上 下
172 / 368
.第7章 大学1年、後期

168 後期の始まり(1)

しおりを挟む
 9月末。夏休みは明けて、後期の講義が始まった。
 最初の一週間は登録期間だから、興味のある講義に出席するのだけど、英語は一年を通して必修科目になっているので、クラスも継続だ。
 久々にハルちゃんに会えるなぁ、なんて歩いていたら、後ろから声をかけられた。
 振り向くと、慶次郎が小走りに近づいてくる。

「おはよ」
「おはよ。もしかして、電車一緒だった?」
「うん」

 頷かれて苦笑する。慶次郎とは乗った駅も一緒のはずだ。小説を読んでいたから、気づかなかった。

「声かけてくれればよかったのに」
「うん。なんか集中してたから、悪いかなと思って」

 慶次郎はそう微笑んだ。
 あれ、なんか前までと違う。自然体っていうか、力んでないっていうか。
 でもそれは、嫌な感じじゃなかった。
 じっと見上げていたら、慶次郎はちょっと戸惑ったようにまばたきをして、一瞬目を泳がせた。

「……何?」
「ううん、何でもない」

 ふるふる首を振ると、くくった自分髪が左右に揺れた。頬に当たる髪に、ふと自分で毛先をつまんだ。

「伸びたな」
「うん。そろそろ切ろうかなぁ」
「何で? 似合ってんじゃん、ポニーテール」

 当然のように降って来た言葉に驚いて顔を上げる。慶次郎が気まずそうに目を逸らした。

「……そんな驚かなくてもよくね?」
「だって」

 髪を伸ばし始めた頃、確か慶次郎に何か言われたような気がしたのだ。いくら色気づいても、チビバナはチビバナだ、みたいなことを。

「……悪かったよ」

 慶次郎が呟くように言って、私は黙ってその横顔を見上げた。

「だってお前……全然、俺に……いや、同級生とか、興味なさそうだったし……一人だけ意識してんの、すげぇ悔しくて……」

 尖らせた唇から、ぽつりぽつりと本音が零れる。私は思わず噴き出した。

「慶次郎ってば、そんなこと思ってたの?」
「う、うるせーな。仕方ねーだろ」

 私に言い返す慶次郎は、動揺を隠すように不満げな表情をしているけれど、よくよく見れば顔が赤い。私は笑いながらその腕を叩いた。

「やぁだ、かぁわいぃー、慶ちゃんってば」
「なっ、んだよそれ、くそっ」
「ちょっ、やめてよ、髪がぐしゃぐしゃんなる!」
「してんだよ! ったく、ひとりでスカしやがって……!」

 ぐしゃぐしゃ頭を混ぜられて、私がその手をつかて睨み上げると、慶次郎はさも楽し気に笑う。
 私も唇を尖らせたけど、それでも自然と笑顔が浮かんだ。

「もー!」
「いい気味」

 慶次郎が笑う。私がちょっと強めにその背を叩くと、「痛っ。暴力女」とまた文句が降って来る。
 キャンパスの敷地に足を踏み入れたとき、後ろから声がした。

「おはよー!」
「あっ、ハルちゃん。おはよ」

 振り向くとハルちゃんがいて、私はぱっと顔を輝かせる。慶次郎が私とハルちゃんを見比べ、「俺、先行くな。また後で」と手を挙げた。私は頷いて、去ろうとした慶次郎に声をかける。

「そだ、慶次郎。今日、ご飯買った?」
「いや? まだだけど」

 これから大学生協で買おうと思った、と言う慶次郎に、私は笑う。

「今日、私持って来たから。来週は慶次郎ね」

 慶次郎は驚いたような顔をしてから破顔した。

「それマジだったの。冷食詰めるだけでもいい?」
「いいけど……ちょっとくらいがんばってみようとか思わないの?」
「黒焦げのからあげよりマシだろ」

 慶次郎はそう去りかけてふと歩調を緩め、振り向かずに一言、

「……まあ、黒焦げでも何でも、俺は食うけど」

 ぽつりと言って、大股で去って行った。

「……私、焦がしたりしないもん」

 その背中を見送りながら、私は呟く。
 どっちかっていうと、生焼けの方があり得そう、だけど。
 ――私が何を作っても、食べるってことなんだろうな。
 不器用なりに素直な慶次郎の言葉にひとり照れていると、ちょんちょん、と肩をつつかれた。
 振り向くと、追いついたハルちゃんが、いつものようにひざ下丈のワンピース姿で立っている。
 その顔がにやけているように見えて、思わずうろたえた。

「なんや、少し距離が縮んだ感じやね? こないだまでは友達~って感じやったけど、すっかりカップルやわ」
「そ、そんなこと……」

 ない、と言いかけて、慶次郎が去った方へ目をやる。
 その背中は、もう見えなくなっていた。

「……そうかも」

 ぽつりと答えると、ハルちゃんが嬉しそうに笑う。

「ふふ、ええなぁ。青春やわぁ」

 詳しく聞かせてや、と言うハルちゃんに手を引かれて、私は困りながら教室へと向かった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】愛も信頼も壊れて消えた

miniko
恋愛
「悪女だって噂はどうやら本当だったようね」 王女殿下は私の婚約者の腕にベッタリと絡み付き、嘲笑を浮かべながら私を貶めた。 無表情で吊り目がちな私は、子供の頃から他人に誤解される事が多かった。 だからと言って、悪女呼ばわりされる筋合いなどないのだが・・・。 婚約者は私を庇う事も、王女殿下を振り払うこともせず、困った様な顔をしている。 私は彼の事が好きだった。 優しい人だと思っていた。 だけど───。 彼の態度を見ている内に、私の心の奥で何か大切な物が音を立てて壊れた気がした。 ※感想欄はネタバレ配慮しておりません。ご注意下さい。

心の声が聞こえる私は、婚約者から嫌われていることを知っている。

木山楽斗
恋愛
人の心の声が聞こえるカルミアは、婚約者が自分のことを嫌っていることを知っていた。 そんな婚約者といつまでも一緒にいるつもりはない。そう思っていたカルミアは、彼といつか婚約破棄すると決めていた。 ある時、カルミアは婚約者が浮気していることを心の声によって知った。 そこで、カルミアは、友人のロウィードに協力してもらい、浮気の証拠を集めて、婚約者に突きつけたのである。 こうして、カルミアは婚約破棄して、自分を嫌っている婚約者から解放されるのだった。

なりゆきで、君の体を調教中

星野しずく
恋愛
教師を目指す真が、ひょんなことからメイド喫茶で働く現役女子高生の優菜の特異体質を治す羽目に。毎夜行われるマッサージに悶える優菜と、自分の理性と戦う真面目な真の葛藤の日々が続く。やがて二人の心境には、徐々に変化が訪れ…。

選ばれたのは美人の親友

杉本凪咲
恋愛
侯爵令息ルドガーの妻となったエルは、良き妻になろうと奮闘していた。しかし突然にルドガーはエルに離婚を宣言し、あろうことかエルの親友であるレベッカと関係を持った。悔しさと怒りで泣き叫ぶエルだが、最後には離婚を決意して縁を切る。程なくして、そんな彼女に新しい縁談が舞い込んできたが、縁を切ったはずのレベッカが現れる。

裏切りの代償

志波 連
恋愛
伯爵令嬢であるキャンディは婚約者ニックの浮気を知り、婚約解消を願い出るが1年間の再教育を施すというニックの父親の言葉に願いを取り下げ、家出を決行した。 家庭教師という職を得て充実した日々を送るキャンディの前に父親が現れた。 連れ帰られ無理やりニックと結婚させられたキャンディだったが、子供もできてこれも人生だと思い直し、ニックの妻として人生を全うしようとする。 しかしある日ニックが浮気をしていることをしり、我慢の限界を迎えたキャンディは、友人の手を借りながら人生を切り開いていくのだった。 他サイトでも掲載しています。 R15を保険で追加しました。 表紙は写真AC様よりダウンロードしました。

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

【完結】烏公爵の後妻〜旦那様は亡き前妻を想い、一生喪に服すらしい〜

七瀬菜々
恋愛
------ウィンターソン公爵の元に嫁ぎなさい。 ある日突然、兄がそう言った。 魔力がなく魔術師にもなれなければ、女というだけで父と同じ医者にもなれないシャロンは『自分にできることは家のためになる結婚をすること』と、日々婚活を頑張っていた。 しかし、表情を作ることが苦手な彼女の婚活はそううまくいくはずも無く…。 そろそろ諦めて修道院にで入ろうかと思っていた矢先、突然にウィンターソン公爵との縁談が持ち上がる。 ウィンターソン公爵といえば、亡き妻エミリアのことが忘れられず、5年間ずっと喪に服したままで有名な男だ。 前妻を今でも愛している公爵は、シャロンに対して予め『自分に愛されないことを受け入れろ』という誓約書を書かせるほどに徹底していた。 これはそんなウィンターソン公爵の後妻シャロンの愛されないはずの結婚の物語である。 ※基本的にちょっと残念な夫婦のお話です

夫の不貞現場を目撃してしまいました

秋月乃衣
恋愛
伯爵夫人ミレーユは、夫との間に子供が授からないまま、閨を共にしなくなって一年。 何故か夫から閨を拒否されてしまっているが、理由が分からない。 そんな時に夜会中の庭園で、夫と未亡人のマデリーンが、情事に耽っている場面を目撃してしまう。 なろう様でも掲載しております。

処理中です...