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.第9章 穏やかな日々
238 外泊許可(1)
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久々に連絡をくれた小夏とランチすることになったのは、7月の上旬だった。
「ひっさしぶりぃ!」
「久しぶり」
会うなりハイタッチを交わして笑い合うと、小夏はじっと私を見つめて来る。
「髪、中学のときよりは長いんだね。また伸ばすの?」
「ううん。このままで行こうかなーって思ってる」
1月にショートボブに切りそろえた髪は、肩に届かないところで定期的に美容室に通っている。母もボブヘアだし、結局これくらいが一番落ち着く気がしている。
とは、表向きの理由で、本音はちょっと違う理由がある。栄太兄が髪を撫でてくれたとき、短すぎもせず、かといってぐちゃぐちゃになることもないこの長さが一番ベストだ、と思っているのだ。
慶次郎もそうだったけど、身長差があるとどうしても、触れやすいのが私の頭になるみたい。肩を抱くとか、そういうことをしてもらえないのは悔しいけど、それならそれで、遠慮なく触れてもらえるようにしておこうかな、という魂胆だったりする。
栄太兄とは月に1度程度しか会えないけど、月に1度は会えている。年に1回会えるかどうかだったときに比べれば、全然マシ――どころか、ほとんど奇跡みたいだ。
「小夏はどう? 希望のゼミ入れた?」
「うん、どうにかね。そういえばこないだ、図書館で成田に会ったよ。相変わらずスカした顔してた」
スカした顔って……小夏ってば、未だにナルナルのこと嫌いなのかな。
「そんでさ、なんかどうも、彼女できたっぽかったんだよね。鞄に可愛いストラップつけちゃってさ、たぶんお揃いなんだね」
――お揃い。
その言葉に、ぴん、と耳が反応する。
お揃い。栄太兄とお揃い。
――いいな、それ。今度、ちょっと、考えてみよう。
というのも、元の関係があれなだけに、私と栄太兄の距離感は全然進展しないのだ。四月の頭、栄太兄の家に行って抱きしめてもらって以降、会うのが祖父母の家ということもあって、手を繋ぐぐらいしかできてない。
栄太兄におねだりしてもいいのかもしれないけど、変にがっつきすぎて「やっぱり子どもやな」と思われるのも嫌だった。
栄太兄だって大学以降彼女がいるときがあったのだから、慶次郎が言う、「行くところまで」行ってそうなものだ。なのに、全然私にそういうそぶりを見せないのは、やっぱり妹分から抜け出せていないからじゃないか――そんな気がしてならず、かといってどうやって栄太兄の気持ちを確認すればいいのかも分からずにいる。
そんなことを考えていた私に、小夏がにやりと笑って身を乗り出した。
「ね、ね、で? どこまで行ったの?」
「ど、どこまでって?」
「だってさぁ、ずぅーーーーっと好きだった人と、晴れて両想いになったんでしょ。いくらお堅い礼奈でも、当っ然、そういうことになるよね?」
と、当然……!? そういうこと……!?
キスすらまだだというのに、小夏はたぶん、その先も期待しているんだろう。私は「えぇと」と目を泳がせて、諦めて手元のストローを口に咥えて、何も言わずにちゅぅちゅぅとアイスティーを吸い上げた。途端に、小夏の顔が表情を失くす。
「うっそ……もしかして、まだ?」
「……まあ、その」
うん、と頷くと、小夏は言葉を失って額を押さえた。私が何も言えずにその様子を見ていると、小夏はしばらく言葉を探すように目を閉じ、「礼奈」と真剣な顔で私を見る。
「……どういうこと?」
「ど、どういうことって……」
私の方こそ、聞きたいくらいだ。どうしてみんな、そんなにトントントンと関係が進展していくの? 私なんて、手を繋いでデートしたら、なんかもうお腹いっぱい、幸せだったなぁ、って感じなのに。
「いや、だってあの容姿で、三十過ぎでしょ? そりゃあもう、もちろん、女を手のひらで転がせるほどのテクニシャンのはずでしょ? それなのに」
「いや、待って。ちょっと待って。その偏見はおかしい、おかしすぎる」
いくらイケメンだって、そういう機会のない人もいるはずだ。――例えば、悠人兄とか。あ、翔太くんも。ていうかあれか。うちだと健人兄だけか、経験ありそうなのは。
「ともかくさー、何だかんだで『いいではないか、いいではないか』って感じに持って行くスキルはあるはずじゃない? あのイトコさんなら」
どんな感じのスキルよ。
あまりに明け透けな小夏の言葉に、私は顔を赤らめながら目を逸らす。
「ええー、ほんと大丈夫なの? ちゃんと恋人になってる? なんかほら、可愛い妹分扱いのままでさ、『よちよち、いい子でちゅねー』みたいな感じになってない? 女だって認識されてる?」
「そ、それは……」
気にしていることを言われて、私も何も言い返せない。
小夏はやたらと熱っぽく語った。
「そんなんじゃ駄目よ。こっちから誘惑してやる、くらいの感じで行くべきじゃない? 何かいいチャンスないの?」
「いいチャンス……」
チャンス、になるのか分からないけれど、次に待つイベントとしては月末、栄太兄の誕生日がある。
「で、でも、その辺り多分テスト週間――」
「関・係・ナッシング!!」
小夏は大げさな動きで指を左右に振り、私の言葉を一蹴した。
「それよそれ! 『プレゼントはあ・た・し』作戦よ!! 慶ちゃんにはできなかったけどイトコさんにはできるでしょ!?」
「で、できない! できない、そんなの! ――ていうか小夏、声が大きいっ!!」
鼻息荒く中腰になった小夏をぐいぐい引っ張って座らせると、小夏はふぅとため息をついた。
「失礼。私としたことが取り乱したわ」
「ああ、そう……」
疲れ切った表情を浮かべる私に、小夏はふふっと笑った。
「でも、そんなこと言っても――」
「とりあえず、外泊許可を得ること」
びしっ、と人差し指を立てて言う小夏は、きりりとした表情で続ける。
「それができればどうとでも、よ。『今日、帰らないって言ってきたから』で意図が分からない男はいないわ。それでも手を出して来なかったら――」
「来なかったら?」
「来なかったら……うーん……健人先輩にでも相談して」
「えっ、投げやり……!!」
私が衝撃を受けていたら、「だって、その辺健人先輩の方が経験豊富そうだし」と小夏はしれっと舌を出すのだった。
「ひっさしぶりぃ!」
「久しぶり」
会うなりハイタッチを交わして笑い合うと、小夏はじっと私を見つめて来る。
「髪、中学のときよりは長いんだね。また伸ばすの?」
「ううん。このままで行こうかなーって思ってる」
1月にショートボブに切りそろえた髪は、肩に届かないところで定期的に美容室に通っている。母もボブヘアだし、結局これくらいが一番落ち着く気がしている。
とは、表向きの理由で、本音はちょっと違う理由がある。栄太兄が髪を撫でてくれたとき、短すぎもせず、かといってぐちゃぐちゃになることもないこの長さが一番ベストだ、と思っているのだ。
慶次郎もそうだったけど、身長差があるとどうしても、触れやすいのが私の頭になるみたい。肩を抱くとか、そういうことをしてもらえないのは悔しいけど、それならそれで、遠慮なく触れてもらえるようにしておこうかな、という魂胆だったりする。
栄太兄とは月に1度程度しか会えないけど、月に1度は会えている。年に1回会えるかどうかだったときに比べれば、全然マシ――どころか、ほとんど奇跡みたいだ。
「小夏はどう? 希望のゼミ入れた?」
「うん、どうにかね。そういえばこないだ、図書館で成田に会ったよ。相変わらずスカした顔してた」
スカした顔って……小夏ってば、未だにナルナルのこと嫌いなのかな。
「そんでさ、なんかどうも、彼女できたっぽかったんだよね。鞄に可愛いストラップつけちゃってさ、たぶんお揃いなんだね」
――お揃い。
その言葉に、ぴん、と耳が反応する。
お揃い。栄太兄とお揃い。
――いいな、それ。今度、ちょっと、考えてみよう。
というのも、元の関係があれなだけに、私と栄太兄の距離感は全然進展しないのだ。四月の頭、栄太兄の家に行って抱きしめてもらって以降、会うのが祖父母の家ということもあって、手を繋ぐぐらいしかできてない。
栄太兄におねだりしてもいいのかもしれないけど、変にがっつきすぎて「やっぱり子どもやな」と思われるのも嫌だった。
栄太兄だって大学以降彼女がいるときがあったのだから、慶次郎が言う、「行くところまで」行ってそうなものだ。なのに、全然私にそういうそぶりを見せないのは、やっぱり妹分から抜け出せていないからじゃないか――そんな気がしてならず、かといってどうやって栄太兄の気持ちを確認すればいいのかも分からずにいる。
そんなことを考えていた私に、小夏がにやりと笑って身を乗り出した。
「ね、ね、で? どこまで行ったの?」
「ど、どこまでって?」
「だってさぁ、ずぅーーーーっと好きだった人と、晴れて両想いになったんでしょ。いくらお堅い礼奈でも、当っ然、そういうことになるよね?」
と、当然……!? そういうこと……!?
キスすらまだだというのに、小夏はたぶん、その先も期待しているんだろう。私は「えぇと」と目を泳がせて、諦めて手元のストローを口に咥えて、何も言わずにちゅぅちゅぅとアイスティーを吸い上げた。途端に、小夏の顔が表情を失くす。
「うっそ……もしかして、まだ?」
「……まあ、その」
うん、と頷くと、小夏は言葉を失って額を押さえた。私が何も言えずにその様子を見ていると、小夏はしばらく言葉を探すように目を閉じ、「礼奈」と真剣な顔で私を見る。
「……どういうこと?」
「ど、どういうことって……」
私の方こそ、聞きたいくらいだ。どうしてみんな、そんなにトントントンと関係が進展していくの? 私なんて、手を繋いでデートしたら、なんかもうお腹いっぱい、幸せだったなぁ、って感じなのに。
「いや、だってあの容姿で、三十過ぎでしょ? そりゃあもう、もちろん、女を手のひらで転がせるほどのテクニシャンのはずでしょ? それなのに」
「いや、待って。ちょっと待って。その偏見はおかしい、おかしすぎる」
いくらイケメンだって、そういう機会のない人もいるはずだ。――例えば、悠人兄とか。あ、翔太くんも。ていうかあれか。うちだと健人兄だけか、経験ありそうなのは。
「ともかくさー、何だかんだで『いいではないか、いいではないか』って感じに持って行くスキルはあるはずじゃない? あのイトコさんなら」
どんな感じのスキルよ。
あまりに明け透けな小夏の言葉に、私は顔を赤らめながら目を逸らす。
「ええー、ほんと大丈夫なの? ちゃんと恋人になってる? なんかほら、可愛い妹分扱いのままでさ、『よちよち、いい子でちゅねー』みたいな感じになってない? 女だって認識されてる?」
「そ、それは……」
気にしていることを言われて、私も何も言い返せない。
小夏はやたらと熱っぽく語った。
「そんなんじゃ駄目よ。こっちから誘惑してやる、くらいの感じで行くべきじゃない? 何かいいチャンスないの?」
「いいチャンス……」
チャンス、になるのか分からないけれど、次に待つイベントとしては月末、栄太兄の誕生日がある。
「で、でも、その辺り多分テスト週間――」
「関・係・ナッシング!!」
小夏は大げさな動きで指を左右に振り、私の言葉を一蹴した。
「それよそれ! 『プレゼントはあ・た・し』作戦よ!! 慶ちゃんにはできなかったけどイトコさんにはできるでしょ!?」
「で、できない! できない、そんなの! ――ていうか小夏、声が大きいっ!!」
鼻息荒く中腰になった小夏をぐいぐい引っ張って座らせると、小夏はふぅとため息をついた。
「失礼。私としたことが取り乱したわ」
「ああ、そう……」
疲れ切った表情を浮かべる私に、小夏はふふっと笑った。
「でも、そんなこと言っても――」
「とりあえず、外泊許可を得ること」
びしっ、と人差し指を立てて言う小夏は、きりりとした表情で続ける。
「それができればどうとでも、よ。『今日、帰らないって言ってきたから』で意図が分からない男はいないわ。それでも手を出して来なかったら――」
「来なかったら?」
「来なかったら……うーん……健人先輩にでも相談して」
「えっ、投げやり……!!」
私が衝撃を受けていたら、「だって、その辺健人先輩の方が経験豊富そうだし」と小夏はしれっと舌を出すのだった。
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