346 / 368
.第12章 親と子
342 説得
しおりを挟む
日曜日、栄太兄が我が家に来たのはお昼過ぎだった。
駅に着いたという連絡があって、居間でそわそわしながら待っていた私は、チャイムが鳴ると同時に玄関へ駆けて行く。
ドアを開けると、そこにはスーツ姿の栄太兄がいた。
「……栄太兄、スーツ……?」
「そりゃそうやろ。『結婚のご挨拶』に伺うのにパーカーでは来ぃへんわ」
ドキドキしながら見上げた私に、栄太兄は柔らかく微笑む。私の後ろから階段を降りてくる音がしたと思ったら、「栄太兄、おつー!」と健人兄が手を挙げた。
栄太兄が呆れた顔で健人兄を見る。
「……お前、何でおんねん」
「えー? いいじゃーん。たまの土日くらい実家でゆっくりさせてよ」
へらりと笑う兄だけれど、毎週帰ってきているわけじゃない。栄太兄が来ると聞いて帰って来たに違いなかった。
「……お兄ちゃん、邪魔しないでよ」
「邪魔なんてしないよー。あ、そうだそうだ、栄太兄、婚約おめでと!」
「……ほんまお前、人のペースがんがん崩して来るな……」
栄太兄の呆れ顔に、健人兄が「あっはっは」と笑う。
そこに、居間から父が顔を出した。
「栄太郎、いらっしゃい」
父はいつも通りの穏やかさで栄太兄を見つめたけれど、栄太兄はふと表情を引き締めて頭を下げた。
「今日はお時間いただきありがとうございます。お邪魔します」
思わずまばたきした私は、健人兄と顔を見合わせて栄太兄と父を見比べる。父は笑って「いいから上がれ」と栄太兄の肩を叩いた。
「健人。お前は部屋にいなさい。俺たちは少し話があるから」
「……ふぇーい」
父に言われて、兄が不承不承頷く。
「んじゃ、俺上行くね。がんば」と栄太兄の肩を叩くと、トントンと階段を登って行った。
その背中を見上げて、やれやれとため息をつく。
そんな私を見て、父が笑った。
「礼奈。ちゃんと案内してやれよ。――あくまで、お前の婚約者なんだから」
私ははっと背筋を伸ばして、栄太兄と父の顔を見比べる。栄太兄はそんな私を面白がるように目を細めた。
***
「――先日は失礼しました。今日は改めてご挨拶に参りました」
両親と私たちの4人で食卓を囲むと、栄太兄はそう言って静かに頭を下げた。
母は無言のまま、じっと椅子に座っていて、栄太兄の言葉に頷いたのは父だった。
栄太兄は下げた頭を上げる。
膝の上で握った拳が、少しだけ震えているのが見えた。
両親と、栄太兄と、私――今までだって何度もこの家で一緒に食卓を囲んだことがあるのに、こんなに緊張した空気は初めてだった。それは、栄太兄のことを、甥っ子としてではなくて、娘の婚約者として扱っているからなのだろう。
私はそわそわしながら、栄太兄の横顔と両親の顔を見比べていた。
自分は何を言う訳でもないのに、心臓がドキドキと落ち着かない。
栄太兄が息を吸うのが分かって、私も息を止めた。
「礼奈――娘さんとの結婚をお許しください」
はっきりと聞こえた栄太兄の台詞が、ずんと腹の底に響く。
心臓の音が、お腹の下から聞こえてくるような気がした。
母はじっと黙っている。父も黙って、手元のカップを撫でている。
父がゆっくりと口を開きかけたとき、母が口を開いた。
「――結婚自体には、反対しません」
その声は硬かった。まだ母は納得していないのだと、その一言だけで察して、背中がすぅっと冷たくなる。
思わずうつむく私に構わず、母ははっきりと続けた。
「けど、その時期については……もう少し、待つべきだと思います」
私はうつむいたまま、膝上の拳を握った。
唇を引き結び、力をこめる。
母のため息が聞こえた。
「……おじいちゃんの寿命と、あなたたちの結婚は、話が別よ」
静かな声で、母は言った。そこには硬さはなくて、母として、叔母としての情が少しだけ混ざっている。
私は唇を噛み締めた。
――そうかもしれない。
確かに、そうだと思う。
祖父の死と、私たちの結婚は、関係がない話だ。
――けど。
「彩乃さん」
栄太兄の声が、私の横で静かに切り出す。
そこでようやく、今までなんとなく目を逸らしていた母が、栄太兄をしっかりと見つめたのが分かった。
栄太兄はまっすぐに、母を見て口を開く。
「礼奈がどんな仕事に就くかも、どんな生活になるかも、まだ分からない。それが安定してるかどうかも、続けられるかも――それが不安だとおっしゃるのは、もっともです。でも、それが何だって言うんでしょう」
私は黙って、栄太兄の横顔を見つめていた。
口下手なはずの従兄がそんな風に話すのを、私は初めて目にした気がして。
「たとえ礼奈が仕事してはっても、同じです。一年後、二年後、十年後、二十年後、いったいどうなってるかなんて分からへんやないですか。俺かてそうです。けど、一つだけ、確かなことがあるとしたら、そのときでも、俺は礼奈と一緒にいます。礼奈は俺と一緒にいてくれます。そんなん、何で断言できるんやって、思わはるでしょうけど、でも、断言できます。俺にとっては、礼奈は――」
栄太兄は不意に言葉を止めて、視線を机の上に落とした。
はっとする間に、その目に涙が浮いてくる。
「――礼奈は、俺にとって、誰とも比べられんくらい大事な子です。産まれたときからこのかた、ずっと見守ってきました。それは妹みたいな感情やろうって、ずっと思うてたけど、今はもう違う――誰にも渡しません。誰にも、触れさせたくない。俺が……俺じゃ……」
頬に涙が滑り落ちた。私も思わず、うつむく。
こみ上げた涙に耐えられず、口元を手で押さえた。
「俺じゃ、力不足やと思うてはるのかもしれません。俺もときどき、そうやないかとも思います。けど、俺は俺にできる全力で、礼奈と一緒にいます。礼奈を笑わせます。礼奈を――幸せに、します。就職とか、環境とか、そんなん、俺にはどうだってええんです。礼奈が――礼奈に、笑っていて、もらえたら――俺の、傍で――」
栄太兄の言葉が震えて、鼻をすする音が聞こえる。
私も両手で顔を覆って、嗚咽をかみ殺していた。
「笑って、俺の傍にいてくれるんなら、他に何もいりません――だから俺は」
栄太兄が顔を上げたのが分かった。涙で濡れた顔のまま、まっすぐに母を見つめて言う。
「結婚式のことを思い出すたび、礼奈が、じいちゃんに見せられんかった後悔を感じるのは絶対に嫌です――いや、式の日に、心の底から笑ってもらえへんかったら、俺はずっと後悔します――せやから、どうか――どうか、許したってください」
栄太兄はまた頭を下げた。
母は何も言わない。
私は乱暴に手で涙を拭って、「お母さん」と震える声で言った。
「このままじゃ――このまま、おじいちゃんが先に死んじゃったら、私、たぶん一生、お母さんを許せない――」
一生に一度の日だ。
親に感謝して、今まで受け取った愛情を糧に、巣立つ日だ。
それなのに、その日に母のことをうらめしく思うだなんて――そんなの、絶対に――
私は首を振って、机に手をついた。
「お母さん、お願い――」
「分かってるわよ……」
目を逸らした母が、小さく呟く。
私が「え?」と動きを止めると、母が私を睨むように見据えた。
その目は今にも涙が溢れそうになっていて、頬も目尻も赤い。
「分かってるって言ってるの! 私だって……」
母は悔しそうに下唇を噛み締めて、流れた涙を手で拭う。
父が苦笑しながら、そっとティッシュ箱を引き寄せた。
「私だって、そんなこと分かってるわよ! けど、だからって、はいそうですか、なんて甘いこと言えないじゃない! ――あんたが、将来苦しむかも知れないことを!」
母はそう言い切って、父の引き寄せたティッシュを数枚引き抜き、顔を拭う。
「でも――でも、そこまで言うなら、覚悟してるんでしょう? 覚悟がないとは言わせないんだからね! 就活も卒論も手を抜かないで、全力でやりきりなさいよ! ――分かった!?」
分かった、と私は頷く。
母は私をキッと振り返って、はっきりと言い放った。
「いい、礼奈。やるとなったら、後悔するんじゃないわよ! やりたいことは全部やりなさい。お金なら私が出すから――後から文句なんて、絶対に、ぜっったいに、言わせないからね!!」
びしっ、と指を突き付ける母の顔は、涙でぐしょぐしょだった。
私は思わず、笑いそうになる。
悩んで、苦しんでいたのは、私だけじゃない。
母も、同じくらい悩んで、苦しんでいたんだ――
そう気づいて、また涙がこみ上げた。
「うん、分かった。――ありがとう、お母さん」
私は笑って、隣に座る栄太兄を見上げる。栄太兄は少しぽかんとしてから私を見下ろして、頬を緩めた。まだ泣き顔のままの情けない笑顔に、愛おしさがこみ上げて手を伸ばす。
「……栄太兄も、ありがとう」
「お易い御用や」
膝の上で手を握って微笑み合うと、母の背中を撫でていた父が笑った。
「そう笑ってられるのも今の内だぞ。礼奈、もう体調はいいのか?」
「え? う、うん……」
「そうか、ならよかった」
父は冗談めいた笑顔で、私と母に目をやった。
「彩乃が本気になったら、休んでる暇なんてないからな。振り落とされないようにがんばれよ」
私がきょとんとしていると、唇を尖らせた母がふんと鼻を鳴らした。
「当然でしょ。ビシバシ行くわよ」
私と栄太兄は思わず顔を見合わせる。苦笑した栄太兄が「お手柔らかに……」と言うと、「聞こえませーん」と母がそっぽを向いて、父が笑った。
机の下で繋いだ手に力をこめる。栄太兄とわずかに目が合って、どちらからともなく笑った。
駅に着いたという連絡があって、居間でそわそわしながら待っていた私は、チャイムが鳴ると同時に玄関へ駆けて行く。
ドアを開けると、そこにはスーツ姿の栄太兄がいた。
「……栄太兄、スーツ……?」
「そりゃそうやろ。『結婚のご挨拶』に伺うのにパーカーでは来ぃへんわ」
ドキドキしながら見上げた私に、栄太兄は柔らかく微笑む。私の後ろから階段を降りてくる音がしたと思ったら、「栄太兄、おつー!」と健人兄が手を挙げた。
栄太兄が呆れた顔で健人兄を見る。
「……お前、何でおんねん」
「えー? いいじゃーん。たまの土日くらい実家でゆっくりさせてよ」
へらりと笑う兄だけれど、毎週帰ってきているわけじゃない。栄太兄が来ると聞いて帰って来たに違いなかった。
「……お兄ちゃん、邪魔しないでよ」
「邪魔なんてしないよー。あ、そうだそうだ、栄太兄、婚約おめでと!」
「……ほんまお前、人のペースがんがん崩して来るな……」
栄太兄の呆れ顔に、健人兄が「あっはっは」と笑う。
そこに、居間から父が顔を出した。
「栄太郎、いらっしゃい」
父はいつも通りの穏やかさで栄太兄を見つめたけれど、栄太兄はふと表情を引き締めて頭を下げた。
「今日はお時間いただきありがとうございます。お邪魔します」
思わずまばたきした私は、健人兄と顔を見合わせて栄太兄と父を見比べる。父は笑って「いいから上がれ」と栄太兄の肩を叩いた。
「健人。お前は部屋にいなさい。俺たちは少し話があるから」
「……ふぇーい」
父に言われて、兄が不承不承頷く。
「んじゃ、俺上行くね。がんば」と栄太兄の肩を叩くと、トントンと階段を登って行った。
その背中を見上げて、やれやれとため息をつく。
そんな私を見て、父が笑った。
「礼奈。ちゃんと案内してやれよ。――あくまで、お前の婚約者なんだから」
私ははっと背筋を伸ばして、栄太兄と父の顔を見比べる。栄太兄はそんな私を面白がるように目を細めた。
***
「――先日は失礼しました。今日は改めてご挨拶に参りました」
両親と私たちの4人で食卓を囲むと、栄太兄はそう言って静かに頭を下げた。
母は無言のまま、じっと椅子に座っていて、栄太兄の言葉に頷いたのは父だった。
栄太兄は下げた頭を上げる。
膝の上で握った拳が、少しだけ震えているのが見えた。
両親と、栄太兄と、私――今までだって何度もこの家で一緒に食卓を囲んだことがあるのに、こんなに緊張した空気は初めてだった。それは、栄太兄のことを、甥っ子としてではなくて、娘の婚約者として扱っているからなのだろう。
私はそわそわしながら、栄太兄の横顔と両親の顔を見比べていた。
自分は何を言う訳でもないのに、心臓がドキドキと落ち着かない。
栄太兄が息を吸うのが分かって、私も息を止めた。
「礼奈――娘さんとの結婚をお許しください」
はっきりと聞こえた栄太兄の台詞が、ずんと腹の底に響く。
心臓の音が、お腹の下から聞こえてくるような気がした。
母はじっと黙っている。父も黙って、手元のカップを撫でている。
父がゆっくりと口を開きかけたとき、母が口を開いた。
「――結婚自体には、反対しません」
その声は硬かった。まだ母は納得していないのだと、その一言だけで察して、背中がすぅっと冷たくなる。
思わずうつむく私に構わず、母ははっきりと続けた。
「けど、その時期については……もう少し、待つべきだと思います」
私はうつむいたまま、膝上の拳を握った。
唇を引き結び、力をこめる。
母のため息が聞こえた。
「……おじいちゃんの寿命と、あなたたちの結婚は、話が別よ」
静かな声で、母は言った。そこには硬さはなくて、母として、叔母としての情が少しだけ混ざっている。
私は唇を噛み締めた。
――そうかもしれない。
確かに、そうだと思う。
祖父の死と、私たちの結婚は、関係がない話だ。
――けど。
「彩乃さん」
栄太兄の声が、私の横で静かに切り出す。
そこでようやく、今までなんとなく目を逸らしていた母が、栄太兄をしっかりと見つめたのが分かった。
栄太兄はまっすぐに、母を見て口を開く。
「礼奈がどんな仕事に就くかも、どんな生活になるかも、まだ分からない。それが安定してるかどうかも、続けられるかも――それが不安だとおっしゃるのは、もっともです。でも、それが何だって言うんでしょう」
私は黙って、栄太兄の横顔を見つめていた。
口下手なはずの従兄がそんな風に話すのを、私は初めて目にした気がして。
「たとえ礼奈が仕事してはっても、同じです。一年後、二年後、十年後、二十年後、いったいどうなってるかなんて分からへんやないですか。俺かてそうです。けど、一つだけ、確かなことがあるとしたら、そのときでも、俺は礼奈と一緒にいます。礼奈は俺と一緒にいてくれます。そんなん、何で断言できるんやって、思わはるでしょうけど、でも、断言できます。俺にとっては、礼奈は――」
栄太兄は不意に言葉を止めて、視線を机の上に落とした。
はっとする間に、その目に涙が浮いてくる。
「――礼奈は、俺にとって、誰とも比べられんくらい大事な子です。産まれたときからこのかた、ずっと見守ってきました。それは妹みたいな感情やろうって、ずっと思うてたけど、今はもう違う――誰にも渡しません。誰にも、触れさせたくない。俺が……俺じゃ……」
頬に涙が滑り落ちた。私も思わず、うつむく。
こみ上げた涙に耐えられず、口元を手で押さえた。
「俺じゃ、力不足やと思うてはるのかもしれません。俺もときどき、そうやないかとも思います。けど、俺は俺にできる全力で、礼奈と一緒にいます。礼奈を笑わせます。礼奈を――幸せに、します。就職とか、環境とか、そんなん、俺にはどうだってええんです。礼奈が――礼奈に、笑っていて、もらえたら――俺の、傍で――」
栄太兄の言葉が震えて、鼻をすする音が聞こえる。
私も両手で顔を覆って、嗚咽をかみ殺していた。
「笑って、俺の傍にいてくれるんなら、他に何もいりません――だから俺は」
栄太兄が顔を上げたのが分かった。涙で濡れた顔のまま、まっすぐに母を見つめて言う。
「結婚式のことを思い出すたび、礼奈が、じいちゃんに見せられんかった後悔を感じるのは絶対に嫌です――いや、式の日に、心の底から笑ってもらえへんかったら、俺はずっと後悔します――せやから、どうか――どうか、許したってください」
栄太兄はまた頭を下げた。
母は何も言わない。
私は乱暴に手で涙を拭って、「お母さん」と震える声で言った。
「このままじゃ――このまま、おじいちゃんが先に死んじゃったら、私、たぶん一生、お母さんを許せない――」
一生に一度の日だ。
親に感謝して、今まで受け取った愛情を糧に、巣立つ日だ。
それなのに、その日に母のことをうらめしく思うだなんて――そんなの、絶対に――
私は首を振って、机に手をついた。
「お母さん、お願い――」
「分かってるわよ……」
目を逸らした母が、小さく呟く。
私が「え?」と動きを止めると、母が私を睨むように見据えた。
その目は今にも涙が溢れそうになっていて、頬も目尻も赤い。
「分かってるって言ってるの! 私だって……」
母は悔しそうに下唇を噛み締めて、流れた涙を手で拭う。
父が苦笑しながら、そっとティッシュ箱を引き寄せた。
「私だって、そんなこと分かってるわよ! けど、だからって、はいそうですか、なんて甘いこと言えないじゃない! ――あんたが、将来苦しむかも知れないことを!」
母はそう言い切って、父の引き寄せたティッシュを数枚引き抜き、顔を拭う。
「でも――でも、そこまで言うなら、覚悟してるんでしょう? 覚悟がないとは言わせないんだからね! 就活も卒論も手を抜かないで、全力でやりきりなさいよ! ――分かった!?」
分かった、と私は頷く。
母は私をキッと振り返って、はっきりと言い放った。
「いい、礼奈。やるとなったら、後悔するんじゃないわよ! やりたいことは全部やりなさい。お金なら私が出すから――後から文句なんて、絶対に、ぜっったいに、言わせないからね!!」
びしっ、と指を突き付ける母の顔は、涙でぐしょぐしょだった。
私は思わず、笑いそうになる。
悩んで、苦しんでいたのは、私だけじゃない。
母も、同じくらい悩んで、苦しんでいたんだ――
そう気づいて、また涙がこみ上げた。
「うん、分かった。――ありがとう、お母さん」
私は笑って、隣に座る栄太兄を見上げる。栄太兄は少しぽかんとしてから私を見下ろして、頬を緩めた。まだ泣き顔のままの情けない笑顔に、愛おしさがこみ上げて手を伸ばす。
「……栄太兄も、ありがとう」
「お易い御用や」
膝の上で手を握って微笑み合うと、母の背中を撫でていた父が笑った。
「そう笑ってられるのも今の内だぞ。礼奈、もう体調はいいのか?」
「え? う、うん……」
「そうか、ならよかった」
父は冗談めいた笑顔で、私と母に目をやった。
「彩乃が本気になったら、休んでる暇なんてないからな。振り落とされないようにがんばれよ」
私がきょとんとしていると、唇を尖らせた母がふんと鼻を鳴らした。
「当然でしょ。ビシバシ行くわよ」
私と栄太兄は思わず顔を見合わせる。苦笑した栄太兄が「お手柔らかに……」と言うと、「聞こえませーん」と母がそっぽを向いて、父が笑った。
机の下で繋いだ手に力をこめる。栄太兄とわずかに目が合って、どちらからともなく笑った。
0
お気に入りに追加
129
あなたにおすすめの小説
シンメトリーの翼 〜天帝異聞奇譚〜
長月京子
恋愛
学院には立ち入りを禁じられた場所があり、鬼が棲んでいるという噂がある。
朱里(あかり)はクラスメートと共に、禁じられた場所へ向かった。
禁じられた場所へ向かう途中、朱里は端正な容姿の男と出会う。
――君が望むのなら、私は全身全霊をかけて護る。
不思議な言葉を残して立ち去った男。
その日を境に、朱里の周りで、説明のつかない不思議な出来事が起こり始める。
※本文中のルビは読み方ではなく、意味合いの場合があります。
初恋旅行に出かけます
松丹子
青春
いたって普通の女子学生の、家族と進路と部活と友情と、そしてちょっとだけ恋の話。
(番外編にしようか悩みましたが、単体で公開します)
エセ福岡弁が出てきます。
*関連作品『モテ男とデキ女の奥手な恋』
王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!
gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ?
王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。
国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから!
12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。
本日、私の大好きな幼馴染が大切な姉と結婚式を挙げます
結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
本日、私は大切な人達を2人同時に失います
<子供の頃から大好きだった幼馴染が恋する女性は私の5歳年上の姉でした。>
両親を亡くし、私を養ってくれた大切な姉に幸せになって貰いたい・・・そう願っていたのに姉は結婚を約束していた彼を事故で失ってしまった。悲しみに打ちひしがれる姉に寄り添う私の大好きな幼馴染。彼は決して私に振り向いてくれる事は無い。だから私は彼と姉が結ばれる事を願い、ついに2人は恋人同士になり、本日姉と幼馴染は結婚する。そしてそれは私が大切な2人を同時に失う日でもあった―。
※ 本編完結済。他視点での話、継続中。
※ 「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載しています
※ 河口直人偏から少し大人向けの内容になります
私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない
文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。
使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。
優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。
婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。
「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。
優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。
父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。
嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの?
優月は父親をも信頼できなくなる。
婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。
私達、政略結婚ですから。
黎
恋愛
オルヒデーエは、来月ザイデルバスト王子との結婚を控えていた。しかし2年前に王宮に来て以来、王子とはろくに会わず話もしない。一方で1年前現れたレディ・トゥルペは、王子に指輪を贈られ、二人きりで会ってもいる。王子に自分達の関係性を問いただすも「政略結婚だが」と知らん顔、レディ・トゥルペも、オルヒデーエに向かって「政略結婚ですから」としたり顔。半年前からは、レディ・トゥルペに数々の嫌がらせをしたという噂まで流れていた。
それが罪状として読み上げられる中、オルヒデーエは王子との数少ない思い出を振り返り、その処断を待つ。
【完結】辺境伯令嬢は新聞で婚約破棄を知った
五色ひわ
恋愛
辺境伯令嬢としてのんびり領地で暮らしてきたアメリアは、カフェで見せられた新聞で自身の婚約破棄を知った。真実を確かめるため、アメリアは3年ぶりに王都へと旅立った。
※本編34話、番外編『皇太子殿下の苦悩』31+1話、おまけ4話
【電子書籍化進行中】声を失った令嬢は、次期公爵の義理のお兄さまに恋をしました
八重
恋愛
※発売日少し前を目安に作品を引き下げます
修道院で生まれ育ったローゼマリーは、14歳の時火事に巻き込まれる。
その火事の唯一の生き残りとなった彼女は、領主であるヴィルフェルト公爵に拾われ、彼の養子になる。
彼には息子が一人おり、名をラルス・ヴィルフェルトといった。
ラルスは容姿端麗で文武両道の次期公爵として申し分なく、社交界でも評価されていた。
一方、怠惰なシスターが文字を教えなかったため、ローゼマリーは読み書きができなかった。
必死になんとか義理の父や兄に身振り手振りで伝えようとも、なかなか伝わらない。
なぜなら、彼女は火事で声を失ってしまっていたからだ──
そして次第に優しく文字を教えてくれたり、面倒を見てくれるラルスに恋をしてしまって……。
これは、義理の家族の役に立ちたくて頑張りながら、言えない「好き」を内に秘める、そんな物語。
※小説家になろうが先行公開です
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる