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.第7章 大学1年、後期

169 後期の始まり(2)

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 英語の講義が終わると、慶次郎も合流して、恒例になったランチタイムだ。昼食を摂りながら話題にのぼったのは講義の話。後期に何を取るか、という情報交換だ。
 私は文学部、二人は経済学部だけど、1年の間に学部別の講義は2、3しかない。ほとんどが一般教養のようなものだ。英語もその一つにあたる。

「次の講義、迷ってんねん。面白そうなの二つあって」
「え、何、何?」
「マーケティング基礎論と、文学と法」
「あ、私、それ取るよ。文学と法」
「ほんま? じゃ、今日の講義どうやったか聞かせてくれへん?」
「うん、いいよ」

 ハルちゃんと私が話していたら、慶次郎はあっという間にお弁当を平らげてしまった。

「んまかった。ごちそーさん」
「早食いだなぁ。身体に悪いよ」
「そんだけ美味しかったんやないの」

 慶次郎は弁当箱の蓋を閉めて、ふと私を見た。

「これ、洗って返す?」
「え、いいよ。うちで洗うから」

 慶次郎は「サンキュ」と言いながら弁当を包む。

「これ、健人先輩が使ってた弁当?」
「うん。でかいよね」
「そうか? これくらいないともたない」
「やっぱそうなの? 埋めるの大変だった」

 私の弁当はちょこちょこ詰めるとあっという間に埋まるのに、入れても入れてもスカスカで、父にも何を入れればいいか相談したくらいだ。

「健人先輩の弁当もパパが作ってたの?」
「ううん、自分で。必要なときには自分で作るのが我が家の決まり」

 そんな話をしていたら、ハルちゃんがまばたきした。

「礼奈ちゃん、お兄ちゃんいるの?」
「うん、二人いるよ。一人は来年から消防士、一人は今、留学中」

 それに「へぇ」と言ったのは慶次郎だ。

「上の兄貴、就職決まったんだ」
「そうなの。すごいマッチョになってるよ。健人兄よりもガタイいい」
「そうなの? 想像できないな。――つか、T大出て消防士ってなんかもったいない気もする」

 そう言う慶次郎に、私は首を傾げた。

「でも、夢だったんだって。だから、いいんじゃないかな。ちょっとびっくりしたんだ、悠人兄ってそういうの、何て言うか……無難に選ぶタイプだと思ってたから。結構、思い切った選択したなぁって思って」

 私の言葉に、ハルちゃんがふふっと笑った。

「なんや、あれやね。いい感じの家族なんやね、礼奈ちゃんち」
「そ、そうかな」
「まー、仲はいいよな」
「みんなはそんなに仲良くないの?」

 戸惑いながらそう問えば、慶次郎は首を傾げた。

「俺んとこ弟だし。男同士だと互いに何やってるか分かんねぇな」
「男子ってよう分からんよね。うちも兄と弟やけど」
「えっ、そうだったの? ハルちゃん、男兄弟なんだ?」

 男子と話すのが苦手そうだったから、てっきり一人っ子か、いても姉妹なんだろうと思ってた。ハルちゃんは苦笑した。

「せやで。だから男子に夢見れへんねん。すぐ裸で家ン中うろうろするし、下品なこと平気で言わはるやろ」
「は、裸って……ほんとに裸?」
「せやで。パン1と半々やな。さすがに私がいるときは腰にタオル巻いたりしとるけど。礼奈ちゃんち違うん?」
「お前んとこの兄貴、やんなそうだもんな、そういうの」
「し、しない……」

 えー、えー。そんな、全裸で家をうろうろすんの? やだなぁ、それ。

「お父さんがそういうの注意するから……えー、みんなそうなの?」
「みんなかどうか分からんけど」
「……慶次郎も?」

 ちら、と見たら、慶次郎は噴き出した。

「それ、ここでカミングアウトさせんの?」
「え、じゃ、やってんの?」
「安心しろ、パンツは履いてる」

 そ、そっか。それならまあ、まだいいかな。
 若干うつむいた私を見て、ハルちゃんが噴き出した。

「ほっとしてはるわ。ほんま何の話してんねん」
「だ、だって二人が変なこと言うから……」

 私が顔を赤らめると、二人はくつくつ笑う。

「あかんわ、かわいいなぁ、礼奈ちゃん。お兄ちゃん二人おるとは思えんわ」
「いじり甲斐があるっしょ」
「ほんまやわ」

 ううううう。なんか、奈良に行ったときのことを思い出してしまった。
 あのときは栄太兄のエロ本の話になったんだったけど――
 そう思って、ふと気づく。

 ……慶次郎もそういうの、持ってたりするのかな。

 じ、と見上げると、慶次郎は「何だよ?」と不思議そうな顔をした。私は思わず眉を寄せて、ふるふると首を振る。

「何でもない」
「はぁ?」

 慶次郎は呆れたように半眼になってから、「さて」と立ち上がった。

「もう行くの?」
「ん。購買寄ってから行くから。じゃな」

 ぽんぽんと頭を叩かれて、慶次郎が教室を出て行った。
 それを見送り、ハルちゃんがまたくすくす笑う。

「ええなぁ。なんや、大事にしてる、って感じやわ」

 私は気恥ずかしさに肩をすくめた。なんだか、むずがゆくてたまらない。
 でも、嫌じゃない。――むしろ、ちょっと嬉しくもあった。
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