マイ・リトル・プリンセス

松丹子

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.3 まさかの本心

13 おとなびた横顔

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 大学を案内して、学食で昼食を摂ると、礼奈の家へと向かった。
 礼奈は「とにかく栄太兄についていくよう言われてる」言うて、生真面目な顔で俺を見上げて来る。
 はーかわいい。ほんまかわいい。連れ帰りたいわ。
 置き物みたいにちょこーんて、礼奈が俺の家にいるとこを想像する。ええなぁ。何もせんでええから、ニコッと笑って「おかえり」と「いってらっしゃい」だけ言うてくれる礼奈ロボット欲しいわ。
 ――あかん。俺、ほんま結構病んでるな。ちょっと思考が怪しい方向に行っとるで。軌道修正、軌道修正。

「……ここで降りるの?」
「ん? うん。お前の家行くで」

 駅のホームに降り立つと、礼奈は困ったような顔をした。いや、違うな。困ったっちゅうより、残念そうな顔や。
 ――もしかして、もう終わりやと思うてる?
 きゅぅん、と胸が締め付けられる。もう少し一緒にいたいとか、思てくれてんやろか。
 感情が全部顔に出てるとこ、ほんまかわええなぁ。
 大丈夫やで、礼奈。別に帰るわけやないからな。
 心の中では言うものの、なんや勿体のうて口にできへん。
 礼奈の歩くペースが少し遅くなったので、俺もそのペースで礼奈の家まで歩いた。
 うつむきがちな礼奈の顔は、やっぱりしょぼんと落ち込んで見えて……それがまたかわいくてたまらん。

 家に着くと、玄関に入ろうとした礼奈を引き留め、車へと乗りこんだ。驚いた顔をした礼奈が、同時にほっとしたように顔をほころばせたのを、俺は見逃さへん。
 ――あかんな! ほんま天使か!
 助手席に座った礼奈は、運転する俺と窓の外を交互にちらちら見てくる。抑えきれない喜びに口元が緩んでいて、尻尾があったらぶんぶん振ってそうや。
 一度落胆したからこそ、ひとしおの喜び、てやつやろう。
 はぁー、やっぱ天使やわ! かわいい!!
 心の中では叫びつつ、口に出すと嫌がることは経験上知っとる。ぐっとこらえて、運転に専念した。

 行った先は、横浜。大さん橋、赤レンガ倉庫――と道順を指示したのは礼奈の兄・健人や。
 いわく、

「あいつさー、父さんが理想だっていうから、絶対彼氏とかできないし。もうちょい現実見た方がいいと思うんだよね。栄太兄、デートってこんな感じよ、って教えてやってよ」

 それは俺が政人に劣るっちゅうことかい、と白い目を向けたが笑ってごまかされた。
 ほんまムカつく奴やわ。でも確かに政人に敵う気はせぇへんから仕方ない。
 とはいえ、俺にもプライドっちゅうもんがある。大学生になりたての女子一人喜ばせられないでオトナの男と言えるか――心に決意を固めて、車を走らせ始めた。
 だいたい、健人にこれ以上馬鹿にされるなんてまっぴらやしな。こういう機会にしっかり見返したるで、覚悟しとけよ、健人!
 カーラジオからは洋楽中心に流れていた。知っている曲にハミングしたら、礼奈も知ってる曲があったらしい。控えめな声で歌いだしたので、俺も調子に乗ってハモってみた。礼奈はちょっと驚いた顔をして、それからふにゃりと笑って歌う。
 力が抜けたようなその笑顔が、またしても俺の胸に突き刺さる。
 はぁ……今、赤信号でよかったわ。走らせてたら危なかったわ。
 あー、すっかり忘れてたわ。そうやった、こういう感じやわ、デートって。純真無垢で穢れない笑顔に、こう、胸がきゅんとして、相手のいちいちにときめいて――
 十二歳年下の従妹に?
 ……キモいな俺。ちょっと落ち着こ。このままじゃ、「お巡りさんこっちです」て呼ばれる案件や。あかん、俺の父さん警察官やで。ほんま笑えん。違うんです、俺たちはただのイトコなんです、不純異性交流ではアリマセン!
 それにしても、ほんまにデートの定番コースやな。健人、だいぶ遊んでんちゃう? ほどほどにしとかんと後が怖いで。分かっとるんやろか。
 そして最後に向かったのは、横浜のランドマーク、大観覧車やった。

 ずらりと並んだ行列を、礼奈は俺の顔と見比べた。「並ぼうか」と声をかけると、こくりと頷いてついてくる。
 ちょこちょこと、いちいち、小動物的な動きが俺の胸に刺さる。
 かわいいなぁ。撫でまわしたいなぁ。
 思うけど思うだけや。お縄につくんはまっぴらやからな。無意識に変な動きをせぇへんよう、自制心をフル活動させる。

「栄太兄は、気にならないタイプ?」
「何が?」
「こういう行列」
「普通ならやめるやろうけど。まあ、せっかくやしな」
「何、それ。今日は特別なの?」

 礼奈が不思議そうに首を傾げる。俺は笑ってその頭を撫でた。

「当然やろ。今日は礼奈の産まれた日やで。特別に決まっとる」

 そうや、大切な日や。
 俺のおひいさまが、この世に生まれて来た日やからな。
 うんうんと心の中で頷いてたら、礼奈がぽかんと俺を見上げた。

「そういうの……」

 唇を尖らせて呟くと、気まずそうに口を閉じた。
 えっ? あかん、俺、変なこと言うたか?
 ぎくりとしてうろたえる。

「どうかしたか?」
「……なんでもない。結構並んでるね。……どれくらいかかるかな」
「三十分て書いてあるな。まあ、一、二時間待つこともある場所やからマシな方やろ」

 答えると、礼奈はふと顔を上げた。

「……誰かと来たことあるの?」
「まー、そりゃな。そんときは、こんな行列待つなんて阿保かいな、言うたらめっちゃ怒られた」
「……彼女に?」

 男同士では来うへんわなー。俺は苦笑して肩をすくめ、前を見る。

「前、進んどるで」

 言って、礼奈の肩をそっと前に押した。行列が進む度、階段を少しずつ上がっていく。

「雨やなくてよかったなぁ。いや、雨やったらもう少し人少なかったかもしれへんか。分からんな」

 あ、あっち、こないだ友達が結婚式した会場や。
 今日は船が多いなぁ。
 あそこの美術館も昔行ったな、懐かしいわ。
 思うままにあれこれしゃべった後で、礼奈がじっと見上げてきてるのに気づいた。

「あ、すまん。なんや俺の方がテンション高いな」
「ううん、いいの。栄太兄が楽しそうだから、嬉しい」

 はにかんだ微笑みを浮かべ、礼奈がうつむく。
 その頬が赤いのを見て、ずっと手をその肩に置いたままだったことに気づき、慌てて離した。

「すまん、手」
「ううん。大丈夫」

 礼奈はゆっくり首を振って、俺が見ていた風景を眺める。

「――綺麗だね」

 ぞわ、と背中に悪寒が走った。
 キラキラと光る街並み。青い空。白い雲。そよぐ風。
 それらを背景に微笑む礼奈の横顔が、あまりにも――綺麗で。

 まだ、飛び立たないでくれ――俺の天使。

 棒立ちになって見とれていたら、俺の視線に気づいた礼奈は、不思議そうに首を傾げた。
 俺は弾かれたように、慌てて目を逸らす。

「せやな。――雨やなくてよかった」

 あれ、これ、さっきも言わへんかった?

 頭の中は軽いパニック状態や。確かなのは、心臓の鼓動が――やたらと、速く、強くなっていることで。

 こんなん――おかしいな。なんやろ、俺――

 隣にいる礼奈の存在が、急に、色濃く感じられた。
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