マイ・リトル・プリンセス

松丹子

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.4 つまらない大人

17 新年度の決意

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 親のきょうだい仲がいいからか、うちの親戚は結構ちょこちょこ集まる。
 正月、母の日、敬老の日。子どもらが小さかったときには、それに加えてバーベキューやら海やら、まぁいろいろしとったもんや。
 そんなわけで、今年の母の日は、ゴールデンウィークに集まろ、ちゅうことになった。
 今まではさんざん仕事でドタキャンしてた俺やけど、今年度からはフル参加を目指すで!
 ――とは、口には出さずに勝手に決めて、気合いを入れる。
 ……いや、口にしてできへんかったらまたドヤされるやろ? そういう墓穴は掘らん方がええ、言うんはさすがに知ってんねん。

 ということで、心に決めた通り、その日は無事、ちゃーんと、最初から参加できた。
 なかなかいいスタートや。今年度は幸先ええな。
 ひとりで満足しとったものの、イトコで来とったんは健人だけ、しかも途中からバイトに行くらしい。
 なんやの、つまらんわ。
 いつもの自分を棚に上げ、俺はむくれた。

「なーんや、つき合い悪いなー。一日くらい空けとけや」
「あっはっは、それ栄太兄が言うー」

 ばっさりそう笑われても、事実やし文句は言えん。気まずさに目を逸らした。
 健人は笑いながら、俺をぐいぐいと引っ張って、縁側に連れて行った。

「こっちこっち。今日は栄太兄に言わなきゃいけないことがあって来たんだよ」
「何や、改まって」

 ハイボール片手に眉を寄せると、健人はにやりと笑って「何でしょう?」と得意げだ。
 俺はしばらく考えてからはっとした。

「ま、まさか、お前、どこぞのお嬢さんを孕ませ――」
「何でそうなるのよ。だったらこんな嬉しそうにしてるわけないでしょ」

 呆れたような半眼を向けられて、それもそうかと頷く。

「じゃあ、何やの?」

 俺が問えば、健人は後ろにいる大人たちの様子を確認して、俺の耳に口を寄せた。

「礼奈に彼氏ができた」
「ふぇ!?」

 あまりの動揺に手元が狂う。取り落としそうになったコップを慌てて握り締め、健人を見やった。

「な、何、え!? どういうことなん!?」

 どきどきと心臓が脈打っている。

 ――俺、告白されてからまだふた月と経ってへんけど!?

 健人はにやにやしながらハイボールをあおった。
 こいつが酒飲む姿、俺よりも絵になる気がするな。悔しいわ。

「なーんかさ、ちょっとヤバそうなサークルに勧誘されたんだって」
「……って、宗教的な?」
「いや、飲みサー的な」

 聞いて、ああ、と頷く。その手のサークル勧誘は結構強引なことも多い。確かに、ニコニコしていて従順そうな礼奈はターゲットになりやすいかもしれへん。

「新歓だけでも来てくれって言われて行ったらしいんだけど、小学校からの同級生が気にかけて一緒に来てくれてさ、その子が」
「小学校!?」

 えっらい長い付き合いやな!
 思わず指折り数える。小学校てことは……

「十年以上のつき合いやん」
「そうだねー」

 健人は笑って、また酒を煽る。
 なんやコイツのこの余裕。イラっとするわ。

「ま、それで、ヤバそうなところを救ってくれたってことらしい」

 救って……て、王子様やん。
 あかん。プリンセス・礼奈に王子様、似合いすぎる。
 そんなことを思う自分に呆れて、頭を振る。

「……それまでは、そういうのなかった子なん?」
「さーね、どうだろ。友達と一緒に出掛けたりはしてたみたいよ。礼奈のヤツ、鈍いからさー。たぶん、相手はずっと好きだったんじゃないの」

 ああ、それはあり得る。
 俺はふと思い出した。花火大会のとき。礼奈と一緒に酔っ払いに絡まれていた男子。
 あの子も礼奈に気ィあったんやろなー。そうか、彼氏か……あの子も報われんな。
 彼氏……
 彼氏か……

 頭の理解に、心が段々とついていく。更には、ピンク色の妄想がもやもやと脳裏を満たしていく。俺は思わず、健人ににじり寄った。

「……健人」
「なに?」
「あの……礼奈は……その」

 ……どう聞けばええねんやろ。
 いや、聞いたらあかんやつかな。
 妹の貞操観念なんて聞かれても、健人も困るやろな。
 うちの母さんみたいに「婚前交渉は絶対禁止!」なんて名言してはる女、滅多におらんやろうし。
 でも、礼奈が男の好きなようにされるかと思うと……

「……いや、何でもない」

 ――うん、そうや。聞いたところでどうしようもない。
 あんまり考えへん方がええわ、礼奈にどう、ソッチの経験が増えていくか……なんてことは。
 にじり寄った分の距離をまた開ける。健人はふーんと気のないあいづちを打つと、にやにやしながら言った。

「それがさー、話聞いてると、健気なんだよねー、彼」

 俺はちらりと健人を見やる。健人はやらしい笑みのまま、独り言のように続ける。

「二十歳までに振り向かせられるようにがんばる、って。礼奈が嫌がることはしない、って。すごくね? まだ十八よ? 十八っつったらヤリたい盛りじゃない? 将来有望にも程があるっしょ」
「せ、せやな……」

 ――まだ十八。将来有望。

 もう俺には無縁の言葉に、何も言えなくなって酒をあおる。
 コップの中が空になったことに気づいて、入れなおそうと腰を上げかけた。
 そこを、健人に止められる。

「あともう一つ、言おうと思ってたことがあって」
「……何や?」

 これ以上俺のHP削らんといてくれへん?
 ――とは口に出せず、ちらと目をやる。
 健人は晴れやかな笑顔で続けた。

「俺、九月になったら留学する。基本的には一年帰って来ないから」
「……へぇ、そうなん」

 俺はまばたきした。
 それを、どうして俺に、言わないけんのやろ?
 疑問が顔に出ていたのか、健人は半端な笑顔を浮かべた。

「だから、礼奈の近況定期便もしばらく休止よ、ってこと。了解?」

 俺は「あ」という口のまま動きを止める。
 ――しょっちゅう俺の部屋に出入りしては、家族のこと、礼奈のことを話して行っていたのは、健人なりの気遣いだったのか。

「その顔。――ま、いいけどさ」

 健人は腰を上げると、コップに残った液体を一気に飲み干した。

「じゃ、俺これからバイト行ってくる」
「……お前、飲んでよかったんか?」
「あー、大丈夫っしょ。炭酸多めにしたし。――すみませーん、俺、お先に失礼しまーす」

 言うべきことだけ言った健人は、意気揚々と、その場を後にする。
 俺はなんとなくあっけに取られて、その姿を見送ったのだった。
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