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.第10章 インターン

260 社内恋愛(5)

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 翌日は、直接庶務課に出勤した。昨日に引き続き、矢司部さんの仕事のサポートをする。

「この資料、組んであるのをもう一度種類ごとにしてくれる? これとこれは破棄だからまとめてもらって大丈夫」
「はい、分かりました」
「いい返事だな。気持ちいいね」

 ぽんぽん、とリズミカルに肩を叩かれる。私は愛想笑いを返して、資料を机に広げ始めた。
 昨日、浦崎さんと出張だったという山下くんは、デスクからちらちら私を見てきた。配属先が別々だから、初日に話を交わした以外は、たまたま会ったときに挨拶をしている程度だ。
 私はためらってから、おずおずと声をかけた。

「山下さん、昨日の出張はどこまで?」
「あっ、えと、大宮……」

 山下くんはもごもご答えて、困ったように沈黙する。
 あ、あんまり話しかけない方がよかったかな。
 こっちを気にしてるみたいだったから、と思ったんだけど。
 ちょっと困ってたら、横から浦崎さんがフォローしてくれた。

「大宮で、関係会社のイベントがあったから、勉強がてら手伝いに行ったんだ。山下くん、よくやってくれたから助かったよ」
「いえ、あの、そんなことは……」

 そんな会話を交わし合う二人を見て、なんだかちょっとほっとする。山下くんが不器用なタイプなことが気になってたけど、浦崎さんとの相性は悪くないんだろう。
 そう思っていたら、私の横で矢司部さんが「へぇ」とにこにこしながら言った。

「浦崎くんも立派に先輩やってるねぇ。よきことかな」

 矢司部さんの言葉に、浦崎さんは苦笑して肩をすくめた。

「矢司部さんみたいにはなれませんけど」
「え、俺みたいになりたいの?」
「だってイケメンだし」
「何だそれ。言われたことないけど」

 浦崎さんの言葉に、矢司部さんはくつくつ笑う。

「先輩おだてるのが上手くなったな、浦崎くん」
「そんなことないですって。ねぇ」

 困ったように同意を求められて、私も困った。
 確かに、一見素敵な人だと思う。――けど、なんだかその先に、私にはちょっと、近づきたくない狡猾さを感じてしまったから、素直に頷けない。

「そ、そうですね……」
「やめてよ浦崎くん、橘さん困っちゃってるじゃん。逆に俺が傷つくパターン」
「あっ、え、あの」

 私が戸惑ったことは、矢司部さんにも分かってしまったらしい。慌てて否定しようとしたけどそれもおかしいかと思い、うつむいて「す、すみません……」と小さく言うと、矢司部さんは笑った。

「そういえば、橘さんって周りに背の高い男がいたりする?」
「えっ……?」

 突然言われて戸惑いながら、首を傾げつつ答えた。

「背は……兄とか親戚とか……みんな180超えてます」
「げっマジ?」

 声は山下くんのものだった。私が目を丸くすると、「あ、いや、何でもない」と手を振る。
 山下くんは私よりちょっと背が高いくらいだから、たぶん160を超えるくらいだろう。

「お兄さんいるんだ。一人?」
「あっ、いえ、二人……」
「社会人? 何やってるの」
「えっと……消防士と区役所勤めで……」

 矢司部さんに訊かれるままに答えていたら、前の席の山下くんが頭を抱えた。「高身長で公務員とか、勝ち組じゃん……!」とか何とか呻くのが聞こえる。
 矢司部さんがくすくす笑って、「顔は? 橘さんに似てるの?」と問うてきた。
 こんなに話してていいのかな、と不安になって周りを気にしたけど、とりあえず白い目で見られてはいないみたいだ。

「二番目の兄はたぶん私と似てて……一番上の兄は、父似なので、ちょっと違うかも……」
「へぇ。橘さんはお母さん似なんだ」
「はい。……身長も」

 この話をするといつでも悔しくなる。思わず小さく唇を尖らせた私に、矢司部さんが笑った。

「そっか、じゃあお兄さんたち可愛くて仕方ないだろうね。――ちょっと納得した」
「納得?」
「俺、結構背がデカいから、女性にはよくびっくりされるの。橘さんみたいに小柄だとなおさら大きく見えるでしょ。けど、最初挨拶したとき、全然平気そうだったから」

 矢司部さんはそう言って頬杖をついた。

「嬉しいよ、普通に話してくれるの。優しいお兄さんたちなんだろうね」

 私は困って、「はあ……まあ」と曖昧に頷く。
 私の正面では、「はぁー。いるとこにはいるんですね、はぁ……うらやましー……」と肩を落としている山下くんに、浦崎さんがぽんぽんと背中を叩いて笑っていた。

 ***

 仕事の合間、お手洗いに行こうと席を外した。
 廊下に出たら、追いかけてきたらしい山下くんが声をかけてくる。
 私が首を傾げると、山下くんは何やら悩まし気な様子でうつむいた。

「どうかした?」
「いや……あの……」

 山下くんは目を泳がせて、決意したように顔を上げた。

「あの、もしよければ、今日、一緒に昼食べない?」
「……いいけど……」

 改まって言われて戸惑ったけれど、山下くんはちょっとほっとしたようだった。

「よかった。俺、社員さんとずっと一緒だと、緊張しちゃって……先週も何度か誘おうと思ったんだけど、内線電話かける訳にも行かないし、でも連絡先知らないし、ふらっと訪ねていくわけにもいかないし、ひとりで悶々としてたんだよね」

 やっぱときどきは同年代と話したいじゃん、と言う山下くんに、「そうだね」と答えながら、あんまり気にしていなかった自分に気づく。
 そっか。もしかして、年上に囲まれた状況って、普通慣れないのかな。
 私は周りが年上ばっかりだから、あんまり苦にならなかったけれど、言われてみれば確かに、そう思うのも分かる気がする。
 友人が学校の同級生ばかりなら、同年代と話したくなるものなのかもしれない。私みたいに、父の友人と話したり、叔父や叔母と親しいのって、珍しいみたいだし。
 私自身は、千草さんや浦崎さんと話すのも、あまり緊張はしない。それはそれで、たぶんイトコたちが同年代だからだ。
 そう考えると、これって末っ子の強みでもあるのかもしれない。ついこないだまで「ずっと置いてけぼりだ」と思っていた自分の立ち位置を、ちょっとだけ前向きに捉えられそうだ。
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