マイ・リトル・プリンセス

松丹子

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.7 年の差カップル

34 二十歳の誕生日

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 そんなわけで、晴れて恋人同士になった俺と礼奈やったけど、その後は俺の引っ越しがあったり、礼奈もバイトが急がしかったりで、早々デートらしいデートもできへん。
 残念ではあるけど、それぞれの生活があるわけやし仕方ないことや。
 その上、礼奈の二十歳の誕生日であるホワイトデーも、あえて別々に過ごす提案をした。
 なんでて、やっぱり子どもと酒を酌み交わす、ちゅうんは親の夢やからな。末っ子ならなおのこと、政人も彩乃さんも感慨無量なんやないやろかと思うたわけや。
 その提案を口にしたのは、礼奈ら兄妹が引っ越しの手伝いをしてくれたときやった。礼奈はちょっと残念そうやったけど(しゅんとしてはったのほんまかわいかった)、俺の説明を聞けばそれもそうだとうなずいて、また別の日に祝うことで納得してはった。

 いやー、我ながらなかなかいい提案をしたもんや。政人もきっと俺に感謝するに違いない――いや、感謝せぇよ!
 そう独りごちながら、夜になるとビール片手にひとり酒を始めた。
 礼奈から電話があったのは、一缶飲み終える頃や。

「なんや、もう夕飯終わったんか?」
『うん』

 うなずく礼奈に、「そうか」と鷹揚に答える。機嫌のよさから飲酒してることを言い当てられて、礼奈も健人同様鋭いなぁと舌を巻く。
 一瞬、沈黙が落ちたと思ったら、

『栄太兄』

 呼ばれて、どきりとした。ろれつが回らんほどではないけど、飲んだからやろうか、電話越しだからやろうか……どことなく息づかいが色っぽいような……いや、あかん、そんなこと思てたら引かれるわ。

「なんや?」

 あえて明るく答えると、礼奈が吐息の合間から、小さな言葉が聞こえた。

『……すき』

 一瞬、呼吸が止まった。
 はふっ、と変な呼気を吐いて、ははっと笑う。

「何や、急に。びっくりするやん」

 どうにか取りつくろったものの、あかんわ、声が妙に乾いてはる。

 なんやこれ、頭が沸騰しそうや。こんなん――礼奈のやつ、どんな顔して言うてたんやろ。見たい。見れへんのがつらい。
 天使のようなつぶらな瞳が、俺をじっと見上げている様を想像して身もだえる。あああああ、あかん。反則や。動悸が激しすぎて心臓が痛い。片手で目を押さえて息を潜める。

『急じゃないもん』

 ぶーたれたような礼奈の声。
 ――なんや、こいつ、酔ったら甘えたになるタイプか? かわええな! 俺を殺す気か!?
 電話一本で殺し屋になれるやん、えらい才能やな!
 湧いてきた脳がつらい。心臓の震えがつらい。

『今日……みんなもいっぱい飲んで』

 たどたどしい声がぽつりぽつりと言葉を紡ぐ。胸がきゅんきゅん通り越してぎゅんぎゅん言うてる。呼吸、呼吸――呼吸せな死ぬで俺。

『お母さん、へろへろになって』
「へえ。よっぽど嬉しかったんやな」
『そんで、お父さんに抱き着いてて』

 ……抱きつい……へぇ……。

『ずるいなって。お母さん、いつでもぎゅーってできて、ずるい』

 ず、ずるいって……そ、それって……。

『だって、ずるい。私は栄太兄と全然会えないのに、お母さんとお父さんはいつでも会えるじゃん。ずるい。ずるすぎる』

 栄太兄がうちに住んじゃえばいいのに。そんなことを言う礼奈に、それよりお前がこっちに住む方が現実的やで、なんて笑うと、礼奈はふっと言葉を止めて、

『……栄太兄ぃ』
「なんや」
『すき』

 ああぁーもう! その舌っ足らずな言い方、あかんねん! 電話口だから余計、囁くような感じになるやん! 俺のムスコが反応してまうやん!!

「……それ、さっきも聞いたで」
『だって、言いたいんだもん。すきだよ。だいすき』
「礼奈、分かった、分かったから――」
『わかってない』

 あいたい。すき。えいたにい。

 礼奈の剥き出しの言葉が、鼓膜一枚越しに脳を直接揺さぶってくる。
 あかん、ちょっと――待って――こんな。
 ついこないだまで、思春期で目すら合わせてくれへんかった子が。
 なんでこんな、ストレートにぶつけてくるんやろ。
 ツンデレにしても極端過ぎやん……心臓痛いんやけど? ほんま、つら……。

「あんまり……かわいいこと言うなや」

 顔、あっつ。絶対、今俺、顔真っ赤やで。こんなん――誰にも、見せられへん。

「お、俺かて――好きやで。せやから、その……」

 とりつくろうように、モゴモゴ言う。せやから勘弁してや。もう、心臓暴れまくって大変やねん。これまで余生を過ごすつもりでのんびりしてた心臓が、無理矢理ランニングマシーンに乗せられてるみたいに動いとるもん。

『もっかい、言って。……すき、って、もっかい、いって』

 だ――――っ! かわええ!! 反則なくらいかわええ!!!!
 内心身もだえながら、どうにか冷静さを取りつくろう。と、とにかく、礼奈が満足せな終わらんのやろ。
 せやったら――
 乾いた唇を舌で濡らして、覚悟を決めて口を開いた。

「好きやで、礼奈」

 ――おっかしいな。
 こんなん、元カノには平気で言うてた気ぃするのに。
 なんでこんな、口にする度に、苦しくて、恥ずかしくて、切ないんやろ。
 礼奈が電話の向こうで、嬉しそうに笑う。
 きっとほんまに幸せそうに笑ってはるんやろうな。
 そう思うような空気が、一層俺を切なくさせて――息を止める。

 俺かて……会いたいで、礼奈。
 会って……その笑顔を見て、声を直接聞いて――
 手を繋いで抱き寄せて、その身体を腕の中に閉じ込めたい。
 じりじりと胸を焼く感情をもて余しながら、おやすみ、と言い合って電話を切った。

 ふぅ……どうにか、やりきっ――……?

 意識しないようにしてた下腹部の痛みに、おずおずと下を確認した。
 そこには――自分の役目を思い出したムスコが、ギンギンに力をみなぎらせている。

 ――電話で興奮するとか、こんなん変態やんか……!!

 もういややこんなん、と座卓に突っ伏すも、短パンに圧迫されてうっとうめく。
 ――このムスコをどうしたものか。

 そうして、春の夜は更けていく。
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