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.第9章 穏やかな日々
241 栄太郎の誕生日(1)
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そんなわけで、私は手作りのおかずを持って、駅前で帰宅する栄太兄と合流した。午後七時になる頃だけど、夏だからまだ外は明るい。
クールビズらしく、ワイシャツとスラックス姿の栄太兄は、高校生の夏に会ったときよりも軽やかに見える。
「ジャケットなくていいんだね」
「せやな。これ一つでも転職してよかったわ」
そう笑った栄太兄は、私の手元に気づいて手を差し出した。素直に甘えて荷物をお願いすると、「ずいぶん作ったんやな」と目を丸くする。私は頷いた。
「どれくらい食べるか分かんなかったから」
「悠人や健人ほどは食べへんで。――でも、余ったら明日以降食べられるか」
目を細める栄太兄は本当に嬉しそうだ。その顔を見れただけでも作ってよかった。
そう思いながら、歩きだした栄太兄について行く。
「ご飯、お願いしちゃったけど大丈夫?」
「ああ、朝セットして出たから炊けとるはずや。――そや。何か飲むか? 家、酒置いてへんで」
「じゃあ、なんか買ってこっか。作ったのは和食だよ」
「んじゃ、日本酒にでもするか。飲めるか?」
「うん」
頷いた私は、隣を歩く栄太兄に手を伸ばそうとして、その両手が荷物で塞がっていることに気づく。
「……やっぱり、私、自分で持つ」
「何でや? 重いやん」
「でも、持つ」
唇を尖らせて、私が持っていた荷物の持ち手に手を伸ばす。栄太兄は私と荷物を見比べて、ふっと笑った。
かと思うと、ビジネスバッグを持った片手にその荷物を寄せて持ち、手を差し伸べる。
「ほら。これでええやろ」
「うっ……」
まあ、いいんだけど。
そうなんだけど。
「……でも、重くない?」
「営業んとき使てた鞄に比べれば軽いもんや。ほら、行くで」
「うん……」
栄太兄の手を握って、うつむきがちに歩いて行く。栄太兄はくすりと笑った。
「……何で笑うの」
「いや、可愛えなぁと思て」
「もー、またそれ」
子ども扱いしないで。
そう言おうと息を吸って、私は栄太兄を見上げる。
けれどそこには、優しく細められた目があって、そのまま何も言えなくなった。
「何や?」
「何でもない」
「ぶーたれてるやん」
「ぶーたれてない」
唇を尖らせてうつむく。視界の端で、繋いだ手が揺れている。栄太兄の革靴が、コツコツ音を立てる。自分のスニーカーが目に入って、ちょっと後悔する。
駅前で合流して家に行く、とだけ思っていたから、栄太兄の恰好なんて考えなかった。少しは露出度が高い方が誘惑できるかな、なんて、ショートパンツにスニーカーで、スーツ姿の人の隣にふさわしい服装とは言えない。
今度もっとちゃんとした服買おう。
――そういえば、栄太兄はどんな服が好きなんだろ。
「……今日の服、可愛えな」
「え?」
思わぬ言葉に、ぱっと顔を上げる。
栄太兄は照れ臭そうに笑っていた。
「ワンピース着てお姉さんぶってはるんもええけど、礼奈はそういう恰好がええわ。引っ越し手伝うてくれたときも、ジーパンやったろ」
「うん……たぶん」
あのときはまだ寒かったから、ジーパンとシンプルなニットだったはずだ。そう思い出していたら、栄太兄はくすりと笑った。
「変にかしこまらん方がええやろ。お互い」
「……それもそうだね」
私が笑うと、栄太兄も笑う。
それなら、と、遠慮なく、その腕に抱き着いた。
「ちょ、ど、どうした、急に」
「かしこまらない方がいいんでしょ?」
栄太兄の肩に額を押し付けながら、くすくす笑う。
「だから、好きなように振る舞おうかなと思って」
「そ、それはその――」
栄太兄が何か言いかけたけど、「行こ」とぐいぐい引っ張っていく。栄太兄が「おい、礼奈」と言うのを、笑って流して、まだ暗くならない外をお店へと向かった。
クールビズらしく、ワイシャツとスラックス姿の栄太兄は、高校生の夏に会ったときよりも軽やかに見える。
「ジャケットなくていいんだね」
「せやな。これ一つでも転職してよかったわ」
そう笑った栄太兄は、私の手元に気づいて手を差し出した。素直に甘えて荷物をお願いすると、「ずいぶん作ったんやな」と目を丸くする。私は頷いた。
「どれくらい食べるか分かんなかったから」
「悠人や健人ほどは食べへんで。――でも、余ったら明日以降食べられるか」
目を細める栄太兄は本当に嬉しそうだ。その顔を見れただけでも作ってよかった。
そう思いながら、歩きだした栄太兄について行く。
「ご飯、お願いしちゃったけど大丈夫?」
「ああ、朝セットして出たから炊けとるはずや。――そや。何か飲むか? 家、酒置いてへんで」
「じゃあ、なんか買ってこっか。作ったのは和食だよ」
「んじゃ、日本酒にでもするか。飲めるか?」
「うん」
頷いた私は、隣を歩く栄太兄に手を伸ばそうとして、その両手が荷物で塞がっていることに気づく。
「……やっぱり、私、自分で持つ」
「何でや? 重いやん」
「でも、持つ」
唇を尖らせて、私が持っていた荷物の持ち手に手を伸ばす。栄太兄は私と荷物を見比べて、ふっと笑った。
かと思うと、ビジネスバッグを持った片手にその荷物を寄せて持ち、手を差し伸べる。
「ほら。これでええやろ」
「うっ……」
まあ、いいんだけど。
そうなんだけど。
「……でも、重くない?」
「営業んとき使てた鞄に比べれば軽いもんや。ほら、行くで」
「うん……」
栄太兄の手を握って、うつむきがちに歩いて行く。栄太兄はくすりと笑った。
「……何で笑うの」
「いや、可愛えなぁと思て」
「もー、またそれ」
子ども扱いしないで。
そう言おうと息を吸って、私は栄太兄を見上げる。
けれどそこには、優しく細められた目があって、そのまま何も言えなくなった。
「何や?」
「何でもない」
「ぶーたれてるやん」
「ぶーたれてない」
唇を尖らせてうつむく。視界の端で、繋いだ手が揺れている。栄太兄の革靴が、コツコツ音を立てる。自分のスニーカーが目に入って、ちょっと後悔する。
駅前で合流して家に行く、とだけ思っていたから、栄太兄の恰好なんて考えなかった。少しは露出度が高い方が誘惑できるかな、なんて、ショートパンツにスニーカーで、スーツ姿の人の隣にふさわしい服装とは言えない。
今度もっとちゃんとした服買おう。
――そういえば、栄太兄はどんな服が好きなんだろ。
「……今日の服、可愛えな」
「え?」
思わぬ言葉に、ぱっと顔を上げる。
栄太兄は照れ臭そうに笑っていた。
「ワンピース着てお姉さんぶってはるんもええけど、礼奈はそういう恰好がええわ。引っ越し手伝うてくれたときも、ジーパンやったろ」
「うん……たぶん」
あのときはまだ寒かったから、ジーパンとシンプルなニットだったはずだ。そう思い出していたら、栄太兄はくすりと笑った。
「変にかしこまらん方がええやろ。お互い」
「……それもそうだね」
私が笑うと、栄太兄も笑う。
それなら、と、遠慮なく、その腕に抱き着いた。
「ちょ、ど、どうした、急に」
「かしこまらない方がいいんでしょ?」
栄太兄の肩に額を押し付けながら、くすくす笑う。
「だから、好きなように振る舞おうかなと思って」
「そ、それはその――」
栄太兄が何か言いかけたけど、「行こ」とぐいぐい引っ張っていく。栄太兄が「おい、礼奈」と言うのを、笑って流して、まだ暗くならない外をお店へと向かった。
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