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.第9章 穏やかな日々

236 祖父母との晩酌

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 栄太兄が祖父母の家に来たのは六時頃だった。まだ夕飯の準備をしていたところだったので、一緒に手伝ってくれて、七時前に祖父も含めた4人で食卓を囲んだ。
 祖父の要望通り、それぞれビールを少しずつグラスに注いで、かちんと合わせる。

「かーんぱーい」
「かんぱい」

 美味しそうにビールを口にした祖父は、ぷはぁ、と吐息をついて顔をほころばせた。

「礼奈もとうとう酒が飲めるようになったなぁ」
「うん」

 先月来たときは日中だったので、さすがにお酒は飲まなかった。祖父母とはタイミングを逃していたから、ようやく一緒に飲めるわけだ。

「栄太郎は今日は泊まる?」
「うん、そのつもりやで。――礼奈は?」
「私は帰る。明日バイトだから」
「そうか」

 栄太兄はちょっと困ったような顔をした。私は「大丈夫だよ」と首を振る。

「駅まで悠人兄が迎えに来てくれるって。今日、非番だから」
「すまんな、送れんで。――こっちの駅までは送るから」
「うん、ありがとう」

 そんな会話を交わしていたら、祖父が何やら言いたげな目をしている。私が「なに?」と問いかけると、祖父がこほんと咳ばらいをした。

「いや……まるで夫婦みたいに話すなと思って」
「ふ、夫婦って……」

 思わず顔を見合わせる私と栄太兄に、祖母が笑った。

「やぁねおじいちゃん、気が早いわよ」

 そう手を振ると、肩をすくめる。

「歳を取ると駄目ねぇ、ほら、生い先少ないから、何でも気が急いちゃって。いいのよ、若い人たちは若い人たちのペースで、ゆっくり関係を築いていけば」

 祖父はふむ、と言葉短かに頷いて、グラスを空けた。栄太兄がそれを見て腰を上げる。

「じいちゃん、何飲む? 焼酎?」
「うん。水割り」
「分かった。――礼奈は?」
「え、あ、えと。自分でやる」

 私は空いたグラスを手に立ち上がり、栄太兄と二人、台所へ入った。
 栄太兄は戸棚から焼酎を取り出して、自分と祖父の分を注ぎ、水を注いだ。慣れた手つきに見入っていたら、「お前も飲むか?」と焼酎のボトルを差し出される。私は慌てて首を横に振った。

「いい。――まだ、焼酎のおいしさは分かんない」
「はは、それもそうやな」

 栄太兄は「味見」と言って自分の分のグラスに口をつける。「んま」と笑うと、祖父の分を手にして食卓に戻ろうとした。それを思わず引き留める。

「ああ、飲み物の場所分からんか。すまん」
「あっ、いや、そうじゃなくて……」

 私が飲もうと思ったのは昨年漬けた梅酒で、その場所は知っている。だから、栄太兄を呼び止めたのはそのためじゃなくて。

「……栄太兄が飲んでると、おいしそうに見えるなって」

 言いながら、なんだか恥ずかしくなってうつむく。
 栄太兄は私の顔と自分の手元を見比べてから、コップを差し出した。

「一口飲んでみるか?」

 優しく微笑まれて、おずおずと手を差し出す。栄太兄からコップを受け取ると、少し匂いを嗅いで、舐めるようにそれを口にした。
 とたん、眉を寄せる。いかにもアルコール、って味で、やっぱりまだ美味しさは分からない。
 栄太兄は私のその反応を見て笑った。

「マズいか。――ほんま可愛えなぁ」

 栄太兄の手が自然と私の頭を撫でて、手にしていたコップを取り戻し、再び口に運ぶ。
 ……間接キス。
 そんなことでそわそわする自分が、何とも乙女めいていて気恥ずかしい。

「ま、こんなん無理して飲まんでもええわ。いくらでも他にあるんやし。……そうや、ばあちゃんは? お茶淹れよか?」
「うん、お願い」
「分かった。とりあえず、じいちゃん、水割りな」

 栄太兄は一度コップを置いて、台所に戻って来ると、手早くお茶を準備した。私もその横で梅酒を入れる。
 ――あ、ちょっと濃かったかな。
 思って少し味見したら、爽やかな甘みが口に広がった。

「ん、おいし」

 横でその様子を見ていたらしい栄太兄が笑う。

「それ言うなら、礼奈も美味そうに飲むやん。――俺にも一口」
「ん」

 差し出したけど、栄太兄の手元はお茶を淹れる準備をしているままだ。ちょっとためらってから、口元まで持って行ってあげる。
 上体を曲げて少し口に含むと、栄太兄は目を細めた。

「ん、うまい。おおきに」

 いつもよりも少し近い距離で笑まれて、思わず顔を赤らめる。栄太兄は初めて気づいたように目を泳がせて、「あ、そういやお湯沸かしてへんかったわ」とわざとらしくコンロへ向かった。私が「先、戻ってるね」と声をかけると、栄太兄が「ああ」と答えた。
 栄太兄がコンロに立つと、食卓と台所の間にある戸だなの陰に、一瞬だけみんなの死角になるところがある。そこにふっと足を止めて、ちょっとだけ、グラスに口をつける。
 栄太兄が口をつけたコップのフチは、味見をしたときよりも甘く感じた。

「礼奈? どうかした?」
「あ、えとっ、いや、何でもないっ」

 一瞬歩みを止めた私に気づいた祖母が声をかけてきた。
 慌てて答えた私は、ドキドキ鳴る心臓を押さえながら食卓に戻った。
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