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.第10章 インターン

268 インターンの翌日(3)

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 ご飯を食べ終えて、少し話していたら、もう11時になろうとしていた。

「片付けるか」
「うん」

 食器を手に立ち上がった拍子に、すとん、と短パンが膝まで落ちる。「あ」とそれを見下ろして栄太兄を見たら、また困ったように顔を逸らした。

「……あかんな。後で、うちに置いとく服でも買いに行こか。まだ時間、あるんやろ」
「うん」

 今日は午後からバイトだけど、もう少し一緒にいられる。栄太兄が諦めたらしいと分かって、足元に落ちたズボンをまたぐようにして食器を流しに持って行った。

「あーあーあー、あんまうろうろせんでええから。座っとき。俺がやる」
「え、でも。あれだよ、一宿一飯の恩」
「ええて。その恰好でうろうろされたら俺がもたんわ」

 何がもたないんだろう。みっともない、っていうなら分かるんだけど。
 よく分からないけど、とりあえず「分かった」と頷いて、座卓の横にクッションを抱いて座っておくことにした。
 栄太兄は食器を洗ってカゴに入れると、コップを拭き始めた。
 今日の服は、昨日、迎えに来てくれたときと同じだ。Tシャツに、がぼっとしたカーゴパンツ。父に似てる、と思うときもあるけど、栄太兄の方が関節がしっかりして見える。手首も、鎖骨も、喉仏も、ついつい目が行っては気恥ずかしくなって逸らした。
 座卓の下に伸ばした自分の白い脚が、ひょろひょろっと伸びているのを見ながら、足首を動かす。膝から下がだるいのは相変わらずで、ぐるぐると足首を回していたら、コップを2つ持った栄太兄がこちらに来た。

「脚、ダルいんか? 疲れてるんやったらマッサージでもするで」
「え、ほんと?」

 私が目を輝かせると、栄太兄は座卓にコップを2つ置いた。「ええで」と言うのを聞いて、「わーい」と栄太兄に背中を向けて、クッションを抱えたままフローリングに横たわる。

「じゃあ、お願いしまーす」

 脚をぱたぱたさせると、栄太兄が慌てたように「分かったから! 分かったから動くな!」と注意してきた。私はぱたっと脚を止める。
 ため息をついた栄太兄が、「膝から下でええの? 腰とか肩は」と訊いた。なんだか本格的っぽくて笑ってしまう。

「栄太兄、マッサージよくしてたの?」
「母さんにな、鍛えられた。今でも帰る度にさせられるねん。ま、コミュニケーションの一環やと思ってやったるけどな」
「そうなんだ」

 じゃあ膝下をお願いします、と言うと、栄太兄は「了解」と膝裏に手を這わせた。
 ぞくっ、と妙な感じが身体に走って、びくりと身体を震わせる。

「どうした? ――やめとくか?」
「い、いや、いいの。ちょっとびっくりしただけ」

 栄太兄が困ったように、「手、冷たかったか?」とコップを見る。座卓に置いたコップには水出し緑茶が入っていたから、確かに少し冷たかったのは事実だけど、それだけが理由じゃない。

「だ、大丈夫だから。ごめん」
「そうか?」

 栄太兄はそう言って、ゆっくり、もう一度私の脚に触れた。
 ふくらはぎをゆっくり揉んでいく力も触れる場所も、確かに和歌子さんに鍛えられたのだろう、と分かる、ちょうどいい加減だった。すごく、気持ちがいい。脚のこわばりが取れて、どんどんぽかぽかして来るのが分かる。
 でも、同時にそわそわしていた。だって、何だか、すごく、恥ずかしいのだ。栄太兄が私の脚に触れてる。しかも、ズボンもストッキングもなく、直接肌に触れている。――そのことがこんなに恥ずかしいだなんて、こうなってみるまで全然気づかなくて。

「礼奈、まだするか?」
「え、あ、えっと、もういい!」

 訊かれてそう答えたら、栄太兄がちょっと寂しそうな顔をした。

「……あんまり気持ちよくなかったか?」
「う、ううん、そんなことない! ないけど……」

 どきどきと、心臓が鳴っている。マッサージされてることよりも、栄太兄に触れられている気恥ずかしさの方が気になってしまって、そのことに小さな罪悪感を抱く。

「ないけど?」
「あ、や、ほら、他のところも解してもらいたくなっちゃうし、だからもういい」
「何で?」

 栄太兄は笑った。

「そんなやったら、全身すればええだけの話やろ。ここやと痛いやろうし、ベッド行くか?」

 さらっと言われて、内心混乱する。
 べ、ベッド行くか、って。ベッド、ベッド……!
 頭の中がぐるんぐるんしていたけれど、離れてみれば、栄太兄の手の温もりが恋しい。
 私は腹をくくって、こくりと力強く頷いた。
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