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.第7章 大学1年、後期

173 新年会

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 鎌倉に集まる、親戚の新年会。
 予想通り、朝子ちゃんは就活――というか、受験勉強で来なかった。
 孫世代で顔を出したのは、私と悠人兄だけだ。翔太くんはと聞けば「今日から研究室開けてもらえるらしくって」と母の香子さんが呆れている。同じく父の隼人さんは「いいよねぇ、そんなに熱心になれるものがあるって幸せだよ」と相変わらずおっとりと言った。
 ハイボール片手に父が苦笑する。

「翔太はそのまま研究者になるつもりなのか?」
「うーん、そんなに甘い世界じゃないとは思うんですけど、逆に他のことしてるイメージが湧かないんですよね」
「タイミングもあるからね。関連する研究してる人が退職すれば、チャンスはあるかも」

 父の問いに香子さんと隼人さんが答えて、悠人兄が笑った。

「翔太くんなら初志貫徹、その道で生きて行きそうですね」
「あら、そう言うなら悠人くんこそ。小さいときからの夢だったんでしょう、消防士」

 香子さんに言われて、悠人兄は照れ臭そうに肩をすくめた。

「俺は、まあ……研究者ほど狭き門でもないし」
「そうかしら」

 香子さんが首を傾げる横で、母が苦笑した。

「でも、ほんとびっくりよ。毎年のように出陣式に行ってるなぁとは思ってたけど、ただ見るのが好きなんだと思ってた。――まさかそうなるとは」

 母の言葉に、悠人兄が照れ臭そうに笑う。そして、「朝子ちゃんは、予定通り公務員?」と従妹の話題に切り替えた。
 香子さんが頷いて、「私と一緒なのも芸がないからって、県庁を受けるつもりみたい」と言う。

「そういえば、健人くんは?」
「健人? さあ――父さん、何か聞いてる?」
「聞いてるといえば聞いてるけど、聞いてないといえば聞いてない」
「つまり?」

 悠人兄が首を傾げる。父は続けた。

「大学出たら、都内に一人暮らしするって。――てことは、都内のどっかに就職するつもりなんだろ。就活なんてしてるんだかどうだか、分かんないけどな」
「留学、一度も帰って来てないの?」
「ないね。少なくともそうは聞いてない」
「そうなんだ」

 隼人さんがあいづちを打ち、父が苦笑した。

「お前並みに優秀だったら余裕なんだろうけどな。帰って来てすぐ内定もらうなんて芸当、なかなかできないはずだし」
「やだな、俺だって行く前にある程度調べてたよ。人のことを考えナシみたいに」
「うーん、若干そう見えるのは分かる」

 くつくつ笑う妻の香子さんを一瞥して、隼人さんがむくれて日本酒に口をつけた。

「そういえば、庭小ぎれいになったよね。母さん、手入れしたの?」

 話題を変えようというのか、隼人さんが祖母に声をかける。祖母はにこにこしながら頷いた。

「栄太郎が手伝ってくれたのよ。月に1、2度、来てくれるようになってね。次はいつ来る、って言って帰っていくから、そのときに合わせて少しずつ片付けたり――この前もトイレの電球換えてもらって」
「え、もしかしてそれ、今まで父さんか母さんがやってた?」
「そりゃ、そうよ。他に誰がやるの?」
「うん、まあそうだけど……」

 隼人さんが香子さんと顔を見合わせる。香子さんが苦笑した。

「うちの母も、そういうときには呼ぶように言ってますけど、ついつい自分でやっちゃうみたいで。転んで何かあったら大変だし、栄太郎くんがやってくれるなら助かりますね」
「そうね。助かってるわ」

 祖母は頷いてから、首を傾げた。

「でも――こないだまでは、早々休めないってぶーぶー言ってたじゃない? なのに、急にちょこちょこ顔出すようになって、仕事は大丈夫なのかねぇ」

 祖母の言葉に、父が隼人さんと顔を見合わせた後で微笑んだ。

「気にしなくてもいいんじゃない。働き方変えたのかもよ。いい機会だよ」
「まあ……そうかもしれないけど」
「働き方かー。転職するなら、三十前半はちょうどいい頃かもねぇ」
「転職?」

 隼人さんの呟きを聞きとめて、祖母がおうむ返しに問う。隼人さんは頷いた。

「だってあの働き方じゃ、定年までなんて無理でしょ」

 隼人さんはコップを傾けながら、当然のように続ける。

「身体の無理が、心も削るようになってきたら、もう駄目だよ。栄太郎、ああ見えて繊細だからさ」

 その言葉を聞いて眉を寄せたのは父だ。歳の離れた弟を見やり、ため息混じりに言った。

「……お前、気になること言うなよ。心配になるだろ」

 隼人さんは「ああ、ごめん」と肩をすくめたけれど、悪びれた様子もなく続けた。

「奈良から帰って来て少ししたら、姉さんにも聞いてみようよ。そしたら、少し様子分かるかも。母親ってそういうの、鋭いし」

 叔父のその言葉に、父がちらりと母を見る。

「……鈍感な母親もいるけどな」
「誰のことよ」

 むくれる母に、父が笑った。香子さんと隼人さんも苦笑する。
 私は聞くともなしに親たちのその会話を聞きながら、ひとり、ソフトドリンクに口をつけた。

 転職。
 奈良。

 冬休みに入る前、父が言った言葉が脳裏をよぎる。

 ……栄太兄が、関東からいなくなる、可能性――
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