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.第8章 終わりと始まり
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年明け最初の講義は英語だった。ハルちゃんと教室で合流すると、大阪の実家に帰省したという話に、どうにか笑顔を取り繕いながらあいづちを打った。
ハルちゃんは私の態度のぎこちなさに気づいていなかったらしい。講義が始まり、いつも通りのペアワークなどもこなした後、昼を食べようという段になって、きょろきょろと辺りを見回した。
「……馬場くんは? 今日は来ぉへんの?」
手元に出したお土産は、慶次郎にもあげるつもりだったのだろう。たこやき味のスナック菓子の小袋が二つ、机の横に並んでいる。
私は曖昧に微笑んで、「たぶん、もう来ないと思う」と小さな声で答えた。
ハルちゃんが動きを止める。
「……どういうこと? もしかして……」
「別れたの。……ついこないだ」
答えながら、私は喉につっかえる苦しさを感じていた。
でも、仕方ない。嘘をつくわけにもいかない。ついたところで、どうせいずれはバレるのだから。
ハルちゃんは目を丸くしたまま、私を見つめた。
「なんで……そんなん……」
呟くように言って、口元を手で押さえる。
「嘘やん……だってあんな……仲、よさそうやって……」
私、理想やったんで。二人の関係。
ハルちゃんは呟くように、そう言う。
私はゆっくり、首を横に振った。
「元から、その約束だったの」
「約束? どんな」
「私の……二十歳の誕生日が来たら」
言葉を続けるのをためらった私に、ハルちゃんが「別れるって?」と眉を寄せる。
私は黙って頷いた。
「そんなん、おかしいやん。なんで? どうして? 最初から、終わりを見据えてつき合っとったん? どういうこと? わけ分からんわ」
ハルちゃんは動揺を隠そうともせず、矢継ぎ早に続けた。
「どんな都合やの、私には全然理解できへん。――礼奈ちゃん、私が何でバスケ一緒に行ってたか分かる? 馬場くんが、礼奈ちゃんを見てるとき、どんな顔してたか知っとる? ほんとに大切にしとるんやなって、周りから見てもよう分かるような、ごっつ優しい顔してんねんで」
ハルちゃんの言葉が胸に突き刺さる。私は顔を上げられないまま、その言葉を受け止める。
「あんな――あんな、一途に想ってくれるような男の子もいるねんなぁって、ほんま、私、驚いたんやで。世の中捨てたもんやないなぁって――くだらない男ばっかやないんやなって――それなのに――なのに――」
ハルちゃんが言葉を切って、ごくり、と唾を飲み込んだ。
「何か言いや! 私ばっかしゃべってアホみたいや! 礼奈ちゃんのことやろ、礼奈ちゃんが話してや!」
詰め寄られて、私はゆっくり首を振る。
「……ごめん」
呟くような声に、ハルちゃんは苛立たし気に息を吐き出した。
「……ひどいやん……」
ハルちゃんの声は震えていた。
「……あんなに、大切にしてくれる人おらんで……馬場くんが何したん……? 礼奈ちゃん、どんなつもりやの……? もしかして他に、好きな人でも――」
私は黙ってうつむいた。
ハルちゃんは机の上で拳を握る。
その拳が、震えているのが見えた。
「ほんまに? ほんまに、そんななん? どうして!? 最初からって、だったら、なんであんな、あんな、馬場くんの前で平気で笑っていられたん!? ひどいやん! 薄情すぎるわ! そんなことできるやなんて、そんなこと――!!」
ハルちゃんの言葉は、後半ほとんど涙ににじんだ。机の上のものを手早く鞄にしまい込むと、椅子から立ち上がる。
「……今日、一緒に食べられへん。ごめん。ーーもしかしたら、もう、一緒にいられへんかもしれん」
「……うん」
私は頷いた。ハルちゃんは苛立たし気に息を吸い、吐いて、一度机の上に目を落とす。そこから視線を引きはがすようにしながら、教室を出て行った。
鞄の紐を握り締めたハルちゃんの手が、血の気を失って白くなっているのが、私の目にくっきりと焼き付いていた。
申し訳程度に詰めたお弁当箱を広げて、一人で、ご飯を口に運ぶ。
冷めきったおかずはどれも、ろくに味を感じなかった。
ハルちゃんが座っていた側の席に、一つだけ、大阪土産が残っている。
最後までためらって見つめていたのはこれだったのかと、ハルちゃんの動揺とためらいを感じて、胸が痛む。
――これは礼奈ちゃんに。
彼女がそう思って、置いて行ったのだということが分かったからだ。
もう、壊れるかもしれないという関係に、最後のよすがを残したみたいに。
私は手を伸ばして、その賑やかな柄のパッケージに触れる。
かさりと音をたてたプラスチックの包装が、耳に無機質に響いた。
それでも、ハルちゃんが私をなじってくれたことに、私はどこかでほっとした。
自分で自分を責めているより、他人が自分を責めてくれた方がよほど気楽なものらしい、と気づく。
来週は成人式があるから、英語の講義はない。
ハルちゃんとも、残った時間は、ごくわずかだ。
慶次郎と同じ学部のハルちゃんは、四月から、私とは通うキャンパスが変わる。
離れてしまうなら、それでいい。
それでも、仕方ない。
けれど。
また一人、大切な人を傷つけてしまった。
私はひとり、ため息を飲み込んだ。
ハルちゃんは私の態度のぎこちなさに気づいていなかったらしい。講義が始まり、いつも通りのペアワークなどもこなした後、昼を食べようという段になって、きょろきょろと辺りを見回した。
「……馬場くんは? 今日は来ぉへんの?」
手元に出したお土産は、慶次郎にもあげるつもりだったのだろう。たこやき味のスナック菓子の小袋が二つ、机の横に並んでいる。
私は曖昧に微笑んで、「たぶん、もう来ないと思う」と小さな声で答えた。
ハルちゃんが動きを止める。
「……どういうこと? もしかして……」
「別れたの。……ついこないだ」
答えながら、私は喉につっかえる苦しさを感じていた。
でも、仕方ない。嘘をつくわけにもいかない。ついたところで、どうせいずれはバレるのだから。
ハルちゃんは目を丸くしたまま、私を見つめた。
「なんで……そんなん……」
呟くように言って、口元を手で押さえる。
「嘘やん……だってあんな……仲、よさそうやって……」
私、理想やったんで。二人の関係。
ハルちゃんは呟くように、そう言う。
私はゆっくり、首を横に振った。
「元から、その約束だったの」
「約束? どんな」
「私の……二十歳の誕生日が来たら」
言葉を続けるのをためらった私に、ハルちゃんが「別れるって?」と眉を寄せる。
私は黙って頷いた。
「そんなん、おかしいやん。なんで? どうして? 最初から、終わりを見据えてつき合っとったん? どういうこと? わけ分からんわ」
ハルちゃんは動揺を隠そうともせず、矢継ぎ早に続けた。
「どんな都合やの、私には全然理解できへん。――礼奈ちゃん、私が何でバスケ一緒に行ってたか分かる? 馬場くんが、礼奈ちゃんを見てるとき、どんな顔してたか知っとる? ほんとに大切にしとるんやなって、周りから見てもよう分かるような、ごっつ優しい顔してんねんで」
ハルちゃんの言葉が胸に突き刺さる。私は顔を上げられないまま、その言葉を受け止める。
「あんな――あんな、一途に想ってくれるような男の子もいるねんなぁって、ほんま、私、驚いたんやで。世の中捨てたもんやないなぁって――くだらない男ばっかやないんやなって――それなのに――なのに――」
ハルちゃんが言葉を切って、ごくり、と唾を飲み込んだ。
「何か言いや! 私ばっかしゃべってアホみたいや! 礼奈ちゃんのことやろ、礼奈ちゃんが話してや!」
詰め寄られて、私はゆっくり首を振る。
「……ごめん」
呟くような声に、ハルちゃんは苛立たし気に息を吐き出した。
「……ひどいやん……」
ハルちゃんの声は震えていた。
「……あんなに、大切にしてくれる人おらんで……馬場くんが何したん……? 礼奈ちゃん、どんなつもりやの……? もしかして他に、好きな人でも――」
私は黙ってうつむいた。
ハルちゃんは机の上で拳を握る。
その拳が、震えているのが見えた。
「ほんまに? ほんまに、そんななん? どうして!? 最初からって、だったら、なんであんな、あんな、馬場くんの前で平気で笑っていられたん!? ひどいやん! 薄情すぎるわ! そんなことできるやなんて、そんなこと――!!」
ハルちゃんの言葉は、後半ほとんど涙ににじんだ。机の上のものを手早く鞄にしまい込むと、椅子から立ち上がる。
「……今日、一緒に食べられへん。ごめん。ーーもしかしたら、もう、一緒にいられへんかもしれん」
「……うん」
私は頷いた。ハルちゃんは苛立たし気に息を吸い、吐いて、一度机の上に目を落とす。そこから視線を引きはがすようにしながら、教室を出て行った。
鞄の紐を握り締めたハルちゃんの手が、血の気を失って白くなっているのが、私の目にくっきりと焼き付いていた。
申し訳程度に詰めたお弁当箱を広げて、一人で、ご飯を口に運ぶ。
冷めきったおかずはどれも、ろくに味を感じなかった。
ハルちゃんが座っていた側の席に、一つだけ、大阪土産が残っている。
最後までためらって見つめていたのはこれだったのかと、ハルちゃんの動揺とためらいを感じて、胸が痛む。
――これは礼奈ちゃんに。
彼女がそう思って、置いて行ったのだということが分かったからだ。
もう、壊れるかもしれないという関係に、最後のよすがを残したみたいに。
私は手を伸ばして、その賑やかな柄のパッケージに触れる。
かさりと音をたてたプラスチックの包装が、耳に無機質に響いた。
それでも、ハルちゃんが私をなじってくれたことに、私はどこかでほっとした。
自分で自分を責めているより、他人が自分を責めてくれた方がよほど気楽なものらしい、と気づく。
来週は成人式があるから、英語の講義はない。
ハルちゃんとも、残った時間は、ごくわずかだ。
慶次郎と同じ学部のハルちゃんは、四月から、私とは通うキャンパスが変わる。
離れてしまうなら、それでいい。
それでも、仕方ない。
けれど。
また一人、大切な人を傷つけてしまった。
私はひとり、ため息を飲み込んだ。
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