マイ・リトル・プリンセス

松丹子

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.12 呪いの解き方

76 君と過ごす一日

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 その日はのんびり、温泉地の周囲を散策した。何もないやろうと思うてたけど、ぶらぶらしてみれば当然、寺院も自然も、住んどる人の営みもあって、市街地とは違うゆったりした気分を楽しめた。
 一緒におるんが友達とかやったら、つまらんかったかも知れへん。けど、今俺の隣にいるのは礼奈で、繋いだ手のぬくもりや、ときどき思い出したように話す声が、なんでもどこでも、愛おしい時間に変えてまう。

「そうや。せっかくやし、土産でも買うか」
「そうだね。朝子ちゃんたちにも買いたいな。ご祝儀包んでくれたし……」

 もうひとりの従妹の名前に、「ああ」と思い出す。身内だけで挙げた式やから、そうかしこまったことはせんでもええて思うたし祝儀も要らんでて言うたんやけど、「気持ちだから」と兄妹で一封、包んでくれたんやった。
 みんなが祝福してくれた結婚式を思い出して頬が緩む。
 店に立ち寄ってみると、いかにも温泉地の土産らしいもんが並んどった。

「みんな、何がいいかなぁ。お酒だと日持ちするけど……あっ、こけしもある。かわいい」

 店を見渡す礼奈の声が、嬉しそうに弾んどる。誰かに何かを買うんが好きなんやって、そういえばいつだか言うてた気がする。相手のことを考えながら、相手が喜ぶ姿を考えながら、品物を選ぶのが楽しいらしい。
 嬉しそうな横顔を見ていたら、「あっ」とその目が一カ所で止まった。なんやろ、て思うて視線を追って、思わず噴き出す。

「豆腐か。買ってみるか?」
「えっ、う、うぅ、でも……」
「ええやん、部屋で食べれば」

 言いながら見てみれば、全国でお取り寄せもできるらしい。買うてみて、気にいったら帰ってから取り寄せればええな、とチラシ共々カゴに突っ込んだ。

「……あ、ありがと……」

 礼奈は頬を赤らめてはにかむ。あー、かわいいなぁ。かわいいなぁ。ぎゅうってしたいなぁ。
 隼人兄ちゃん一家へは、ワインと日本酒を選んだ。香子さんと朝子は母娘そろって酒飲みやから喜ぶやろ。おまけに牛タンのつまみも添える。
 次に互いの家族への土産を選んだ。

「健人兄には変なの買いたいなぁ。『何でこんなん買って来んの!』って言うようなやつ」

 木彫りの熊を見ながら、礼奈がいたずらっぽく言うんで、思わず笑ってもうた。

「健人のやつ、好かれてるんか嫌われてるんか分からんな」
「えー。どっちだろ。それは私にも分かんないな」

 礼奈は笑いながら首を傾げる。まあ、それがきょうだい、てもんなんやろな。きょうだいのいない俺には、究極的には分からん感覚なんやろうけど、だからこそ大切でうらやましいものに思える。
 もし、授かるんやったら……子どもは二人以上がいいな。
 土産を見つめる横顔を眺めて、ひとりそんなことを思う。

「あ。悠人兄にはこれにしよ」
「手ぬぐい? なんで」
「消防士になってから、タオル代わりに何枚か持ち歩いてるみたい。洗ってもすぐ乾くし、何かのときには割いて包帯代わりにできるんだって言ってたよ」
「はぁー」

 感心しとると礼奈が笑う。「それぞれ、色んな知恵があるよね」なんてコメントがまた上手いもんやから、やっぱり政人の娘やなぁて改めて思うた。
 礼奈と話してると、家族ひとりひとりの顔が見えるような感じがある。これがオンナノコっちゅうもんなんやろうか。そうやとしたら、息子しかおらんかった母さんは、やっぱりちょっとかわいそうやったかもしれん。

「和歌子さん……お義母さんには、なににする?」

 まるで俺の思考を読んだように言われて、一瞬どきりとしてもうた。俺は「ああ」と考えて、

「地酒かな」
「えーっ、それだけ?」
「それがあれば充分やろ、あのひとは」

 そうかなぁ、ほんとかなぁ、と礼奈が真剣に土産を選ぶ。

「せめておつまみとお茶菓子は入れようよ。あっ、これ美味しそう。どう?」

 丸い目に見上げられてうなずくと、礼奈は嬉しそうにカゴに品物を入れた。
 ぐるっと店を回って、いっぱいになったカゴを見て苦笑した。

「なんや土産買うために来たみたいやな」
「あはははは。それでもいいじゃん」

 まあ、ええけどな。なにより、礼奈が楽しそうやし。そう自分で納得したら、「楽しいもん、栄太兄が一緒だから」て礼奈がはにかんで、その不意打ちにまた胸をやられた。
 うーん。もう少し、鍛えなあかんな、俺。

 結局、最後まで二人で悩んだのは健人への土産やった。

「これどうや?」
「フツーに部屋着にしちゃいそう」
「確かにあいつならやりかねんな。――あ、木刀」
「あはははは。それ、結局家具の隙間に落ちたモノを取るときくらいしか使わないよね」
「でもクラスで必ず誰か買うやろ」
「うんうん。健人兄、買って帰ってた気がする」
「なんや、それやったらもう家にあるんか。おもろないな」

 最終的に選んだのは、温泉地名ががっつり入ったごっつい湯飲みやった。

「あってもそんなに邪魔にはならないし、これにしよう」
「意外と渋くてええなとか言うたりして」
「えー、言うかなぁ。ちょっとは、『えー』って嫌そうにしてほしいな」

 礼奈はカゴを見て、一つ一つ指さしながら確認すると、「よし」とうなずいて顔を上げた。

「これでオッケーかな。みんな、喜んでくれるといいね」

 そう言うと、礼奈はカゴの中を見下ろした。その横顔は、品物の向こうに、贈り先の人の笑顔を見てるみたいに穏やかで、優しい笑みに満ちている。
 不意に、納得した。
 ――母さんが、礼奈と出かけたい、ちゅうのはこういうことなのかもなぁ。
 おおかたの時間を母子で過ごした俺には、母さんがちまたの女子と同じようにウィンドウショッピングを楽しむ様子は想像できへん。けど、こうして礼奈を見ていたら、母さんにもそういう一面があるのかも知れんなと思う。
 うちには男しかおらんから、そういう機会がなかっただけで……礼奈を交えることで見られる母さんの一面も、あるのかも知れん。
 レジと配送手配を終えて、店を出ながら手を引き寄せた。指を絡めて繋ぐと、礼奈がまばたきして俺を見上げる。

「……なあ、礼奈。今度は……母さんたちも一緒にどうや」
「ここに?」
「うん、それでもええけど……どっか、旅行に」

 そうや。考えてみたら、最後に家族で旅行したんて、近場でも俺が中学くらいのときが最後や。高校は部活で忙がしかったし、そうやなくても父さんの職業柄、家を離れてゆっくりするのも難しかったし……

「父さんの退職待って、どっか行きたいな」
「うん、いいね」

 礼奈がまた、弾んだ声でうなずいた。卒業後に切り揃えた髪が、さらりと揺れる。

「私も、行きたい。――楽しみだな」 

 柔らかく細められた目に愛おしさがこみ上げて、またぎゅっと胸を締め付けられた。
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