止めた間に、ピロン、と音がする。そのあと礼奈を見下ろしたのは無意識で、でも礼奈も俺を見上げてて、どちらからともなく笑った――ところでまた、ピロンと音がする。
「け、慶次郎?」
「ナチュラルにいちゃつくからだろ」
慌てふためく礼奈は慶次郎クンの手からスマホを取りながら、「いちゃついてないよ!」とムキになった。
俺は笑って手を差し伸ばした。
「おおきに。そっちも撮るで」
「ああ……じゃ、お願いします」
俺も慶次郎クンからスマホを受け取り、ハルちゃんと並んで撮ってやる。
隣に並んで視線を交わすその空気は、はたから見ても甘い。
なんや、他人のこと言えへんやん、と内心笑うてたら横で礼奈も言った。
「自分だって、ねぇ?」
ふふ、と笑う声は弾んでいる。それを聞いて、改めて思った。
慶次郎クンと付き合ったことで、友達との関係もいろいろあったやろう。それでも、今はこうして仲良くしてはる――そこにどんな、それぞれの想いや、言葉があったのか、俺には分からんけど、簡単だったとは思えへん。
ほんと、要らんこと言うたなぁ、四年前の自分。
他の男とも付き合ってみろ、なんて――そのせいで礼奈の交友関係にヒビを入れるかもしれん、なんてことまで考えてへんかった。
その上、今冷静に考えてみれば、あのときの俺は、礼奈から離れる覚悟もできてた訳やない。
そんならまわり道せずあのとき手を取っておけばよかったんや。
――けど、過ぎたことや。
ひとつひとつ、不器用で未熟で。回り道して迷子になって、誰かに引き戻されてようやく大事なことに気づく。
これが俺の生き方なんやろな。スマートにはなれへんけど、仕方ない。
「撮れたで。確認して」
「あざっす」
スマホ画面を眺めて微笑み合うカップルと、その姿を喜ばしそうに見てる礼奈を眺めながら、胸に沁みる想いを噛み締めていた。
「あ、そろそろ講堂に行かなきゃ!」
「おう、行ってらっしゃい」
「うん!」
大きくうなずいた礼奈が手を挙げる。
膝下まで届きそうな振り袖がひらりと舞い、描かれた桜がふわりと広がった。
「――行ってきます!」
晴れやかな笑顔に手を挙げて返す。
口を開けかけて、微笑むだけに留めた。
礼奈が友達と笑いながら歩いていく。
その背中を見つめながら、息を吸う。
礼奈の前では口にできへんかった言葉を、大事に、大事に、心の中で贈った。
礼奈。
卒業、おめでとう。
じわりとこみ上げた涙を、息を吸ってなだめる。
顔を上げれば、空には雲ひとつなく――礼奈の振り袖と同様、青く青く、澄みきっていた。
カフェを出た俺たちと合流するや、礼奈が目を丸くして俺と彼を見比べた。
礼奈も礼奈で、もう一人、なんとなく見覚えがある(ような気がする)女子と一緒におる。
慶次郎。……慶次郎かぁ。
「……苗字は前田?」
「んなわけないでしょう。……親が好きなだけっす」
定番のボケをかましたつもりやったけど、本気で嫌そうな顔をするんで、「ええやん、カッコええやん」言うたらますます嫌そうな顔をした。
なんやろ、嫌われとるんやろか。まあそうかもしれんなぁ。
「栄太兄、撮って撮って!」
「おぅ、ええで」
いつもより数割増し弾んだ声の礼奈にうなずいて、差し出されたスマホを受け取る。
「慶次郎くん、私もいい?」
「ああ」
たぶんそれが慶次郎クンの彼女なんやろう、えんじ色の着物に濃緑の袴を身につけたもう一人の女子がそう言ってスマホを差し出した。
慶次郎クンと一緒に、結婚式のときに来とったような気がする――けど、話したわけでもないからはっきりとは覚えてへん。
「撮るでー。笑ってなー」
「そう言うなら一発笑わせてくださいよ」
「何言うてんの慶次郎クン、関西人がみんな笑い取れる人間ばっかやと思うたら大間違いやで!」
「そこ、胸張るとこっすか」
俺と慶次郎クンとのやりとりに、慶次郎クンの彼女が目を輝かせた。
「分かるぅ。ほんまそれ分かるぅ……関西に生まれたからって、みんなしゃべり得意なわけやないですよねー!」
「ハルはいいよ、別に笑わせなくても」
慶次郎クンのフォローに、「でもそう思われてるんやないかって気になるねん!」と拳を握ってはる。
「君も関西? 通りでイントネーションが」
「そうなんですー! 金田さん奈良でしたっけ?」
「うん。君は?」
「大阪で!」
「ああー、本場やん、て言われるやつやな」
「そうなんですよー! 私笑い取るなんて無理やのにー!」
ハルと呼ばれた女子と関西人アルアルで盛り上がる。隣の慶次郎クンがなんとも言えん顔をしとるんで、思わずニヤリと肘でつついた。
「なにヤキモチ妬いとんねん、青年」
「違います。別に。そんなじゃないです」
冗談のつもりが、冷たく言い返されたんで肩をすくめた。女子ふたりがくすくす笑う。
「いつの間にそんな仲良くなったの」
「別に仲良くなってねぇ」
礼奈の言葉に、慶次郎クンが嫌そうに答えた。
「そんな嫌がらんでもええやん。……ほな、気を取り直していくでー。はい、チーズ」
交わした会話で気持ちがほぐれたからか、二人ともいい笑顔でこちらを見る。
空の青さとキャンパスの木々。晴れやかな笑顔に色鮮やかな和装。仲よさげに寄り添う女子二人の姿は、絵に描いたような「大学の卒業式」のワンシーンや。
「……ええなぁ、女子は華やかで。男子のスーツなんて味気ないもんな」
「まあそうっすね」
画面を眺めながら漏れ出た俺のぼやきに、隣で同じようにスマホを構える慶次郎クンが答えた。
「でも、だからこそ、女子と並んだときに互いが映えるんじゃないですか」
すっと耳に入ってきた言葉に、思わず噴き出しそうになる。
何すか、と言われて、いや、と返したけど顔が半笑いのままやったらしい。嫌そうにしてはるんで「えらい上手い返ししてくるな、て感心しただけや」とフォローした。
ほんとは、政人が言いそうな台詞やな、て思うたんやけど、それは言わんでおいた。
その代わりのように、つい言葉が漏れる。
「君、モテるやろな」
とたん、慶次郎クンは「はぁ? 何すかそれ」と眉をひそめた。
「モテる、とか、不特定多数に好かれても嬉しくないっす」
また硬派なこと言わはるなぁ。
肩をすくめると、慶次郎クンがいらだたしげに俺の方を見やった。
「……撮らなくていいんスか」
「え? 撮っとるで?」
真顔でスマホを掲げれば、あきれた顔を向けられる。いや、あきれを通り越して、憐れまれてる感すらある。
え? え? なんで?
よう分からんでまばたきしとると、ため息混じりに「そうじゃなくて」と言いかけた彼は肩をすくめた。
「……ま、別にいいスけど。俺は関係ないし」
「……? ??」
首をかしげながら見た先に、礼奈がおった
目が合って自然と笑みを浮かべる。ほんのりと赤く染まった頬。照れくさそうな下がり眉毛の笑顔――うん、俺の嫁は今日も最強にかわいい。
「……花、飛んでますけど」
隣で低い呟きが聞こえてはっとした。
あかん、いい歳こいたオッサンが、女子大生見てにやついてたらキモいやん!
久々に「お巡りさんこっちです!」な案件が頭をよぎって表情を引き締めた。
慶次郎クンはため息混じりに口を開く。
「なんか、つられて和みそうになる感じ、そっくりっすね」
誰に? と思うたら彼の視線の先にはひっきりなしに友達に声をかけられる礼奈の姿があって、「なぁんか、負けたくねぇんだよなぁ」と小さな呟きが聞こえた。
その言葉が妙に懐かしくて、思わず笑う。
俺もそんな時期があったっけ。
誰かに負けたくないとか、誰かを上回りたいとか……
そう言えば、知らん間にそんなんどっかへ行ってもうた。
――俺は俺でいい。俺は俺にしかなれへんし、俺になれるのは俺だけや。長所も短所もどっちでもないところも、全部まるっとひっくるめて俺で、俺はもっと、好きな俺を増やしていきたい。――礼奈が好きやって言うてくれる俺を、増やしていきたい。
誰と比べるわけやない、それが、それだけが今の、俺の目標や。
「若いなぁ……」
「あ――それ、すげぇムカつくやつ」
慶次郎クンは本気で嫌そうにして、ひったくるように俺の手からスマホを取った。
「ほら、行って」
「は?」
「並べっつってんですよ。わざわざ見に来て、ただのカメラマンで終わるつもりっスか」
え? あ? うん?
もちろん、そのつもりやけど。
て思うたけど言えないままでおると、彼が「橘ぁ」と礼奈に声をかける。
「慶次郎、撮ってくれるの?」
「いいから早く並べよ」
「はーい」
礼奈は俺の横に立つと、はにかんだ笑顔で見上げてきた。
ひときわ近くで見た晴れ姿に、心臓がとくんと高鳴る。
同時に、ああほんまに礼奈ももう社会人になるんやなぁ、と思う。
幼い頃着たスカイブルーのドレスから、群青の振り袖へと衣装を変えて。
俺と肩を並べて立って――そして自分の足で、社会へと踏み出していく。
あまりの感慨深さに、ちょっと泣きそうになった。
「来てくれてありがと、栄太兄」
「え? あ、ああ……」
いや、どっちかっていうとお礼言わなあかんの俺やろ?
着物に負けないように少し濃いめの化粧をした礼奈は、ぐっと大人びて見える。それでも、当然やけど俺と同年代の女性とは違って、不完全さと洗練の微妙なバランス感がぐらぐらと俺の感情を揺さぶる。
抱きしめたい、のに近づくのがもったいない。
「スーツ姿、久々に見た」
「あー、えと。そうかもな」
礼奈もなんとなく照れてるなと思うたけど、そういうことかと納得したとき、
「いつまで見つめ合ってんだ、撮るぞ」
「み、見つめ合ってないもん!」
慶次郎クンの呆れた声に、礼奈が赤らめた頬をふくらませた。
軽く俺の肘に手を添えて、スマホを構えた慶次郎クンの方を向く。
慶次郎クンの横で、ハルちゃんが笑えというようにピースしている。
「はい、チーズ」
動きを止めた間に、ピロン、と音がする。そのあと礼奈を見下ろしたのは無意識で、でも礼奈も俺を見上げてて、どちらからともなく笑った――ところでまた、ピロンと音がする。
「け、慶次郎?」
「ナチュラルにいちゃつくからだろ」
慌てふためく礼奈は慶次郎クンの手からスマホを取りながら、「いちゃついてないよ!」とムキになった。
俺は笑って手を差し伸ばした。
「おおきに。そっちも撮るで」
「ああ……じゃ、お願いします」
俺も慶次郎クンからスマホを受け取り、ハルちゃんと並んで撮ってやる。
隣に並んで視線を交わすその空気は、はたから見ても甘い。
なんや、他人のこと言えへんやん、と内心笑うてたら横で礼奈も言った。
「自分だって、ねぇ?」
ふふ、と笑う声は弾んでいる。それを聞いて、改めて思った。
慶次郎クンと付き合ったことで、友達との関係もいろいろあったやろう。それでも、今はこうして仲良くしてはる――そこにどんな、それぞれの想いや、言葉があったのか、俺には分からんけど、簡単だったとは思えへん。
ほんと、要らんこと言うたなぁ、四年前の自分。
他の男とも付き合ってみろ、なんて――そのせいで礼奈の交友関係にヒビを入れるかもしれん、なんてことまで考えてへんかった。
その上、今冷静に考えてみれば、あのときの俺は、礼奈から離れる覚悟もできてた訳やない。
そんならまわり道せずあのとき手を取っておけばよかったんや。
――けど、過ぎたことや。
ひとつひとつ、不器用で未熟で。回り道して迷子になって、誰かに引き戻されてようやく大事なことに気づく。
これが俺の生き方なんやろな。スマートにはなれへんけど、仕方ない。
「撮れたで。確認して」
「あざっす」
スマホ画面を眺めて微笑み合うカップルと、その姿を喜ばしそうに見てる礼奈を眺めながら、胸に沁みる想いを噛み締めていた。
「あ、そろそろ講堂に行かなきゃ!」
「おう、行ってらっしゃい」
「うん!」
大きくうなずいた礼奈が手を挙げる。
膝下まで届きそうな振り袖がひらりと舞い、描かれた桜がふわりと広がった。
「――行ってきます!」
晴れやかな笑顔に手を挙げて返す。
口を開けかけて、微笑むだけに留めた。
礼奈が友達と笑いながら歩いていく。
その背中を見つめながら、息を吸う。
礼奈の前では口にできへんかった言葉を、大事に、大事に、心の中で贈った。
礼奈。
卒業、おめでとう。
じわりとこみ上げた涙を、息を吸ってなだめる。
顔を上げれば、空には雲ひとつなく――礼奈の振り袖と同様、青く青く、澄みきっていた。
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