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.第11章 祖父母と孫

273 敬老の日(3)

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 宴会を終えたのは夕方だった。祖父母が疲れてしまうから、と、栄太兄だけを残して、みんなはそれぞれ帰路についた。

「栄太郎、明日は仕事だろう。泊まるのか」
「ああ、最初からそのつもりやって。ここから出勤するわ。片付けとか、誰かおった方がええやろ」

 栄太兄はそう言って、祖父母の代わりにみんなを見送ってくれた。

「ほな、また。気をつけて帰り」
「お前も、何かあったら呼べよ」
「当然やろ」

 栄太兄と父がそう言葉を交わして、健人兄や悠人兄にも挨拶をして、栄太兄が私を見る。

「――礼奈も」
「うん」

 こくりと頷いて、「ばいばい」と手を振る。栄太兄も手を振り返して、今度は隼人さんたちに顔を向けた。
 イトコとしての栄太兄は、見慣れていたはずなのに、今は不思議と懐かしく感じた。落ち着いた笑みを浮かべている横顔がすごく愛おしくて切なくて、ついつい見つめてしまう。
 改めて、気づいた。2人でいるときの栄太兄は、イトコとしての栄太兄とちょっと違う。どこがどう――とはっきり言えないけれど、違うのは確かだった。
 さすがに私に甘えてくることはないけど、どこか不器用で、弱いところもあって、落ち着きがなかったりして――きっと、それが等身大の栄太兄なのだろうけど、こうやってキリっとしてる姿も、やっぱりいいなぁ、と思ったりもする。
 結局私は、どんな栄太兄も自分のものにしたいみたいだ。
 そう気づいた気恥ずかしさにうつむいた。

「礼奈、見とれてないで帰るぞ」
「う、や、そういうんじゃ」
「そういうんだろ、認めろよ」

 健人兄にうりうりと肘でつつかれて、私は顔を赤らめてうつむく。健人兄から逃れるように、先に進んでいる父たちに足早に近づいた。
 並んで歩く両親が交わす会話が聞こえる。

「母さんはまだ元気そうだけど、父さんはいつまでもつかな」
「いくつになるんだったっけ」
「こないだ89になったな。――次は大台か」

 父の言葉に、母は暗い顔になる。
 けれど、その隣を歩く父は明るい声で続けた。

「でも、そこまで生きれば、まあ大往生だよな」
「……そうね」

 母が答える。そこには何か思うような気配があって、父が不思議そうに見下ろした。

「なんだ、彩乃。微妙な顔して」
「……うん」

 頷いた母は、父の手を取る。
 そして苦笑した。

「ちょっと、うちの親のこと、思い出しちゃった。やっぱり、老いていく姿を見るのって、慣れないもんね。何度経験しても――」

 父はその顔を見下ろし、苦笑する。

「……慣れる必要ないだろ」

 父はそう言って、ゆっくりと続けた。

「ひとりひとり、見つめてやればいい。――それでいいんだと思うよ」

 それはまるで自分に言い聞かせているようにも聞こえた。
 私はその後ろで、揺れる二人の手を見ながら歩いていく。
 その手は多少、しわがあるけれど、祖父母ほど力ないものではない。
 ふにふにと、伸びた皮の柔らかい祖母の手の感触を思い出しながら、私も思った。

 ――鎌倉の祖父母は、あとどれだけ生きてくれるんだろう。

 母の言葉で、私も少しだけ、思い出した。
 私が中学生の頃、相次いで亡くなった母方の祖父母。
 当時運動部だった私は、日々部活に追われていて、イマイチ現実感を持てないまま、その訃報を耳にして。
 葬式はあっという間に終わって、祖父母がいない日常は、気づけばそのまま日常になっていた。
 あのときにはただ、いなくなったことを悲しんだだけだったけれど――

 ――大切にしなくちゃいけない。残された時間を、できるだけ、後悔のないように。

 駅に着けば、電車は幸いすぐに来て、それぞれ空いてる席に座った。
 私は悠人兄と並んで、ボックス席に腰掛ける。
 家の最寄り駅までは、40分くらいだ。
 悠人兄は例によって例のごとく、席につくと同時に船を漕ぎ始めた。
 少しの時間でも眠れるのは、たぶん職業柄だろう。目的地に着くと知らせる放送が入るとすぐに起きるのだから、便利といえば便利だけれど。
 私は眠る兄の横顔を見やって苦笑してから、車窓へと目を向けた。
 楽しいお酒を飲んだ割に、気分はどことなくセンチメンタルだった。
 窓に、年配の男性が写った。振り向くと、健人兄が席を譲っているのが見える。
 健人兄はすっとそこから離れ、男性は健人兄にお礼を言って、席に座った。
 それを見ながら、ぼんやりと思う。

 最後に祖父母と電車に乗って出かけたのはいつだっただろう。
 「また来ようね」なんて言葉を、交わしていた気もするのに。
 それがどこを訪れたときのことなのかも、私にはもう、分からない。

 長生きしてくれるといいね――
 そう、言い合ったこともあった。
 けれど、祖父母はもう充分、長生きしてくれたのだと、父は言う。
 それは、確かに、そうなのだ――けど。

 私はまた、車窓の外を眺める。電車のドアが閉じて、走り始めた。
 風景はどんどん流れていく。薄暗くなった街に灯った明かりは、これから自宅の方へ戻るにつれ、段々と増えていくはずだ。
 酔いが回って来たのか、さすがに少し疲れたのか、私もまぶたが重くなってきた。
 悠人兄の隣で、少しの間目を閉じていることにした。
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