257 / 368
.第10章 インターン
253 初めての出張(2)
しおりを挟む
「一週間、お疲れさまー!」
「お疲れさまです」
ガチン、と合わせたジョッキは生ビール。「美味しい居酒屋があるの」と連れて行かれた先は、よくドラマなんかで見かけるような、カウンター席がメインの小さなお店だった。
思わず、「ここ、一人で来られるんですか」と聞いてしまって、千草さんがふふっと笑う。
「最近はね。ちょっと前までは、ここを教えてくれた先輩と一緒によく来てたんだけど」
その横顔がどこか切なさを帯びて見えて戸惑う。不意に、ああこの人も一人の女性なんだな、と当たり前のことを思い出した。
あえてなのか性格なのか、千草さんの振る舞いはテキパキしていて中性的だ。淡々として見えるから女性であることを忘れがちなのだけど、ビジネスだとそれでも問題ない――むしろその方が周りも働きやすいんだろうなと、一週間で気づいた。
社員の中にもフェミニンな服装を好む社員はいるし、逆にほとんど男性みたいに振る舞う人もいたけれど、どっちもやりすぎな気がして私でも気になったくらいだ。
私なら、千草さんみたいな人と一緒に仕事をしたい。性別で媚びを売ることも、女性性を卑下することもなく、淡々と実力を積み重ねて行くような人――
「でも、橘さん、結構根性あるね。どんどん吸収するからびっくり」
「えっ、え? そ、そうですか?」
お世辞だろうと分かりながらも、思わず嬉しくなってしまう。
「山下さんもいい子だけど、私きっとイライラしちゃうな。自分でも駄目だなと思ってるんだけどね、気が短いからテキパキやってくれないとどうもテンポが合わなくて」
それを聞いて、ついつい笑ってしまった。
「何となく、分かります、それ」
「ほんと? あ、橘さんにイライラしたりしてないから大丈夫よ」
「ふふ、はい」
仕事中とは違う気さくさが嬉しくて、私も少しずつ肩の力が抜けて行く。
「ほんとだったら、インターンの子とサシ飲みなんて行く気なかったんだけどね。橘さん話し易いし、行っちゃうか、って思って。来週は少し、他の部署も行ってもらうから、私と二人っていうのもしばらくないからね」
「あ、そうなんですか」
ありがたいけど、ちょっと残念だ。ようやく、千草さんと少し仲良くなれた気がしたのに。
「月曜は、山下さんと同じ庶務課。後はこないだ説明してくれた課長さんのとことか。雑用いっぱい作っといてください、ってお願いしといたから、覚悟しておいてね」
にやりと笑われて、「えー」と形だけ嫌がって返す。千草さんは笑った。
「私以外の人の仕事のやり方も見ておくといいよ。みんなそれぞれ、工夫したりしてなかったり、いろいろだから」
「そういうもんですか」
普通、工夫しながらやるもんだと思っていたけど、そうではないらしい。千草さんはビール片手に頷いた。
「来週の金曜も、みんなで飲みに行く予定だからもしよければ」
「あ、嬉しいです」
顔をほころばせると、千草さんは「いいね、素直な子は好きよ」と笑った。
「橘さんは、仕事ずっと続けたいタイプ? それとも、結婚して子どもできたら辞めたい?」
「あ、ずっと続けたいです。……というか、続けるもんだと思ってました。母もそうなので」
「お母さま、共働き?」
「はい。父と同じ会社で……同期らしいんですけど」
「ふぅん、そうなんだ。じゃ、職場結婚か」
「はい」
私が頷くと、千草さんは目を細める。
「うちも結構多いよ、職場結婚。でも、大体女性が辞めちゃうかなぁ。別に社内恋愛を禁止してるわけじゃないんだけど、昔結構、いざこざが多かったらしくて」
「いざこざ?」
「社内不倫がバレて修羅場とか」
私はビールを手にしたまま動きを止める。
そういうこと、ホントにあるんだ。
千草さんは苦笑した。
「学生さんにこんな話するのもよくないかな。まあ、でも、女子は知っといた方がいいよね、自衛のために」
言いながらビールを口に運ぶ。そして、頼んだつまみを一口食べた。
「社員同士が仲良くなるのは、分からなくもないけどね。だって、家族よりも長い間一緒にいることになるんだから、互いの性格も気質も分かるし、居心地がいい人もいるじゃない。――でも、不倫はマズいよねぇ」
若干遠い目をしながら、千草さんが言う。私は肩をすくめた。
「そういう話って、どこでもあるんですかね? やっぱり」
「あるんじゃないかなぁ。だから、気を付けてね」
「え?」
千草さんが切れ長の目を細める。
「橘さんみたいに可愛くて素直な子、既婚者でも遠慮なく誘ってくるかもよ。橘さんはちゃんと断れると思うけど、勘違いしたようなオジサンもいるからさ」
思わず眉を寄せると、千草さんは笑った。
「だから、彼氏いないし結婚してないのにココに指輪してる子もいるよ。特に派遣の子とか」
千草さんは言いながら、左手の薬指を撫でた。「まあそれでも、背徳的な恋愛したい男は近寄って来るみたいだけどね」とまたビールを手にする。
「……なんか、めんどくさいですね、そういうの」
「そうねぇ。でも、大学も一緒っちゃ一緒でしょ。男と女の話はどこも、一筋縄じゃ行かないよね」
あんまり巻き込まれたくない世界だなぁ、と思いながら、おいしそうなホッケをほぐし始めた。
「お疲れさまです」
ガチン、と合わせたジョッキは生ビール。「美味しい居酒屋があるの」と連れて行かれた先は、よくドラマなんかで見かけるような、カウンター席がメインの小さなお店だった。
思わず、「ここ、一人で来られるんですか」と聞いてしまって、千草さんがふふっと笑う。
「最近はね。ちょっと前までは、ここを教えてくれた先輩と一緒によく来てたんだけど」
その横顔がどこか切なさを帯びて見えて戸惑う。不意に、ああこの人も一人の女性なんだな、と当たり前のことを思い出した。
あえてなのか性格なのか、千草さんの振る舞いはテキパキしていて中性的だ。淡々として見えるから女性であることを忘れがちなのだけど、ビジネスだとそれでも問題ない――むしろその方が周りも働きやすいんだろうなと、一週間で気づいた。
社員の中にもフェミニンな服装を好む社員はいるし、逆にほとんど男性みたいに振る舞う人もいたけれど、どっちもやりすぎな気がして私でも気になったくらいだ。
私なら、千草さんみたいな人と一緒に仕事をしたい。性別で媚びを売ることも、女性性を卑下することもなく、淡々と実力を積み重ねて行くような人――
「でも、橘さん、結構根性あるね。どんどん吸収するからびっくり」
「えっ、え? そ、そうですか?」
お世辞だろうと分かりながらも、思わず嬉しくなってしまう。
「山下さんもいい子だけど、私きっとイライラしちゃうな。自分でも駄目だなと思ってるんだけどね、気が短いからテキパキやってくれないとどうもテンポが合わなくて」
それを聞いて、ついつい笑ってしまった。
「何となく、分かります、それ」
「ほんと? あ、橘さんにイライラしたりしてないから大丈夫よ」
「ふふ、はい」
仕事中とは違う気さくさが嬉しくて、私も少しずつ肩の力が抜けて行く。
「ほんとだったら、インターンの子とサシ飲みなんて行く気なかったんだけどね。橘さん話し易いし、行っちゃうか、って思って。来週は少し、他の部署も行ってもらうから、私と二人っていうのもしばらくないからね」
「あ、そうなんですか」
ありがたいけど、ちょっと残念だ。ようやく、千草さんと少し仲良くなれた気がしたのに。
「月曜は、山下さんと同じ庶務課。後はこないだ説明してくれた課長さんのとことか。雑用いっぱい作っといてください、ってお願いしといたから、覚悟しておいてね」
にやりと笑われて、「えー」と形だけ嫌がって返す。千草さんは笑った。
「私以外の人の仕事のやり方も見ておくといいよ。みんなそれぞれ、工夫したりしてなかったり、いろいろだから」
「そういうもんですか」
普通、工夫しながらやるもんだと思っていたけど、そうではないらしい。千草さんはビール片手に頷いた。
「来週の金曜も、みんなで飲みに行く予定だからもしよければ」
「あ、嬉しいです」
顔をほころばせると、千草さんは「いいね、素直な子は好きよ」と笑った。
「橘さんは、仕事ずっと続けたいタイプ? それとも、結婚して子どもできたら辞めたい?」
「あ、ずっと続けたいです。……というか、続けるもんだと思ってました。母もそうなので」
「お母さま、共働き?」
「はい。父と同じ会社で……同期らしいんですけど」
「ふぅん、そうなんだ。じゃ、職場結婚か」
「はい」
私が頷くと、千草さんは目を細める。
「うちも結構多いよ、職場結婚。でも、大体女性が辞めちゃうかなぁ。別に社内恋愛を禁止してるわけじゃないんだけど、昔結構、いざこざが多かったらしくて」
「いざこざ?」
「社内不倫がバレて修羅場とか」
私はビールを手にしたまま動きを止める。
そういうこと、ホントにあるんだ。
千草さんは苦笑した。
「学生さんにこんな話するのもよくないかな。まあ、でも、女子は知っといた方がいいよね、自衛のために」
言いながらビールを口に運ぶ。そして、頼んだつまみを一口食べた。
「社員同士が仲良くなるのは、分からなくもないけどね。だって、家族よりも長い間一緒にいることになるんだから、互いの性格も気質も分かるし、居心地がいい人もいるじゃない。――でも、不倫はマズいよねぇ」
若干遠い目をしながら、千草さんが言う。私は肩をすくめた。
「そういう話って、どこでもあるんですかね? やっぱり」
「あるんじゃないかなぁ。だから、気を付けてね」
「え?」
千草さんが切れ長の目を細める。
「橘さんみたいに可愛くて素直な子、既婚者でも遠慮なく誘ってくるかもよ。橘さんはちゃんと断れると思うけど、勘違いしたようなオジサンもいるからさ」
思わず眉を寄せると、千草さんは笑った。
「だから、彼氏いないし結婚してないのにココに指輪してる子もいるよ。特に派遣の子とか」
千草さんは言いながら、左手の薬指を撫でた。「まあそれでも、背徳的な恋愛したい男は近寄って来るみたいだけどね」とまたビールを手にする。
「……なんか、めんどくさいですね、そういうの」
「そうねぇ。でも、大学も一緒っちゃ一緒でしょ。男と女の話はどこも、一筋縄じゃ行かないよね」
あんまり巻き込まれたくない世界だなぁ、と思いながら、おいしそうなホッケをほぐし始めた。
0
お気に入りに追加
129
あなたにおすすめの小説
初恋旅行に出かけます
松丹子
青春
いたって普通の女子学生の、家族と進路と部活と友情と、そしてちょっとだけ恋の話。
(番外編にしようか悩みましたが、単体で公開します)
エセ福岡弁が出てきます。
*関連作品『モテ男とデキ女の奥手な恋』
王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!
gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ?
王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。
国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから!
12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。
本日、私の大好きな幼馴染が大切な姉と結婚式を挙げます
結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
本日、私は大切な人達を2人同時に失います
<子供の頃から大好きだった幼馴染が恋する女性は私の5歳年上の姉でした。>
両親を亡くし、私を養ってくれた大切な姉に幸せになって貰いたい・・・そう願っていたのに姉は結婚を約束していた彼を事故で失ってしまった。悲しみに打ちひしがれる姉に寄り添う私の大好きな幼馴染。彼は決して私に振り向いてくれる事は無い。だから私は彼と姉が結ばれる事を願い、ついに2人は恋人同士になり、本日姉と幼馴染は結婚する。そしてそれは私が大切な2人を同時に失う日でもあった―。
※ 本編完結済。他視点での話、継続中。
※ 「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載しています
※ 河口直人偏から少し大人向けの内容になります
私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない
文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。
使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。
優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。
婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。
「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。
優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。
父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。
嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの?
優月は父親をも信頼できなくなる。
婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。
私達、政略結婚ですから。
黎
恋愛
オルヒデーエは、来月ザイデルバスト王子との結婚を控えていた。しかし2年前に王宮に来て以来、王子とはろくに会わず話もしない。一方で1年前現れたレディ・トゥルペは、王子に指輪を贈られ、二人きりで会ってもいる。王子に自分達の関係性を問いただすも「政略結婚だが」と知らん顔、レディ・トゥルペも、オルヒデーエに向かって「政略結婚ですから」としたり顔。半年前からは、レディ・トゥルペに数々の嫌がらせをしたという噂まで流れていた。
それが罪状として読み上げられる中、オルヒデーエは王子との数少ない思い出を振り返り、その処断を待つ。
【完結】辺境伯令嬢は新聞で婚約破棄を知った
五色ひわ
恋愛
辺境伯令嬢としてのんびり領地で暮らしてきたアメリアは、カフェで見せられた新聞で自身の婚約破棄を知った。真実を確かめるため、アメリアは3年ぶりに王都へと旅立った。
※本編34話、番外編『皇太子殿下の苦悩』31+1話、おまけ4話
【電子書籍化進行中】声を失った令嬢は、次期公爵の義理のお兄さまに恋をしました
八重
恋愛
※発売日少し前を目安に作品を引き下げます
修道院で生まれ育ったローゼマリーは、14歳の時火事に巻き込まれる。
その火事の唯一の生き残りとなった彼女は、領主であるヴィルフェルト公爵に拾われ、彼の養子になる。
彼には息子が一人おり、名をラルス・ヴィルフェルトといった。
ラルスは容姿端麗で文武両道の次期公爵として申し分なく、社交界でも評価されていた。
一方、怠惰なシスターが文字を教えなかったため、ローゼマリーは読み書きができなかった。
必死になんとか義理の父や兄に身振り手振りで伝えようとも、なかなか伝わらない。
なぜなら、彼女は火事で声を失ってしまっていたからだ──
そして次第に優しく文字を教えてくれたり、面倒を見てくれるラルスに恋をしてしまって……。
これは、義理の家族の役に立ちたくて頑張りながら、言えない「好き」を内に秘める、そんな物語。
※小説家になろうが先行公開です
白い初夜
NIWA
恋愛
ある日、子爵令嬢のアリシアは婚約者であるファレン・セレ・キルシュタイン伯爵令息から『白い結婚』を告げられてしまう。
しかし話を聞いてみればどうやら話が込み入っているようで──
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる