上 下
286 / 368
.第11章 祖父母と孫

282 独占欲

しおりを挟む
 帰りは、栄太兄と一緒に家を出た。
 もう冬に近い空は、5時頃でも赤く染まり始めている。
 どこかで鳴いている虫の声を聴きながら歩いた私たちは、祖父母の家が見えなくなった頃、どちらからともなく手を繋いだ。

「次は、クリスマスイブ?」
「そうやなぁ」

 こうして、月に1度の約束を取り付ける日々に、私もだいぶ慣れてきた。
 その頻度は、一般的な恋人と比べたら少ないと思われるんだろう。確かに、もう少し調整すれば、会う頻度を増やせるような気はする。けど、互いの負担にはなりたくない。だから電話で我慢する。
 一瞬、沈黙が降りた。栄太兄との沈黙は気づまりでもなんでもなくて、ただ、空気みたいにそこにある。話したいことがあれば話せばいいし、そうじゃなければ無理に口を開く必要もない――互いにそう思っていると分かるから。
 私はゆっくり、口を開く。

「今日、ごめんね」
「うん? 何や?」

 栄太兄が不思議そうに私を見下ろす。その頬を、空が赤く染めている。
 つい、その顔に見とれてしまって、はっと我に返った。軽く頭を振って、「昼、泣いちゃって」と続ける。栄太兄は「ああ」と笑った。

「よう泣くな、礼奈は」
「え?」

 私は思わずまばたきした。そんなこと、今まで友達にも家族にも言われたことがなかったから。
 でも、そういえば、そうだった。私が泣くときには、大概栄太兄の前だった。栄太兄の前でだけ、私はすぐ、感情が振り切れてしまうんだ。

「いまだに、ときどき、分からへんな。今日もよく分からへんかったけど――何で泣いてたんや? あれは」

 訊かれて、私は思わずうつむいた。そんなの、だって……本人を前にして、言えるわけがない。
 ――栄太兄が好きすぎて、涙が出てきたんだ、なんて。

「……ちょっと、なんか、混乱しちゃっただけ」
「混乱? なにが?」

 栄太兄は眉を寄せて首を傾げる。私は「いいから」と一歩大きく踏み出す。栄太兄は首を傾げ傾げ、「ええならええけど……」と困惑した様子で言う。

「でも、俺、言ってくれんと分からへんよ。何か思ってることあったら、言うてな」
「……うん」

 私は頷いて、顔を上げる。栄太兄がまっすぐに、私を見下ろしている。それを見ると、ほっとすると同時に笑顔が浮かんだ。

「分かってる。――栄太兄、鈍感だもんね」
「わ、悪かったな」

 栄太兄は唇を尖らせたけど、それ以上文句を言わなかった。多分、私が告白するまで、まったく気持ちに気づいていなかったから、何も言い返せないんだろう。そう分かってまた笑う。私の方がよほど、栄太兄のことを分かってる。
 なんだか、また胸がふわふわしてくる。くすぐったい気分で、繋いだ手を引き寄せて腕に抱き着いた。それでいい。私は栄太兄のことを知ってる。私以上に栄太兄のことを知っている人はいなくていい。そんな独占欲がむくむくと沸き上がって、満足感を抱く。

「何でご機嫌やねん。ほんま分からんわ」
「ふふふふふ。いいよ、分からなくて」

 笑うと、栄太兄は不服気に「何でやねん」と返してくる。

「普通、もっと理解しろ、言うもんやないのか」
「だって、分かったって思ったら、私のこと考えなくなるでしょう」

 ずばっと言うと、栄太兄は言葉を失った。やっぱりね、と私はまた笑う。

「いいの、栄太兄はずっと私のこと、分からないなーって思ってればいい」
「……お前、意外とサド気質やな?」
「栄太兄限定でね。嬉しい?」
「嬉しいわけあるか」

 栄太兄は鼻の上にしわを寄せて見せる。私はそれを指でつついて笑う。

「……栄太兄」
「何や?」
「奈良、さ」

 駅までもうすぐだ。私は腕を解いて、また手を繋ぐだけにする。
 人前で甘えるのは、癖になったらよくないだろうから。

「その……服とか、新調していった方がいいのかな?」

 彼ママに会う、とか何とか、ファッション誌でもよくコーディネートが載ってるテーマだった気がする。そんなことを思いながら言うと、栄太兄は首を傾げた。

「別に、気にせんでええんちゃう? 礼奈は礼奈やし……」

 私は思わず立ち止まった。
 栄太兄が一歩前へ足を出して、驚いたように立ち止まる。

「……今度は何や?」
「……栄太兄」

 思わず神妙な顔になった。これは確認しとかないといけない。もしかして、私が思ったことと栄太兄が思っていること、違ったりしない?
 私は一度深呼吸をしてから、一言一言、噛み含めるように問うた。

「奈良に行くのは、イトコとして、じゃないってことで、いいんだよね?」

 栄太兄の顔が、赤く染まる。それは夕陽のせいじゃない。私がじっと見つめていると、栄太兄は顔を逸らして、若干どもりながら答えた。

「あ――当たり前やろ。そんなん、今さら確認せんと――」
「だったら」

 ぐい、と手を引っ張った。栄太兄が戸惑いながらも私の方を向く。私は睨みつけるように見上げながら、はっきり口を動かした。

「ちゃんと、挨拶しなくっちゃ。私が奈良に行くのは――これから、私が栄太兄の家族になる準備だよね?」

 栄太兄はまたしても、気恥ずかしそうに目を逸らした。
 もう! そういうとこ、ちゃんとしてよね!
 私は逃すまいと顔を寄せて目を見上げる。

「そうだよね!?」
「そ――そうやって、言うてるやんか!」

 栄太兄は泳がせた目を、諦めたように私に向ける。
 なんで若干、潤んでるのよ!

「だって、私の勘違いかもって思って。栄太兄、びっくりするようなときに天然炸裂するから」
「て、天然て……お前かて、そうやんか」
「そんなことない!」

 ぶんぶん首を横に振ってから、いろいろ、過去のことを思い出した。
 そういえば、友達には散々、天然だとか、ときどきズレてるとか、言われてた気がするけど。

「……そんなことない!」

 もう一度確認のように言うと、「それ、自分に言い聞かせてへんか?」と栄太兄が半眼を向けた。私はぶんぶん首を振って、びしっ、と宣言した。

「とにかく、奈良には彼ママ対策していくんだからね! 栄太兄も、ちゃんと彼女扱いしてね!!」
「か、カレマ……? わ、分かったて。――分かった」

 おろおろしている栄太兄がちょっとだけかわいそうになったから、それ以上言うのはやめた。
 だって、栄太兄ってば、土壇場になってまた「可愛い妹分」扱いしそうなんだもん。
 油断は禁物だよね。
しおりを挟む
感想 13

あなたにおすすめの小説

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

初恋旅行に出かけます

松丹子
青春
いたって普通の女子学生の、家族と進路と部活と友情と、そしてちょっとだけ恋の話。 (番外編にしようか悩みましたが、単体で公開します) エセ福岡弁が出てきます。 *関連作品『モテ男とデキ女の奥手な恋』

【完結】家族にサヨナラ。皆様ゴキゲンヨウ。

くま
恋愛
「すまない、アデライトを愛してしまった」 「ソフィア、私の事許してくれるわよね?」 いきなり婚約破棄をする婚約者と、それが当たり前だと言い張る姉。そしてその事を家族は姉達を責めない。 「病弱なアデライトに譲ってあげなさい」と…… 私は昔から家族からは二番目扱いをされていた。いや、二番目どころでもなかった。私だって、兄や姉、妹達のように愛されたかった……だけど、いつも優先されるのは他のキョウダイばかり……我慢ばかりの毎日。 「マカロン家の長男であり次期当主のジェイコブをきちんと、敬い立てなさい」 「はい、お父様、お母様」 「長女のアデライトは体が弱いのですよ。ソフィア、貴女がきちんと長女の代わりに動くのですよ」 「……はい」 「妹のアメリーはまだ幼い。お前は我慢しなさい。下の子を面倒見るのは当然なのだから」 「はい、わかりました」 パーティー、私の誕生日、どれも私だけのなんてなかった。親はいつも私以外のキョウダイばかり、 兄も姉や妹ばかり構ってばかり。姉は病弱だからと言い私に八つ当たりするばかり。妹は我儘放題。 誰も私の言葉を聞いてくれない。 誰も私を見てくれない。 そして婚約者だったオスカー様もその一人だ。病弱な姉を守ってあげたいと婚約破棄してすぐに姉と婚約をした。家族は姉を祝福していた。私に一言も…慰めもせず。 ある日、熱にうなされ誰もお見舞いにきてくれなかった時、前世を思い出す。前世の私は家族と仲良くもしており、色々と明るい性格の持ち主さん。 「……なんか、馬鹿みたいだわ!」 もう、我慢もやめよう!家族の前で良い子になるのはもうやめる! ふるゆわ設定です。 ※家族という呪縛から解き放たれ自分自身を見つめ、好きな事を見つけだすソフィアを応援して下さい! ※ざまあ話とか読むのは好きだけど書くとなると難しいので…読者様が望むような結末に納得いかないかもしれません。🙇‍♀️でも頑張るます。それでもよければ、どうぞ! 追加文 番外編も現在進行中です。こちらはまた別な主人公です。

最初から間違っていたんですよ

わらびもち
恋愛
二人の門出を祝う晴れの日に、彼は別の女性の手を取った。 花嫁を置き去りにして駆け落ちする花婿。 でも不思議、どうしてそれで幸せになれると思ったの……?

本日、私の大好きな幼馴染が大切な姉と結婚式を挙げます

結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
本日、私は大切な人達を2人同時に失います <子供の頃から大好きだった幼馴染が恋する女性は私の5歳年上の姉でした。> 両親を亡くし、私を養ってくれた大切な姉に幸せになって貰いたい・・・そう願っていたのに姉は結婚を約束していた彼を事故で失ってしまった。悲しみに打ちひしがれる姉に寄り添う私の大好きな幼馴染。彼は決して私に振り向いてくれる事は無い。だから私は彼と姉が結ばれる事を願い、ついに2人は恋人同士になり、本日姉と幼馴染は結婚する。そしてそれは私が大切な2人を同時に失う日でもあった―。 ※ 本編完結済。他視点での話、継続中。 ※ 「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載しています ※ 河口直人偏から少し大人向けの内容になります

運命の歯車が壊れるとき

和泉鷹央
恋愛
 戦争に行くから、君とは結婚できない。  恋人にそう告げられた時、子爵令嬢ジゼルは運命の歯車が傾いで壊れていく音を、耳にした。    他の投稿サイトでも掲載しております。

女性として見れない私は、もう不要な様です〜俺の事は忘れて幸せになって欲しい。と言われたのでそうする事にした結果〜

流雲青人
恋愛
子爵令嬢のプレセアは目の前に広がる光景に静かに涙を零した。 偶然にも居合わせてしまったのだ。 学園の裏庭で、婚約者がプレセアの友人へと告白している場面に。 そして後日、婚約者に呼び出され告げられた。 「君を女性として見ることが出来ない」 幼馴染であり、共に過ごして来た時間はとても長い。 その中でどうやら彼はプレセアを友人以上として見れなくなってしまったらしい。 「俺の事は忘れて幸せになって欲しい。君は幸せになるべき人だから」 大切な二人だからこそ、清く身を引いて、大好きな人と友人の恋を応援したい。 そう思っている筈なのに、恋心がその気持ちを邪魔してきて...。 ※ ゆるふわ設定です。 完結しました。

私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない

文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。 使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。 優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。 婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。 「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。 優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。 父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。 嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの? 優月は父親をも信頼できなくなる。 婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。

処理中です...